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四章 拡大する木曜日

1、

「まあ、正直言うとみんなそうだな」本田が言った。

 翌日の食堂、いつもの四人と本田で昼食を食べていた。事件の話になり、奈美香が、高木と仲の悪かった者を聞いた所である。

「あのバッテリーには多少なりみんなイラついてたな」

「南原にも?」藤井が驚いたように言った。

「高木はI高の二番手ピッチャーだったんだ」

 I高といえば市内有数の野球校で何度か甲子園にも出場している名門である。進学校としても有名で、特進クラスの進学先は、ここO大やH大なども入る。ただ、野球部に特進クラスの者が少ないのは容易に想像がつく。高木はその稀有な存在だったのだろう。

「で、調子に乗ってたわけ。練習しないし、俺らに文句ばっかり言うし。そんなわけだからキャッチャーの南原ともめてたな。南原は南原でうるさいんだ。真面目なのはいいんだけど、見境なしに高木と喧嘩するからさ」

「みんな彼らのこと煙たがってたわけね」奈美香が頷きながら言った。

「おい、俺らを疑ってんのか!? 勘弁してくれよ! それくらいで殺すわけねえだろ!」

「わかってるわよ」そう言って奈美香は考え込む。何かを考え付いたわけではないようだが。その証拠にかぶりを振ってため息をついた。しかし、ふと思い出したように口を開いた。「あ、そういえば高木くんって結構いい車に乗ってたのね」

「そうなの?」そう聞いたのは意外にも本田だった。

「学生にしては、ね。車の事よく知らないから、車種とかは分からないけど。知らなかったの?」

「あいつ、駐車場の許可証持ってないんだ。だから、車は見た事ないよ」

「誰か知ってたやつはいる?」今度は猪狩が聞いた。

「いないんじゃない? あいつが車持ってたなんて話聞いたことないから」

 野球部が知り得ない事を、なぜ奈美香が知っているのか。猪狩は奈美香の情報収集力の恐ろしさを思うと背筋がぞっとした。やはり、矢式奈美香、新川怜奈の二人を敵に回すべきではない。ふと、食堂では普通見ることのない人物が視界に入った。

「あ、伊勢さん」猪狩が指を差した。その先には、学食の会計をしている伊勢の姿があった。捜査の合間を縫って食堂に来たようだ。

「いい事考えた!」奈美香が元気よく言った。

「あ?」

「レッツ・ゴー!」そう言って、猪狩の腕をつかみ、伊勢の方へと向かう。

「な!? ちょっと待て!」

「……行っちゃった」怜奈がつぶやいた。 


「伊勢さーん!」

「ん?」伊勢が顔を上げる。

「こんにちは」

「やあ、君たちか。どうしたんだい?」伊勢は微笑むと、椅子に腰を下ろした。

「誰ですか?」伊勢の隣にはすでに一人の男が座っていた。細身で、あどけなさの残る顔。いかにも新米刑事という印象を醸し出している。

「ああ、池田。お前、腹痛くないか?」

「へ? いえ、痛くないですけど……」

「痛くないか? 痛いよな? トイレ行ってきていいぞ」伊勢が池田に向けた視線はなぜか冷たい。自分は何故か怒られている。そう思ったのだろう、声を上ずらせて返事をすると理由もわからずトイレに走り出した。

「さて、と」

「捜査は進んでますか?」

「いや、全然」彼は顔をしかめて手を振った。「目撃情報があるかと思ったら、からっきし。日曜のあの時間ってどの部活も大してやってないんだね。だから犯行が行えたんだろうけど」

「他はどんな感じですか?」

「そりゃあ、一般人には教えられないよ。教えたら面白そうだけど」

「え?」

「いや、なんでもない」伊勢は笑っている。後輩刑事を追いやっておいてそれはないだろう。とはいえ、本来は些細な情報も漏らしてはいけないのだろう。

「車からは何か出てきました?」猪狩が尋ねた。よくよく考えれば、野球部が知り得ない事を知っているのは、警察が調べているのを目撃した以外にありえない。こういう、偶発的な情報は怜奈より奈美香の方が多い。

