初めてのランチ・バイキング
※公式企画『冬の童話祭2025(冒険にでかけよう)』参加作品です。
ゆんちゃん一家4人は、今日はちょっとおめかししてのお出かけです。
まず、駅前のショッピング・モールでお買い物。ゆんちゃん、去年までの冬のコートはもう小さくなっちゃったので、新しいのを買ってもらいました。
かずや兄ちゃんは、新しいクツを買ってもらったみたいです。
そして、こまごまとしたものをお買い物したあとは、となりの高級ホテルへ向かいます。
実は、今日のいちばんの目的は、このホテルのレストランなんです。
──何と、パパが商店街の年末ふくびきで、ここのランチ・バイキングのしょうたい券を当てたのです!
さすがは高級ホテル。ロビーのフロアはどこもピッカピカで、すごくオシャレです。
はたらいている人もピシッとしててかっこいいなぁ。
何だかお城の中みたい。
ゆんちゃんはものがたりの中に入った気分で、ワクワクして辺りを見回しますが、パパは何だかおちつかないみたいです。
「な、なあ、ママ。僕たちって何だかすいぶん『場違い』なんじゃないか?」
「堂々としてればいいのよ! 招待券もあるんだし、ウチはれっきとした『お客様』なんですからね!」
そういうママも、何だかおちつかないようすです。
そんな二人を見て、かずや兄ちゃんが呆れたようにつぶやきました。
「やだなぁ、もう。二人とも『小市民』丸出しじゃん」
うーん、ゆんちゃんにはよくわからないけど、どうやら『ほめことば』じゃなさそうです。
レストランの入り口近くでちょっと待って、開店と同時に中に入ります。
パパとママは、何だかもう、少しつかれちゃったみたいです。席にすわったとたんに、大きなためいきをついてガックリしてます。
でも、ゆんちゃんは期待でもうワクワクが止まりません。
サラダ・バーのあるお店には何度か行ったことがあります。でも、メインのおかずまで自由にえらべるなんて、まさにユメの世界じゃないですか!
「じゃあ、ゆんちゃん、取りに行ってくるねっ!」
冒険に行く気分で歩き出そうとしたら、かずや兄ちゃんがゆんちゃんの手をひっぱりました。
「ちょっと待った、ゆん。今からランチ・バイキングの攻略法を教えるから、よく聞くんだぞ」
かずや兄ちゃんもこういうお店は初めてのはずなんだけど、いつものようにスマホで色々しらべたんでしょうね。
「まず、やみくもに料理を取ったらダメだ。それじゃ、すぐにお皿がいっぱいになるぞ。
まずはお皿を持たずに、全部の料理を見て回って、どの辺に何があるかを見ておく。
そして、『これだけは絶対に食べたい』というやつを──そうだな、最初に3つ決めておくんだ。
あとのものは、取るとしてもちょっとずつだぞ。
ゆんはパン派だから、洋風のおかずから攻めた方がいいかな」
さすがはかずや兄ちゃん、てきかくなアドバイスです。
パパもママも──なんだかとなりのテーブルのお客さんまで、ふんふん言って聞いています。
「デザートも最初に2つくらい決めといた方がいい。食後のお腹のあき具合で、いくつ食べるか考えるんだ」
「うん、わかった!」
「いいか、間違っても唐揚げとかスパゲティなんて取るんじゃないぞ。
ケチなママがウチでは絶対作ってくれなさそうなものを中心に攻めるんだ。
よし、いくぞ!」
「おーっ!」
「ちょっと和也っ、それってどういう意味よ!?」
すてきなメニューがいっぱいで、もう見て歩いているだけで楽しくなってきます。
ゆんちゃんがとくに気になったのは、コックさんが目の前でお料理をしてくれるコーナーです。
その場で切り分けてくれる『ロースト・ビーフ』とか、作ってくれる『エッグ・べねじくと?』なんて、もう食べるっきゃないですよね。
ゆんちゃんが色々えらんでいると、ときどきかずや兄ちゃんが声をかけてくれます。
「それ、『豆板醤ソースがけ』って書いてあるから、たぶん辛いやつだぞ。やめといた方がいい」
見てないようでちゃんと見ててくれるんですね。
楽しい時間はあっという間にすぎました。
最初はきんちょうしていたママたちも、ぞんぶんに楽しんだようです。
「あー、おいしかった! ゆんちゃん、もうおなかいっぱい!」
「僕もそろそろかな」
「うーん、こんなに食べると、パパ的にはカロリーが心配だなぁ」
「大丈夫よ、夜はかんたんなもので済ませるから」
デザートを食べながら話している時、ゆんちゃん、あることがひらめきました。
「ねぇ、こんなに色々あるなら、夜ごはんのおかずももらって帰ったらいいんじゃない?
さっき、タッパーとかも買ってたし、そうしようよ!」
そう言うと、何だかまわりのテーブルからクスクス笑い声が聞こえてきて、パパたちがちょっと困った顔をしました。
「あのな、ゆん。ここの食べ物は持ちかえったらダメなんだ」
「え? 何で?」
「衛生上の問題があってだな──」
「『えーせーじょう』って、なぁに?」
「うーん、どう説明したらいいかなぁ」
パパが説明にこまっていると、かずや兄ちゃんが助け舟を出しました。
「ゆん、ここではそういうルールなんだよ」
「そうなんだね、わかった!」
さいきん、ちょっとゲームを始めたゆんちゃんには、これだけで伝わったみたいです。
「そうかー。持ってかえるのはダメなのかぁ。ざんねん」
そのとき、ゆんちゃんは気づきました。
向かいにすわったママの前のお皿はもう空っぽなんですけど、パンのお皿のよこに、まだフタをあけてない小さなジャムのパックが2つのこってるんです。
「あ、ママ! もうパン食べないんだよね?」
「え、そうだけど……」
「じゃ、そのジャム、持ってかえれないから、もどしてきてあげるね!」
「──え?」
ゆんちゃん、ママのジャムをぱっと取って、近くのお店の人にわたしました。
「はい! これ、あまっちゃったので、おかえしします!」
「え? あ、はい。ご丁寧に、ありがとうございます」
「どういたまして!」
いいことをしたので、ゆんちゃんはちょっといい気分です。
「──ありがとうね、ゆんちゃん。よく気が付く子になってくれて、ママ、とってもうれしいわ」
ママもそうほめてくれたけど──ちょっぴり笑顔がこわいように見えるのって、気のせいだよね?
ジャム1個ぐらいなら、たぶんホテル側も大目に見てくれると思うけど、本当はお持ち帰りはダメなんですからね。
山のように持って帰るなんてぜったいダメですよ。