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第一次多次元世界大戦! 完全武装神器リバティ・ギア  作者: 振木岳人
◆ 無垢なる神器「スフィダンテ」 編
14/32

14) 巡空艦神州、戦闘航行へ


 航空自衛隊小松基地を飛び立った異様な風体の巨大飛行体は、そのまま石川県上空を北に向けて姿を消し、そしていよいよ能登半島を越えて日本海へと踊り出た。

 高度三千メートルを行く不思議な飛行体。もし現代社会に生きる我々がこの異様な飛行体を見れば、間違いなく「なんじゃこりゃ? 」と驚くに違いない。

 何故ならば、どう見てもどう考えても飛行機の進化の過程に無い物体であるから。ーーライト兄弟が初めて空を征服したプロペラ飛行機はその後、ジェット推進を経て航空機と呼ばれるまでに進化を遂げたのだが、その進化の流れに全く合わない形状であったからだ。


 空気抵抗もへったくれも無いまるで空飛ぶ戦艦が小松基地から飛び立ち、そして小松市沖に進路を取らず市街地を通過し、能登半島を目指して一直線に飛べば必ず地上に住む人々の目に留まり大騒ぎになるはず。

 だが不思議な事にこの空飛ぶ戦艦を目撃した者はおらず、またSNSに衝撃の写真をアップロードする者はいない。そもそも小松基地にあった事すら話題になっておらず、いつ小松基地に飛来したのかさえ一般人にはまるで知られていない。


 『三稜鏡迷彩(さんりょうきょうめいさい)

 三稜鏡とは別名「角柱」と呼ぶ透明な媒質で出来た多面体で、日本語読みだとなかなかに想像し難いのだが英語ではプリズムと呼ぶ物体である。

 このプリズムを用いて光を分散、屈折、全反射、複屈折させるのだが、これを人造プレイヤー・ウィール (マニ車)の魔力を利用して周囲の空間に無数に発生させ、その光の屈折や光の分散スペクトルを利用してその巨大な姿を隠していたのである。


 そしてその脅威の魔法技術ももう終わる。

 日本海の洋上に出てしまえば目撃者などいる訳など無く、魔力による電探索敵で地元漁船の位置も把握している事から、もうコソコソしなくても良いとばかりに三稜鏡迷彩を解除して、その姿を大海と大空に晒したのである。

 その空飛ぶ戦艦の名前は『神州』。異世界にあるとされる日本共和国からやって来たと言う巡空艦は、今我々のいる世界に突如現れたかと思ったら、航空自衛隊のスクランブル機を通じて日本政府に亡命の意思を打診し、それが受け入れられた経緯がある。

 そして最寄りの航空基地であった理由もあり、航空自衛隊小松基地に神州とその乗組員は抑留されながら政府側の事情聴取を受けつつ、技術武官たちに未知のテクノロジーを提供していたのだ。


 神州が運んで来た難民たちは、数ヶ月から一年かけて、この世界についての教育をほどこしたのちに正式な国民として一般生活が送れるようになるそうだ。

 難民護衛の任務も終了した神州と乗組員たちは、日本共和国なる異世界国家の軍人であった事からその国家のイデオロギーや軍の立ち位置など細部に渡って聴取される必要性があったのだが、その後に攻めて来たソビエト連邦日本自治州軍に対抗する意味でも、どうやら神州とその乗組員たちは自衛隊の下請けと言う位置に収まりそうな気配ではある。


 ――そして時代のうねりの第一段が思いのほか早くやって来た――

 『新潟県佐渡ヶ島沖にあるレアアース採掘基地を占領していた自治州軍と、それに合流しよう領空を犯した本隊が突如能登半島沖に進路を取って移動し始めた。その動きは追跡のようにも見える事から、日本共和国側から情報提供を受けていたリバティ・ギアなるものの存在があると推察される。日本共和国軍巡空艦神州とその乗組員はリバティ・ギアの保護に向かわれたし』

 これが自衛隊統合幕僚本部を通じて日本政府が依頼して来た内容。今の自衛隊では武装や戦略・戦術の概念が全く違うため、ソビエト連邦日本自治州軍に対して対抗出来る望みが薄いと言う理由で、神州は再び大空へと上がったのである。


   ◇   ◇   ◇


『こちら戦闘指揮所、索敵班。魔力電探に感あり! 北北西七キロ先に移動する物体を確認。物体はリバティ・ギアのスフィダンテと推定。スフィダンテは高度十三メートル、時速七十キロの速さで、水面スレスレを対馬方面に移動中! 』


 これだけ図体がデカいのにまるで戦闘機のコクピットのように狭い神州の艦橋。さすがに立っているスペースも無いのか、この艦橋にいる全員が窮屈なシートに身体を埋めながら、各々の担当分野に専念している。

 そしてこの移動物体を捉えた電探(レーダー)要員の報告は、この艦橋とは別の場所に設置されている戦闘指揮所 (コンバット・インテリジェンス・センター 通称CIC)から艦内放送を経て、榎本艦長が座す艦橋へと送られたのである。


