07) 異世界の巡空艦 VS 最新型護衛艦「ふるたか」「あおば」
月明かりも届かない様な曇天の夜の下、真っ黒に波打つ日本海の洋上に、謎の空飛ぶ要塞『巡空艦あさま』は忽然と現れ、そしてその針路は固定されたかのように真っ直ぐ南に向けた。
――どうやらその針路の先にあるのは、新潟県佐渡ヶ島の近海にあるレアアース採掘基地――
洋上採掘基地としては国内一を誇る規模であり、それは最早一つの都市とも呼んで良い施設である。この巡空艦あさまはレア・アース採掘基地にたどり着く事を作戦の目標としているのか、その足取りに一切の迷いは無かったのである。
だが、この現代社会に生きる我々には到底理解出来ない謎の魔力装置「マニ車・プレイヤーウィール」をもって、静かに静かに日本領空を侵犯しつつある巡空艦あさまにだが、その行く手を阻む者がいる事にも既に気付いていた。
巡空艦あさまとレアアース採掘基地を結ぶ直線をすっぱりと遮断するように、西側から洋上に現れていたのは海上自衛隊の護衛艦二隻。
横須賀基地にある護衛艦隊司令部より佐世保の第二護衛艦隊群へ命令が下り、日本海の佐渡ヶ島近海及びレアアース採掘基地「ネオ・タカダ」の防衛任務の為に派遣された新設の第十六護衛隊、まや型護衛艦の『ふるたか』と『あおば』の最新艦二隻がこれである。
“誰が” “何故” “何のために“
この二隻が派遣されたのかはトップシークレットのため、ふるたかとあおばの両艦長が乗組員たち一人一人にその内容を伝える事はあり得ない。
だが、第十六護衛隊のメンバー全てはこの謎の派遣命令と上官から伝わって来る無言の緊張をもって肌で感じていたのであるーーこれは実戦なのだと。
そして、威風堂々と待ち構える海上自衛隊の護衛艦二隻に対してこの謎の空飛ぶ要塞は今、その研いだ牙をもって襲いかかろうとしていた。
◆ ◆ ◆
キュイキュイキュイ! と、あさまの艦内に電子音が鳴り響く。細い通路や隔壁で区切られた狭い区画にそれは盛大に反響し、乗組員誰もが一瞬身体を震わせながら息を殺す。この音に続いてスピーカーから流れるであろう艦長の指示を待っているのだ。
『傾聴、傾聴! 艦長より達する! マル・フタ・サン・ナナ、当艦進行方向に“別日本”海軍の巡洋艦二隻を発見した。これより空雷戦を行う! 空雷戦用意!』
この巡空艦あさまは既に日本の領空を深くえぐるように侵犯しており、本来ならば領空侵犯措置として航空自衛隊のスクランブル戦闘機によって警告を受けるどころか、撃墜されていてもおかしくは無い。
だが、この未知の巨大飛行艦はそのレーダー網を易々とかいくぐり、領空侵犯して尚、佐渡ヶ島やレアアース採掘基地に肉薄しているのだ。
「只今をもって戦闘飛行を宣言する! 副長、宣言復唱を」
「承知しました。戦闘飛行、戦闘飛行! こちら艦橋から戦闘指揮所へ、空雷戦を行うぞ! 基本戦術を選定して各部所へ下達せよ! 」
『こちら戦闘指揮所、戦術士官担当樋口、ただ今命令を受理しました! 戦闘指揮所より達する、戦闘指揮所より達する! 当艦進路上に展開する目標ヒト、目標フタに対して空雷二発ずつ計四発の同時発射を敢行する! 空雷管五番から八番まで射出準備開始せよ! 』
艦長の九条大佐に続き、副長の島崎少佐が高らかに警戒体制から戦闘体制に移行する旨を宣言。艦橋やその真下に位置する戦闘指揮所は蜂の巣を突いたように騒然となる。それはもちろん、慣れない戦闘準備が起因するようなパニックに基づいた騒然ではなく、下達された準備命令を一分一秒でも早く仕上げようとする百戦錬磨の戦士たちの動き。
この日の丸を背負った大型巡空艦あさまはためらいも躊躇も無く、同胞であるはずの海上自衛隊の護衛艦二隻に対して襲い掛かろうとしているのだ。
『こちら戦闘指揮所、戦術電探員より報告。目標ヒト及び、目標フタの信号情報、空雷信管に入力完了! 艦長、いつでも撃てます! 』
「了解した。こちら艦長、空雷五番から六番、遅れて七番から八番を発射する、副長! 」
「はっ! 空雷五番六番発射! 十五秒後に七番八番行くぞ! 」
