24) 巡空艦神州の戦い 前編
「右舷尾翼被弾! 右舷尾翼に被弾しました! 」
「被害状況は? 」
「損傷軽微、航行に支障はありません」
「ダメコンチーム(ダメージ・コントロール)を一班向けてください。尾翼は何かあったら怖い! 」
バチンと言う盛大な炸裂音が艦内に鳴り響いた次の瞬間、立っていられないほどの激しい衝撃波に襲われた乗組員たち。戦闘状況下であり何が起きたのかが明らかである事から、巡空艦神州の艦内は至るところで騒然としている。
『こちら艦橋から機関室へ、副長の岸田だ! ダメコンチームを編成して右舷尾翼を確認してくれ! 』
『こちら機関室水谷、ダメコンチームもう向かってます! 』
ソビエト連邦領の日本海に面した軍港ウラジオストクから発進し、次元境界跳躍を経てこの日本に現れたソ連軍の極東艦隊。ヴィクトル級巡空艦の一番艦であるアドミラル・グリゴリエヴナと二番艦のミロスラーフの合計二隻に対して、巡空艦神州は果敢に襲いかかり戦闘の火蓋を切った。これは智也の乗るリバティ・ギア・スフィダンテとの陽動作戦であり、ソ連軍が所持するリバティ・ギア・アレスとこの敵艦隊を分断する事が目的だ。
日本海上の東西軸において、遥か彼方から互いを確認した双方は、「空雷」と言う名のプレイヤー・ウィール搭載型ミサイルによる遠距離攻撃を開始しており、牙を剥きながら空を縦横無尽に駆けて来る空雷の群れをかいくぐりながら距離を縮め、艦隊戦はいよいよ次の段階へと移行しようとしていた。
神州の知恵の心臓部とも言えるコンバット・インテリジェンス・センター、略してCIC。
仄暗く、そして非常時用赤色灯が仄赤く照らすその室内において、艦長の榎本中佐が指揮卓に座り、武器管制担当官や電探担当や戦術武官などが情報を共有しながら、自分の机上に据えられたモニターだけでなく、板チョコのように壁にズラリと据えられたモニターを凝視している。
「報告します。目標ヒト及び目標フタの射程距離圏内に入ります、圏内まであと十五秒! 」
通常の航法レーダー要員ではなく、敵動向の逐一を報告する戦術電探要員が敵ソ連艦隊の状況を報告して来た。
アドミラル・グリゴリエヴナと二番艦ミロスラーフについての過去データが更新されていなければ、神州が装備する62口径5インチ単装砲二門よりも射程距離の長い強力な艦砲を装備しているはず。
艦隊戦だけでなく異世界の敵国土を蹂躙するための大口径駆逐艦砲……製作者の名を冠して俗に言われる78口径ヴィクトロヴィチ砲が装備されており、神州をいち早くその射程圏内に収めてしまうのだ。
「艦長、もうすぐ敵ヒトの艦砲射程圏内に入ります」
指揮卓の隣りに座る戦術長の徳永少佐が、真っ白な口髭と顎髭を榎本艦長に向けて淡々と問い掛ける。もちろんそれは榎本も周知の事実として聞いている事から、徳永は対策と方針を遠回しに確認しているのだ。
「デコイの残量が心もとない。よって敵艦砲の射程圏外に出て再び空雷戦を行う事はあり得ない。つまりは肉薄して神州の射程圏内に入るしか無いよね」
「それでは、いつもの方法で対応しますが宜しいですか? 」
「徳永さんに任せるよ、倒し過ぎないようにね」
――なるほど、艦長の機嫌が悪いのにはそんな理由があったのか。徳永少佐はこの掴み所の無い上官が、普段より憮然とした表情で作戦を進行させている理由が、それまではたった一つだと考えていた。
その理由とは、「いくら人手不足だからと言っても、少年少女を戦闘艦に乗せちゃダメでしょ」といちいち憤り、そう怒りに身を震わせながらも乗せざるを得ないこの状況に辟易するのが榎本艦長の常であり、今回は新たに犀潟智也をスフィダンテに搭乗させて戦場に赴かせる事に、自分自身を嫌悪しているものと判断していた。
だがそれ以外にもこの艦長が懸念材料を抱いており、それが今まさに綱渡りとなって目の前に現れている事を、この“倒し過ぎないようにね”と言う言葉で理解したのだ。
榎本艦長はこの戦いよりもずっと先を見ている。練度から言っても神州が負けるはずの無いこの戦いにおいて、倒し過ぎるなと艦長が厳命したのには訳があり、倒し過ぎた先に見える未来を艦長はとことん嫌っているのだ――と。
つまり、ウラジオストク艦隊を撃滅すれば、間違いなく新手の艦隊をソ連軍は投入して来るはずであり、それはウラジオストク艦隊を上回る戦力を保持している事になる。
