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常世の神子は天に舞う  作者: アマネシズカ
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第1話 舞姫

 眼窩の奥底まで響くようなバスドラムのリズムの中、薄暗い花道から一人の少女が円形の舞台へと進み出た。

 金と銀のメッシュの入ったショートカットの美少年然とした風貌を持ったその少女は、長身では無いものの、手足が長いためか一つ一つの動作が大きく見えて舞台映えする。

 一見してスレンダーに見えた少女の体躯は、舞台中央に近づいてくるに連れて、身体中が鋼の刀身ように硬く引き締まった筋肉で覆われていることに気づく。

 その恐ろしいほどに筋肉質な身体は、脇腹あたりにまで鋭い切れ込みの入った薄いピンク色のハイレグレオタードに包まれていて、小山のように盛り上がった筋肉がレオタードの表面にまで濃い影を落としていた。

 少女は円形舞台の中央まで進むと、そこで仰向けに寝転がり、ステージ全体を振動させているバスドラムのリズムに合わせて、まるで大蛇がのたうつように筋肉隆々のその身体をゆっくりとうねらせ始めた。

 ドラムの重低音が鳴り響くたびに、少女の小ぶりながら釣鐘のような形状の乳房が、発達した大胸筋の力でビクビクと激しく震え、レオタードを突き上げるように隆起している分厚い腹筋が蛇腹のように大きくうねる。

 やがて、少女はレオタードから伸びる筋肉質の逞しくしなやかな右脚を鞭のようにしならせながら、紫のペディキュアで彩られた爪先を燐光のような青白い照明が煌めく天井に向けて高く持ち上げた。

 ステージ下のかぶりつきで、少女の足先の動きを惚けたような表情で追っていた一人の男が、ゆらゆらと頭を左右に振りながらその爪先に手を伸ばそうと立ち上がった。

 次の瞬間、男の眉間に少女の足先がちょこんと突き当たり、男は糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちた。

 すると、まるでそれを合図にしていたかのように、周囲に無数の音と光の洪水が溢れ出した。

 少女は、仰向けの状態から一瞬でジャンプして立ち上がると、それまでのゆったりした動きが嘘のように、狂ったように舞い踊り始める。

 それは踊りと言うにはあまりにも異様すぎる動きで、首や両手両足、それに体幹までもが、ありえないような角度でグネグネと湾曲し、それぞれ勝手な自己主張を始めて、てんでバラバラな方向に動き出す。

 そんな出鱈目な動きのまま、少女は狭い円形ステージ上を恐ろしい勢いで縦横無尽に駆け回ると、大きく飛び跳ね、高速で回転し、バク転、バク宙に前宙までも繰り出しながら、黄金色に輝く汗を観客席にまで飛び散らせる。

 やがて少女は、天井に向けて両手を大きく広げると、重力のくびきを逃れ、自らの身体を宙に舞い上がらせんとばかりに、激しい跳躍を始めた。

 それは、身体の芯に強力なバネでも仕掛けられているのかと錯覚しそうなほどの凄まじい跳躍で、数メートルの高さがある天井の照明に、少女の指先が届いてしまいそうなほどである。

 そんな人間離れした凄まじい跳躍の度に、鍛え上げられた少女の全身の筋肉がミシミシと音を立てて激しく収縮し、一流の体操選手でもまず不可能と思われる、あり得ないような身体の軌道を宙に描き出した。

 尋常で無い身体能力から発揮される少女の凄まじい舞踊に興奮したのか、円形ステージの周りに群がっていた観客たちは、いつの間にか皆総立ちの状態である。

 そして、少女の一見無秩序にすら思える身体の動きに感応するように、観客たちも激しくその身をくねらせ、虚空に向かって手を突き出す。

 だが、その場の観客の誰一人として、自分の目の前で激しく躍り狂う少女の舞姿を、その鍛えに鍛え上げられた抜身の刀身のごとき美しい肢体を目で追っている者はいなかった。

 観客は目の前の少女の存在をこれ以上ないほど十分に認識していながら、誰もまともにその姿を「見て」いないのである。

 それどころか、観客の多くは少女の無秩序な身体の動きに当てられでもしたように、口を大きく開け、左右の眼球をバラバラに動かしている。

 その異様な有様は生ける屍そのもの、まるでゾンビの集団舞踊である。

 そんなゾンビどもの舞踊会を操る少女の舞は、時間が経つにつれてさらに高速になり、その跳躍も桁外れの高さになっていく。

 あまりの跳躍の高さ故か、少女は自分でも気づかぬうちに、いつの間にか天井の照明に片腕一本で取り付いていた。

 天井から劇場全体を見下ろすと、何人かの観客が身体を激しく痙攣させてその場に失神しているのがわかる。

 だが、天井からぶら下がる少女の視線の先は、その昏倒した観客にはなく、何やら不穏な気配のある劇場の出入り口にあった。

 