バシュン、バシュン……
乱気流に揉まれる様な振動ではなく、何かを強制射出したかの様な短い振動が二度艦内を走り抜けた。
月明かりも星明かりも曇天に遮断され、暗黒となった日本海洋上の上空に、人為的な流れ星が彼方へと高速移動しつつ、分厚い雲の中へと消えて行ったのだ。
◇ ◇ ◇
一方、極秘裏に派遣された海上自衛隊の最新型護衛艦『ふるたか』と『あおば』は、十キロほどに互いを離しつつ、そのイージス艦としての本領を発揮しながら、広域のレーダー網を敷いて佐渡ヶ島沖近海を航行している。
護衛艦ふるたかの艦橋は戦闘航海を命じられており警戒体制も敷いているのだが、未だ「それ」が発見される事態には至っておらず、艦長の板橋一等海佐はCIC(コンバット・インテリジェンス・センター 戦闘指揮所)には入らず艦橋にいた。
『ここ二ヶ月の間に、大規模な領空侵犯又は領空侵犯の可能性有り。対象は“赤国”ではなく未知の勢力と予想される。第十六護衛隊の「ふるたか」と「あおば」は当該海域にて哨戒活動を行い状況に応じて防衛活動を行う事、これを命じる』
あと数時間も船を走らせれば、やがて東の水平線から朝日が昇る……いやいや、これだけ雲が厚ければ太陽も見えないまま白々とした世界で夜が明けるか。
部下に対しても言葉に出来ないような、ひどくあやふやなどうでも良い思考に支配されている「ふるたか」の板橋一等海佐、つまり艦長。護衛艦隊司令部より極秘に下達された命令を、何度も何度も腹の底で咀嚼しても、何一つ納得出来ない謎の命令であるそれは、まるで呪いの様に艦長を縛り付けている。
赤国ではないと言う事はつまり、中国やロシアなどが毎日毎日ちょっかいを出して様子を伺って来る侵犯行為ではない。ならば、どこの国が侵犯行為を仕掛けて来るのか、そして大規模とは何をもって大規模と言うのか。……状況に応じて防衛活動を行えとは結局は迎撃を旨とした実戦ではないか。
奥歯の間に何か詰まったような、そんな不愉快な命令に対して抱く疑問は、板橋艦長だけでなく僚艦「あおば」の真田艦長も同じ。艦長同士の秘匿通信においても常に話題に上がっていたため、ひどく心の重い航海となっていた。
“今日は金曜日、今回の献立は確かチキンカツカレーだったな”と、板橋艦長が金曜伝統の海軍カレーの献立について想いを巡らせていた時、CICから艦橋の板橋艦長に対して緊急連絡が入る。――夜明けを待つまどろんだ時間を粉々に粉砕するような、緊張を超えた様な恐慌な声でだ。
『こちらCIC、スパイレーダー目標探知! 方位325度 (北西から北北西)に二機、本艦に向け真っすぐ近付く! 距離近いっ!』
「合戦準備! 合戦準備だ! 」
怒号とでも表現すべき板橋艦長の声を最後に護衛艦「ふるたか」は爆発炎上し、僚艦「あおば」のレーダーにも映らなくなってしまった。近代科学の推移を集めた最新鋭イージス艦がいとも簡単に爆沈してしまったのである。
そしてその光景を垣間見てしまった僚艦の「あおば」は、ふるたかの後方を航行していた事を心の片隅で幸運に思いつつも、見えない敵からの襲撃と仲間をやられた復讐に打ち震えて牙を剥き出しにする。
真田艦長の“合戦準備! ”の号令のもと、バラバラの細胞となっていた乗組員たちがたった一つの巨大な意志となって能動的に動き始めたのだ。
『こちらCIC、スパイレーダー目標探知! 方位345度に二機、まっすぐ近付く! 対空戦闘用意、対空戦闘用意! これは訓練ではない、対空戦闘用意!』
CIC・戦闘指揮所において艦長に次いで指揮権を持つ攻撃指揮官が対空戦闘、つまりミサイル迎撃作戦の準備を行う旨を宣言した。
キインッ! キインッ! ……対空戦闘用意! 対空戦闘用意! と艦内スピーカーから緊急即応電子音と命令が流れ、当直以外の乗組員が堰を切ったように通路に溢れて担当部所へ駆けて行く。
真田艦長も艦橋からCICに移動し、副長が航行管理を始めた艦橋では、既にライフジャケットを着込んだ操舵手以外の艦橋要員たちが双眼鏡を覗きながら目視観測を始めていた。
「目標二機、視認出来るか? 」