北極艦隊、ユーラシア航空艦隊、欧州艦隊、北アフリカ艦隊と次々矢継ぎ早に戦力が投入され、そして日本自治州軍……日本人同士の殺し合いも始まる。
この我々の母国ではない別世界別日本は未だにプレイヤー・ウィールによる魔力発生原理を知らない純粋な近代工業社会である。とてもじゃないがプレイヤー・ウィールを装備した軍隊とリバティ・ギア軍団に対抗出来る状態ではない。
【つまりは、榎本艦長が意図しているのは、引き延ばし工作。敵に戦意高揚させないための時間稼ぎ】
それを悟った徳永少佐は脳内で構築させていた敵殲滅プランを急いで破棄。ものの数秒で艦長の意図に沿った形で新たな戦術プランを策定し、口頭報告で確認を取ったのである。
「艦長。徹甲弾及びM型徹甲弾(マニ車入り)を使用せず、煙幕弾と榴弾使用による敵艦隊の撹乱を目的とした射撃を行います。よろしいですか? 」
それを聞いた時の榎本は驚きながらも瞬時に平静な表情を取り戻しつつ、片方の口角を上げてニヤリと笑みを漏らしながらこう言った、「徳永さんに任せます」と。
――我が意を得たり――
榎本艦長のニヤリは、そう言う笑顔だったのではと徳永少佐は回想する。
敵はソ連軍の巡空艦艦隊、生まれ故郷だった日本共和国を滅ぼした憎き敵、親兄弟や友人そして共和国日本人の仇。
その怒りや憎しみを糧として、今目の前のソ連軍艦隊を屠る事は容易である。全滅させれば乗組員たちの溜飲も下がるだろう。だが時期がまずい、今は逸る気持ちをグッと抑え込みながら、優先させねばならぬ事がある。
普段ならドッカリとシートに腰を埋めたまま微動だにしない徳永少佐だったが、珍しく席から立ち上がり、壁際で背中を向ける砲術士官の峰村中尉に対して大声を出した。
「砲術士官峰村中尉、砲戦準備! 弾種榴弾及び発煙弾、これをもって目標ヒトとフタを撹乱。敵艦隊とリバティギアの連携を妨害する! 」
峰村中尉もそんじょそこらの「並み」の軍人ではない。長年徳永少佐の下で揉まれた甲斐もあり、上官の命令下達の裏にどんな意志が存在するのか読み取る事が可能な男だ。そして部下にそれを伝える事の出来る立派な士官である。
徳永少佐が弾種の選定にあたり、徹甲弾やM型を指示しなかった事で、CICに詰めている各部所の下士官たちは「本当に倒す気があるのかよ」と、一瞬ではあるが色めき立つ。その張り詰めた空気と淀んだ動揺を、峰村の命令受諾を伝える澄んだ声がかき消したのである。
「了解しました。弾種榴弾と発煙弾をもって、目標ヒトとフタに撹乱射撃を実施します! さあて、スフィダンテの小僧を助けるぞ! 」
――母国を壊滅させた憎きソ連軍を皆殺しにするのが我々に課された使命ではない。スフィダンテを、あの少年を助けるのだ――
この気持ちはあっという間にCIC内に伝播し、殺し殺されの殺伐とした世界から兵士たちを救い上げる。我々が、いや現存世界の日本が手に入れた唯一のリバティ・ギアを助ける事こそが使命なのだと。
「上部62口径5インチ単装砲、ハッチ開け! 」
「腹部62口径5インチ単装砲、ハッチ開け! 」
「弾種換装、弾種換装! 榴弾及び発煙弾に装填替え行え! 」
「給弾チェーン1に榴弾装填、チェーン2に発煙弾装填せよ。……ああ? 訓練じゃないんだ、ありったけ給弾しとけ! 」
それまで静まり返っていたCICが、あっという間に怒号や荒々しい言葉が飛び交うようになる。電探要員などからすれば、気が散るから静かにしてくれないかと頭を抱える光景なのだが、榎本艦長と徳永少佐はそれらを穏やかに頼もしげに見詰めているのだ。
「光学センサに感あり、目標ヒトとフタのヴィクトロヴィチ砲、発砲を確認! 」
いよいよ敵が艦砲射撃を開始した。その距離推定二十三キロメートル、神州の射程距離十八キロメートルまではまだまだ撃たれっ放しの状況が続く。
『機関室機関室! こちらCIC、艦長の榎本だ。これより魔装アクティブアーマー(爆発反応装甲)を発現させる。プレイヤー・ウィールを臨界点まで上げてくれ! 』
機関室に向けてマニ車の最大回転を指示した榎本艦長、その艦長に向かい、今度はお返しとばかりに隣席の徳永少佐がニヤリと白髭の合間から口角を上げる。
「あとは操艦の岸田君次第ですな」
「いや、犀潟君次第じゃないかな? 彼が生き残ってくれないと、本末転倒だ」
飄々とした風貌とはかけ離れたような、なかなかに負けず嫌いの榎本であった。