「警察だ! 全員その場を動くな!」


 しばしの沈黙の後、強制的に「現実」に引き戻された観客たちの阿鼻叫喚の大混乱が始まった。

 パニックになった観客たちは劇場の出口へと殺到した。

 だが、出入口は警察によって完全に封鎖されており、どこにも逃げ場はない。

 行き場を失った観客たちは、出入り口付近で警官と激しく揉み合い、怒号が飛び交う。

 警官たちには容赦というものが無く、抵抗する者も無抵抗の者も、等しく警棒で頭や身体を滅多打ちにされている。

 そんな混乱状態の中にあってもなお、複数の観客は座席にだらんと腰掛けたまま、口の端からよだれを滴らし放心状態で宙を見上げていた。


「あそこだ! やつを捕まえろ!」


 インカムをつけた一人の警官が、天井の照明にぶら下がっている少女を指差した。

 カオスとなった劇場内の様子を天井から呆然と眺めていた少女は、自分目掛けて四方からワラワラと警官たちが駆け寄ってくるのを目の当たりにして我に返り、慌てて円形ステージに着地した。


「ユイ、こっち!」


 突然円形ステージの真ん中に、人一人潜り込めるほどの小さな穴が開き、黒縁メガネをかけた童顔の小柄な少女が顔を覗かせた。


「ナ、ナギ!?」

「早くっ!」


 その言葉に、少女は躊躇なく小さな穴の中に身を踊らせる。

 数人の警官たちがステージの上に駆け上がってきた時には、穴の入り口はピッタリと塞がれてしまい、手も足も出せない状態になっていた。

 警官たちは手足や警棒で、無理やり入り口をこじ開けようと試みるが、びくともしない。


「くそっ! 先回りして劇場の出口を固めろっ!」



 先ほどまでステージで踊っていた少女、荒屋敷(あらやしき)ユイと、そのユイの逃走を手引きした眼鏡の少女、七頭(しちとう)ナギは、四つん這いになって人一人がやっと通れるような狭く薄暗い通路(?)を進んでいた。


「ステージの下にこんな隠し通路みたいなのがあるなんて知らなかった」

「まあ、私もつい最近知ったんだけどね」

「これ、どこまで続いてんの?」


 そう言われたナギは、背後のユイの方へゆっくり顔を向けると、ニヤリと笑う。


「もう、着いたよ」


 ナギは出口付近の格子戸を両足で思いっきり蹴り飛ばして、外に放り出した。

 ナギとユイが這い出てきた先は、ビルとビルの間の狭い路地である。

 外は深夜で、街灯も街明かりもビルの死角となっているこの路地裏にまで届かないため、ユイは自分たちがいつの間にか出口にたどり着いたことに気づかなかったのだ。

 路地の先には、いわくありげな年代物の軽自動車が一台駐車している。


「こっち、こっち!」


 ナギは、その怪しげな軽自動車のところまで駆け寄り、何やら運転席に向かって話し込むと、ユイを手招きする。


「えっ! ちょ、ちょっと待ってよ、ナギ!」


 事情がよく飲み込めず、尻込みするユイ。

 だがナギはそれに構わず、ユイの手をグイグイ引っ張りながら軽自動車の所まで連行し、有無を言わせず強引に後部座席に押し込んでしまう。


「二人とも乗ったな」


 男の声とともに軽自動車が急発進して、ユイはレオタード姿のままあられもない格好でひっくり返った。



 車は大通りを避け、荒っぽい運転で狭い通りを右折、左折をランダムに繰り返しながら進む。


「くそっ、ここも検問してやがる」


 運転席の髭面にサングラスの男が舌打ちする。

 その姿は、どう見ても堅気には見えない。


「ナギ、こいつ何者? 劇場のスタッフの中でも見たことないんだけど」

「おいおい、ポリ公に捕まりそうになってたところを助け出してやった恩人をつかまえて『こいつ』呼ばわりとは随分だな」


 そう言って男はサングラスを下にずらし、ルームミラー越しに細く鋭い目を覗かせる。 


「アンタ、時々うちに来てた客ね」

「おう、よく覚えてんな」

「他の客と違って、アンタかぶりつきで私の身体ばっかし舐め回すように見てた変態だったからよく覚えてる」

「俺に言わせりゃ、目の前で踊ってるダンサーに見向きもしない連中のほうがよっぽど変態だがな」


 そんな減らず口を叩く男との会話に、ナギが口を挟む。


「緊急事態だったし、紹介遅れちゃってごめんねユイ。この人は天堂(てんどう)(じん)さん。見るからに怪しく見えるけど、私らの『協力者』よ」

「『協力者』!?」

「見るからに怪しいってのは余計だろ。まあ、こうなってる事情はおいおい説明するとして、今は逃げるのに専念したほうが良さそうだな」


 ユイたちの車の後ろから、明らかに警察車両と思われる黒いセダンがピッタリとつけてきている。

 天堂仁はアクセルを大きく踏み込んで、車を急加速させた。


「危ねえからとりあえずシートベルトしとけ!」

「それ、アクセル踏む前に言ってよ!」


 後部座席で、ユイは再びあられもない格好になってひっくり返っていた。

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