「目標二機、……視認出来ない! 」
副長の問い掛けにそう答える艦橋の観測員だが彼らを責める訳にはいかない。彼らはまばたきすら忘れたように剥き出しの目で食い入るように双眼鏡を覗いているのだ。
『艦橋、第三戦速! とーりかーじ (取り舵 左転進)、 二十度ヨーソロー! 』
そして真田艦長がたどり着いたCICでは、攻撃指揮官から艦橋に対して新たな指令が下った。
哨戒活動中は艦の速度を抑えて12ノットほどの巡行速力を維持していたのだが、対空戦闘状況の宣言で状況は変化する。最大船速の一つ下段階である第三船速24ノット、つまり時速約50キロメートルの速力を要求しつつ艦の向きを変えて、迎撃ミサイルの発射体制に入るのだ。
あおばのスパイレーダーで捉えた光点は二つ。何かしらのステルス性能を持つのか、それとも海面スレスレを向かって来るのか、その電波は非常に捉え難くはあるもののゴーストである事は考えられない。
事実、僚艦のふるたかは既に撃沈されており、同種類の光点がこちらにも向かって来るならば、攻撃ミサイルと判断して迎撃しなければこちらが危ない。
「攻撃を開始します……」と、攻撃指揮官は真田艦長に対して最終確認を取り、そして真田艦長は了解したと言ってそれを承認する。いよいよ攻撃的防衛活動の開始である。
「対空戦闘! 近付く目標、SM―6攻撃始め! 」
攻撃指揮官が宣言した内容を復唱したCICのミサイル発射担当官は、イージス艦搭載型艦対空ミサイルSM―6の発射ボタンに指をかけて、「バーズ・アウェイ! (発射・飛翔)」の呼び声と一緒にボタンをカチリと押す。
すると護衛艦あおばの船首砲塔と艦橋の間に位置するズラリと並んだ四角い蓋の一つが開き、艦橋からもその光景が見えるほどの巨大な火柱が上がる。するとその火柱はミサイルとなり、真っ白な白煙を伴いながらグングンと空へと上がって行く。向かって来る攻撃ミサイルに対して迎撃ミサイルを発射し、引き続き二つ目の光点に対しても対空迎撃ミサイルを発射した。
もう初弾の迎撃ミサイルは敵ミサイルとの交差位置に入る頃。ミサイル発射担当官は眼を血走らせてモニターを凝視しつつ、その瞬間が来る事を艦長に報告する。
「インターセプト (迎撃)十秒前……五、四、三、二、一、……マーク・インターセプト! 」
マーク・インターセプトとは敵ミサイルに命中して迎撃が成功した事を意味する。艦橋に詰めている観測員が双眼鏡の先に爆破閃光を視認したと報告しており、撃破についての裏付けが取れたのだが、あくまでも迎撃出来たのは敵ミサイル二機の内の一機に過ぎず、もう一機は尚も護衛艦あおばに迫っている。
――だかここで、敵ミサイルの残り一機がレーダーから消えたのだ――
巡空艦あさまから射出されたミサイルとは、レーダー探知や赤外線やカメラで敵を認識する現代戦において広く普及されたミサイルではなく、弾頭部に「思考型擬似人格敵追尾システム」を搭載させた未知の武器。
ミサイル弾頭部分の回路に組み込まれたマニ車が高速回転して魔力を発現させると、回路に簡単な擬似人格が誕生し、目標に対して命中するにはどうすれば良いかと自分で考え始めるのである。、、、魔力を使ったAIがミサイルを運用していると考えれば良い。
そして今回護衛艦あおばを襲った空雷 (ミサイル)二機は、目標最接近時に海面スレスレ飛行を始め、波の揺れを隠れ蓑にしながら護衛艦あおばに接近していた。だが先頭の一機がレーダー補足されて追尾型の迎撃ミサイルで撃墜された結果、ニ機目は敵の電波追尾システムを学習した後に魔力型ECM (魔力による電波妨害装置)を発動させて敵レーダー探知から完全に消え、迎撃ミサイルを軽々と振り切ったのである。
護衛艦あおばの艦橋から眼を光らせていた観測員が、あおばに肉薄する敵ミサイルを視認した時には既に遅し。
最新鋭イージス艦は主砲である62口径5インチ単装砲が火を噴く事も、CIWS・高性能二十ミリ機関砲の弾幕の雨が降る事も無く、魔力AIを積んだ一発のミサイルで轟沈……壮絶な破壊音と炸裂音と共に、海の底へと沈んでしまったのである。