21) イリヤナの闘い
『旗艦アドミラル・グリゴリエヴナより緊急入電、アドミラル・グリゴリエヴナより緊急入電! リバティ・ギアを射出した敵船が魔探レーダーからロスト、当艦隊に対する戦闘行為と認定された! 』
『これにより艦隊も予想会敵空域へと進軍するため、当艦はリバティ・ギアを発艦させた後に後方へ退避する。リバティ・ギア・アレス発艦させよ! 』
『アレス発艦、アレス発艦するぞ! 』
ソビエト連邦極東艦隊の随艦として、巡空艦二隻の後方に位置する輸送艦イリジチ1。その艦内は艦内放送と警戒態勢のブザーで騒然となっており、配置に付く兵士たちは互いに肩をぶつける勢いで細くて長い通路を駆け回っている。
イリジチ1の船尾格納庫の巨大なハッチに隣接して、管制室の窓が並んでいるのだが、そこから数名の管制官がイリジチ1をも上回る巨大な鉄の塊を注意深く見詰めている。
『イリヤナ、イリヤナ聞こえるか? 』
「セルゲイさん、聞こえるよう」
『係留ワイヤーを解くから、プレイヤー・ウィールの回転を上げるんだ。アイドリングから第一戦速へ! 』
「分かった、了解したよ」
縦横斜めに前後左右、幅が五百メートルもあろうかと言う超巨大で歪な鉄筋鉄骨の集合体であるリバティ・ギアのアレスタイプ。その巨躯からは想像出来ないほどに狭い操縦室で待機していたイリヤナは出撃の準備を始めた。
まともに上半身も起こせないような狭小のコックピットで、左右に配置された「後付け」の機器のスイッチを操作しつつ、スロットルレバーを押してプレイヤー・ウィールの回転速度を上げる。ちょうどその始動作業を始めている時に、ガチガチガチガチとコックピットに鈍い音が響くのだが、これは輸送艦イリジチ1とアレスを繋いでいた何十本もの係留ワイヤーが外された音。これでいよいよアレスは本当の姿が現れるのだ。
『イリヤナ、イリヤナ聞こえる? 』
「ちゃんと聞こえてるよ、ニーカ」
『イリヤナ、敵のリバティ・ギアは回収じゃなくて撃破が決定したわ。だからあなたは遠慮無く暴れるのよ』
「そっか、新しい友達が出来たと思ったのに……ダメか」
『そうね、でもイリヤナには私がいるわ。だから安心して闘って来なさい』
「うん、イリヤナ頑張る! 」
『その意気よ。あなたはオーストリア戦線で北欧神話シリーズの一体を撃破したじゃない。あれだけ強かったシグルドタイプをあなたが撃破したのよ。あなたなら出来るわ』
コクピット内のモニターカメラに向かって屈託の無い笑みを送り、イリヤナはいよいよ真正面を向いた。
「アレス、行くよ! 」
前面モニターにデカデカとそのお尻を見せていた輸送艦イリジチ1は、アレスを切り離した後にすぐ右に旋回を始め、どんどんと旋回しながら小さくなって行く。そしてアレスのプレイヤー・ウィールの高速回転が波のようにうねらず安定回転に入ると、アレスのシルエットに明確な変化が訪れ始めた。
巨大な鉄くずの集合体であるアレス本体から、直径約五十メートルほどの鉄くずの球体が四つほど分岐し、アレス本体から出る放電の筋に促され、整然と二列に並んだのだ。
智也の駆るスフィダンテとは姿形こそ違えど、それはまさしくリバティ・ギア。大いなる存在から人間に遣わされた人知を超えた神器。
ギリシア神話十二柱の一つで、四体の神馬で戦車を牽かせる戦場と狂乱の神アレスの刻印が打たれたリバティ・ギアのプレイヤー・ウィールは、イリヤナの駆るそれをアレスの現し身として命を吹き込んだのだ。
「ポータル、敵のリバティ・ギアの性能について教えて! 」
本体に加えて四体の神馬を表す四つの球体もバリバリと凄まじい放電を始め、ゆっくりとそして力強く前進し始めたアレス。搭乗するイリヤナは襲って来るであろう敵のリバティ・ギアについての知識をアレスのポータルに要求する。
『回答。対象リバティ・ギアの名称はスフィダンテ。性能・能力については不明、対象の攻撃能力も不明。今までに現出したリバティ・ギアのシリーズとは全く違うタイプである』
「不明って……そんな事あり得るの? 」
『肯定。ギリシア神話、北欧神話、ケルト神話、インド神話など、多次元平行世界にある無数の地球で確認されて来た神シリーズとは全く違うタイプである。スフィダンテとは挑戦者を意味する単語であり、それ以外の事は全く判明していない』
「そっか、そう言うのもあるんだ」
なるほどねえと一瞬感心するのだが、他人事ではいられない自分の立場にあるのも確か。いけないいけないと呟きながらスロットルを加速方向へ入れ、その不明だらけのスフィダンテを迎撃するための戦闘軌道に入ろうと、更なる加速を開始した。
「ポータル、教えて。分からない事だらけのスフィダンテは、どうやってアレスに襲いかかるの? 分かる範囲で良いから……推奨行動っての教えてよ! 」
『回答。成層圏下層から急降下して来るスフィダンテは、遠距離攻撃方法が無いと推察される。件の急降下もどれだけ早くアレスの懐に入れるかと言う接近行為であり、スフィダンテは近接格闘タイプと判断。今の段階をもって遠距離迎撃を行う事を推奨する』
「早めにエンカウントした方が良いって事ね、わかったあ。ポータル、電磁投射行くよ! 」
スフィダンテに的を絞らせないように、左右にジグザグ走行を始めたアレス。そのアレス本体の前にいて本体を牽引する四つの球体が、何やら本体の水平値よりも斜め上に上昇したではないか。
そして四つの神馬はそれぞれが等距離に真っ直ぐ間隔を空けて、みるみるうちに放電で繋がる一本の線となる。その全長約二キロメートル、つまりスフィダンテのポータルが犀潟智也に解説した「全長二キロメートルの槍」とはこの事を言ったのだ。
――あと二回、あと二回戦闘に勝てば政治犯収容所からお父さんが帰って来る! あと四回、あと四回戦闘に勝てば家族を首都に呼べる! みんなで……みんなでまた仲良く生活出来るんだ――
イリヤナの目前にあるヘッドアップディスプレイに矢印が表示される。アレスのポータルがスフィダンテの姿を捉え、そして予想進行方向を表示させたのだ。
それを確認したイリヤナは右手の操縦桿を離し、その外側にある小さなトラックボール (装置埋没型の球体コントローラー)を手のひらでコロコロと転がし、表示された矢印の方向にアレスの正面を向ける。すると、ヘッドアップディスプレイの中心に表示された狙点に、スフィダンテを表す矢印が入って来た。
「アレス、撃つよ! ……電磁投射砲射撃開始! 」
……ヒュイイイイン……バチイン!
……ヒュイイイイン……バチイン!
完全機密のコクピット内にいても聞こえて来る弾丸の発射音。
リバティ・ギア・アレスタイプのプレイヤー・ウィールの高速回転で高められた魔力は【雷属性】に変換され、推進以外にも電磁磁石としてありったけの鉄くずを身にまとわせる。そして今、その鉄くずの一片一片をレールガンの弾丸として利用し、スフィダンテに向かって放ち始めたのである。
“巨大な槍”と言うイメージだけを胸に、アレスに闘いを挑んだスフィダンテ。操縦者犀潟智也にピンチが迫る。




