表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第一次多次元世界大戦! 完全武装神器リバティ・ギア  作者: 振木岳人
◆ 対決!リバティ・ギア「アレスタイプ」 編
18/32

18) イリヤナと言う名の少女


 日本政府から出動要請を受けて、智也の乗るスフィダンテを無事回収した巡空艦神州。回収後も回避行動の飛行を続けている。その神州を全速力で追跡するのは異世界のソ連領ウラジオストクから出航したソビエト空軍巡空艦艦隊の三隻。

 先頭の巡空艦から……ヴィクトル級巡空艦一番艦アドミラル・グリゴリエヴナと二番艦ミロスラーフ、輸送艦イリジチ1が一列縦隊で整然と飛行している。


 先頭のアドミラル・グリゴリエヴナとその後ろに付くミロスラーフは、いかにも無骨な共産主義国家の巡空艦と言ったところなのだが、この三隻目の輸送艦イリジチ1の様子がおかしい。

 巡空艦より一回り大きなそれは、あくまでも積載容量を(かんが)みたような巨大なイモ虫の様にも似ている。だが様子がおかしいのはその点ではない。太くて鈍重な船体の後部から長い長い管が垂れており、その輸送艦を遥かに超える大きさの鉄の塊を牽引しているのだ。


 犀潟智也がスフィダンテ・ポータルから得た情報では、ソ連艦隊はリバティ・ギアのアレスタイプを連れて来ているのだと言う。ならばこの輸送艦イリジチ1が必死に牽引しているのがアレスタイプと推察されるのだが、そのスケールが桁外れにデカい。

 輸送艦イリジチ1自体が全長二百五十メートルで巡空艦よりも一回り大きいと言うのに、そのイリジチ1が「ひいひい」と息を上げながら引っ張るその鉄の塊は、いびつな楕円形をした縦横高さが全て五百メートル以上もありそうな完全なる鉄の塊。

 本当にそれがアレスなのかどうかは起動した時に分かるのであろうが、鉄の塊が空を飛ぶ時点で常識の外にある物体である事は確か。

 智也と契約したスフィダンテのように、リバティ・ギアのプレイヤー・ウィールが眠りから覚めて高速回転を始めれば、その完全なる姿を目の当たりにする事が出来るのであろうが、神の現し身とは一体何なのかと疑問を抱いてしまう代物ではある。


 『リバティ・ギア、アレス』ギリシア神話に登場する神で、戦を司る荒ぶる神。粗野で残忍なその性格から、戦場においての狂乱や破壊を表すといわれた神。四頭の神馬に戦車を引かせる美貌の大男アレスは、両手に巨大な槍を持って戦場を駆け抜けたと言われる。

 そのアレスが刻印されたリバティ・ギア。今はその時を待ちながら、静かに静かに……日本海上空を西へと移動していた。

 そして、アレスを牽引し続ける輸送艦イリジチ1の船内では、後部ハッチの側面に配置された目視確認用の展望室の小さくて丸い窓から、アレスをじっと見続ける少女の姿がある。

 周囲の作業員と同じ作業服を着ておらず、士官の様に軍服姿でもない事から、この華奢な身体のラインが浮き出る様なスーツはパイロットスーツで、この少女は模倣プレイヤー・ウィールを使ったパワードスーツか何かのパイロットではと推察されたのだが――


「ここにいたのね。イリヤナ 、探したわよ」


 展望室の扉が開き、入って着たのは士官服を着た女性。何故かドリンクの入ったストロー付きボトルとチョコバーを手にしている。

 女性士官が声をかけたのに気付かなかったのか、イリヤナと呼ばれた少女は未だに窓の外を食い入るように見詰めており全く気付いていない。呆れた女性士官が少女の耳元まで赴き彼女の名前を優しく呼ぶと、イリヤナは目をまん丸にして驚き、慌てて振り返った。


「ニーカ、いたならいたで教えてよう! 」

「うふふ、ちゃんとあなたの名前を呼びましたよ。あなたこそ昼間から夢でも見てたのかしらね? 」

「ぶうううっ! 」


 幼さがたっぷりと残るイリヤナは、からかうニーカに向かって思い切りほっぺを膨らませて抗議する。そんなイリヤナが幼くて可愛いのか、まるで歳の離れた妹を見るような穏やかな笑顔で、女性士官のニーカはイリヤナに持っていたドリンクとチョコバーを手渡した。