 伊勢は少し驚いたようだが、すぐに答えた。

「全然。まあ、これくらいなら言ってもいいか……。携帯が見つかって、彼らがあそこに集まる予定だったって事の裏が取れたってくらい」

「あそこの鍵っていつから無いんですか?」今度は奈美香が尋ねた。

「ん? えっと」そう言って手帳を見る。「ああ、平成十一年ってなってるね。ちょうど十年前だ。これくらいしか教えられないな」そう言って。伊勢は微笑んだ。

「そろそろ飯を食わせてくれない? この後も仕事だから」

「あ、すいません」奈美香が頭を下げて謝った。

「いいよ。それじゃ」彼は片手を挙げて挨拶した。二人はそのまま食堂を出て行った。

「……池田、遅えな」池田のエビフライをほおばりながら、彼はつぶやいた。


2、

「もう、全然わからない」奈美香は落胆の声をもらした。

 放課後、猪狩と奈美香は坂を下っていた。駅まで歩いて二、三十分。そこから電車に揺られて四十分。さらに地下鉄に乗り換えて十分。それから歩いて二十分。実際は自転車があるので十分かからないくらいだが、考えただけで憂鬱になる通学時間である。

「何が?」猪狩はわかりきっている事を聞いた。

「事件の事に決まってるでしょ!」

 奈美香は強い口調で言った。かなり苛立っているようだ。漫画だったら青筋が立つか頭から湯気が出ているだろう。それでお湯が沸かせるかもしれない。

「どこまで知りたいの?」

「え?」

「密室の謎が解ければいいのか、犯人がわかればいいのか。犯人が知りたいんだったら、今の状態じゃ無理だろ。野球部の事を知らないんだから」

「あんたじゃないんだから、野球部の事くらいわかるわよ。でも、そうね。明日からは野球部の人たちに話を聞いてこようかしら」

「いってらっしゃい」

「あんたも行くのよ!」

 猪狩は深いため息をついた。その時、一台の原付が彼らの横を通り過ぎて行った。

「あれ、本田じゃん」

「いいなあ、あれなら駅まで十分もかからないのに」今度は奈美香がため息をついた。

「七、八分ってところだろうな」

「いいなあ」ちょうど体育館の横に来た。

「あ、あれよ。高木くんの車」そう言って指を差す。

 なるほど、と猪狩は思った。インプレッサWRX。学生ではなかなか買えないだろう。あの車はどうなるのだろう? 持ち主がいなくなって四日、ずっとこの駐車場に停めてある。

「さて、帰るか」どうせレッカー車で運ばれていくのだろうと結論付けて歩き出した。


3、

 その夜、猪狩は家の近くのコンビニへ出かけた。課題レポートをやっていたら眠くなってきたので、コーヒーを買いに行くところだった。その途中で、ジャージ姿で走っている人物を見かけた。

「あれ、山本?」みた事のある顔だった。

「あ、猪狩か」

 山本高志。O大の二年生で野球部。猪狩と中学が一緒で、猪狩の知っている唯一の野球部員である。と言っても大して仲が良いわけではなく、あまり話した事はない。

「何やってるんだ?」

「見てわかんない? ランニングだよ。大会近いしさ。三年生にピッチャーいないんだよ」

「ふーん」

「ほら、高木があんな事になっちゃっただろ?」そう言う山本の表情は暗い。「大会辞退しようかって話もあったんだけど、高木の分も頑張ろうって……」

「高木と仲良かったの?」我ながら滑稽な質問だと猪狩は思った。同じ野球部なのにその質問はいかがなものか。ただ、昼間の本田の話を聞いていたので、つい尋ねてしまった。

「あいつは、俺の手本だよ。そりゃ、性格は悪かったし、嫌ってたやつも多いだろうけど。あいつ、I高なんだ。エースじゃなかったけど、二番手で投げてて。いっぱい学ぶ所があってさ。あ、俺もう行かないと」

「ああ、頑張れよ」

 そのまま山本は走っていった。猪狩も歩き出した。


「あ」

 コンビニに行っていない事に猪狩が気づいたのは家の前に戻ってからだった。


実は車の事はよくわかりません笑。先輩が持っている車を出してみました。

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