「イリヤナ、十四歳のお誕生日おめでとう。今は戦闘航行中だからこれくらいしかあげられないけど、戦闘が終わったら食堂の班長が誕生日のケーキを作ってくれるそうよ」


 渡された早々笑顔になったイリヤナは、嬉しそうに分厚いチョコバーを口いっぱいにほうばり、甘くて冷たいレモンティーでそれを胃に流し込む。これだけでも至福のひとときなのだが、更に自分のために誕生日ケーキが作られると聞けば、飛び上がる勢いで喜ぶのは当然の事。


「すごい、すごいすごいすごい! ニーカがお願いしてくれたの? 私の田舎貧しかったから、誕生日のケーキなんて夢だったのよ! 」

「私だけじゃないわ、艦長やクルーや整備班の人たちも、みんなみんなイリヤナのお誕生日を祝いたいって言ってね」

「お誕生日会かあ、楽しみだなあ……」


 ケーキすらまともに作れないほど貧しい地区の出身だったのか、イリヤナの喜びようは尋常ではない。しまいには朝昼おやつに晩御飯と、お菓子やケーキだけを食べていらるお菓子の世界に行きたいわと、夢の詰まった話がどんどんと膨らんで行く。


「あともうちょっとの我慢よ。この作戦が終われば戦闘航行も終わりだから、みんなでお祝いしながら故郷(ふるさと)に帰れるわ」


 ニーカと呼ばれたこの女性士官、政治将校としてイリヤナの管理を任されているニーカ・マトヴィエンコ赤軍大尉が、故郷(ふるさと)と言う単語を口にすると、イリヤナは多少のセンチメンタリズムが胸の奥でチリチリと沸き立ち始めたのか、表情にかげりが現れ始めた。


「故郷かあ……。お母さん大丈夫かな? ずっと病気だったから」

「イリヤナ安心なさい、あなたのお母さんは軍の病院で最先端の治療を受けてる。この前話したでしょ? 自力で立てるようになったって」

「弟たちは、お母さんいないからお腹空かせてないかな」

「大丈夫よ、私みたいな綺麗なお姉さんが弟君たちの面倒見てるから。多分みんなピロシキの食べすぎでお腹ぽんぽんに太っているかもね」

「う、うん、それなら良いんだけど」


 寂れた寒村に生まれ、特命を受けて赤軍に入ったイリヤナ。まだ幼い彼女が残して来た家族を思い出して瞳を曇らせるのだが、それは家族を口実にした方便であり、自分自身が帰りたくて帰りたくてしょうがないのは明白。

 そしてそれはニーカも手に取るように分かっており、イリヤナのメンタルコントロールこそが自分の仕事だとばかりに、膝を曲げて彼女を抱きしめ、頭を撫でながらこう言う。


 “大丈夫よイリヤナ、あともうちょっとの我慢だから。あなたのアレスが生まれたばかりのリバティ・ギアになど負けるものですか。戦いに勝って故郷に帰るの。みんなであなたのお誕生日会をしながらね”


 寂寥感に包まれていたイリヤナは、うん、わかったよとくぐもった声で返事するが、それを打ち消すようなけたたましい電子サイレンが、この場だけでなく艦内全てに響き渡る。イリジチ1の艦長から全乗組員に対する艦内放送が始まったのだ。


『傾注、傾注! 旗艦アドミラル・グリゴリエヴナより艦隊指令が発せられた! 追跡中の敵艦からリバティ・ギアが離脱、我が艦隊に対する迎撃行動を始めたもよう。よってただ今をもって戦闘準備航行を引き上げて戦闘航行を宣言する! 同志諸君は戦闘配置につけ! 』


 いよいよ、ソビエト連邦極東艦隊の持つリバティ・ギアと、犀潟智也の乗るスフィダンテが激突する。


 さあ、ゆっくりはしていられないわよとニーカに背中を撫でられたイリヤナは、無理をして作った勇ましい笑顔で誕生日会楽しみにしてるから! とニーカにひと声叫ぶ。そして左手の甲が輝き出すやいなや、「アレス、行くよ! 」と叫び、光の中に姿を消したのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