「水面スレスレか。初心者の割には頑張ってるね」

「頑張ってる以上、破綻は意外に早いかと判断します」

「そうだね。緊張の糸が切れる前に、早めに回収して休ませてあげないと」


 艦橋要員の後頭部と外の景色が一望出来る一番奥の位置に、比較的リッチな仕様の艦長卓と副艦長用の予備座席がある。艦長の榎本中佐と副艦長の岸田少佐は、戦闘指揮所から送られて来た巡空艦神州とスフィダンテの相対位置のデータを画面で確認しながら頃合いを見計らっていた。


「スフィダンテのパイロット、どんな人物でしょうか? 」

「さて、そればかりは会ってみないと分からないね。しかし真衣香君がポータルを渡したと言う事は、つまりはそう言う事なんじゃないかな? 」


 ひどく曖昧な言葉で濁すものの、榎本艦長はどうやらスフィダンテに期待していない訳ではなさそうだ。何故ならば彼の表情はいつも通りつかみ所の無い飄々とした面持ちではあるものの、全てを見透かすような鋭い視線を陰に潜めて、子供のように爛々と瞳を輝かせているからだ。

 榎本艦長は岸田副長との会話を切り上げ、手元にある艦内通話用の受話器をガチャリと取る。そして通話先として戦闘指揮所のボタンを押した。


「こちら榎本、通信班に通達。スフィダンテの魔力パターンを至急解析、魔力紋通信可能状況にしてくれ。助けに来たと伝えてやらないとな」


 そう言って受話器を置くと、シートの安全ベルトを外して立ち上がる。


「戦闘指揮所に移動する、操艦よろしくね」


 戦闘航行中でない通常航行中の限りは、操艦の最高責任者は間違いなく艦長であり、副艦長はそのダブルチェックの役割が与えられている。艦長の命令を副艦長が復唱して、初めて一つの命令として乗組員に下達される流れだ。

 だが、戦闘航行が宣言されると様子はガラリと変わる。武器管制や索敵や戦術航空指揮など、それまでは暖気状態と言っても過言ではなかった戦闘指揮所に艦長が移動する事で組織は劇的に変わるのである。

 戦闘指揮所は艦長直属の部門となり、戦闘指揮所が一つの頭脳として艦の末端にまで影響を及ぼすシステムに変わる。それは操艦部門にも影響は及び、操艦部門の最高責任者となった副艦長ですらも、戦闘指揮所の航行指示に従って艦を動かすのだ。


 艦橋の榎本艦長は席を立って戦闘指揮所に移動する旨を岸田副長告げ、後はよろしくと言った。つまりそれは通常航行の終わりを伝え、今より戦闘航行を行う「有事」を宣言した事になるのである。


「艦長は戦闘指揮所へ! 操艦指揮は岸田副艦長へ! 」


 儀礼的な意味合いも過分に含め、艦橋要員の責任者である航海長が高らかにそう宣言する。それをもって操艦の責任者は副艦長に移譲されたのだ。


「高度を二百メートルまで下げよう、やり方は君に任せるよ」


 榎本艦長はいたずらっぽい笑みを口元に浮かべながら岸田副艦長にそう言葉を残して艦橋を後にする。

 “やり方は君に任せる”と言われた岸田副艦長は、遊び心と理解力のある榎本艦長に対して、爽やかでありながらも猛々しい素敵な表情のまま、感謝を込めた満点の敬礼で見送り、艦長卓のシートへ腰を埋めた。


  ビーッ! ビーッ! ビーッ!


『神州の全乗組員に達する! 只今を持って戦闘飛行を宣言、全乗組員は所定の位置に付け! 艦長は戦闘指揮所に、操艦は副長の岸田が執る! 』


 艦内にけたたましく電子音が鳴り響き、それに続いて岸田副艦長の凜として勇ましい声が艦内放送に乗る。

 スピーカーから流れるその声に背中を押され、非番だった乗組員たちが狭い艦内通路にわらわらと飛び出して担当部所へと全力で走り出した。

 平時と戦時の切り替えが出来ており、良く訓練されていると言う見方もあるが、乗組員たちの表情はちょっと違う。巡空艦神州の乗組員であると言うプライドや、軍艦乗りとしての矜持とはちょっと違った焦りの表情が顔から滲み出ているのだ。

 その理由は、操艦指揮者が榎本艦長から岸田副艦長に変わった事が大きな理由であるーー早く担当部所にたどり着いてハーネスで身体を固定しなければと言う、恐怖心が彼らを突き動かしていたのだ。


「これよりスフィダンテとの予想邂逅空域に急行する。戦闘指揮所から操艦指示が送られて来る前に動くぞ、これは戦闘指揮所との競争だ! 」


 艦橋要員たちをそう鼓舞しつつ、岸田少佐は高らかに宣言するような張り詰めた声で、艦橋要員に向かって具体的な指示を出した。


「主動力プレイヤー・ウィール最速回転! 二分後に最大戦速をもって高度二百メートルまで降下する。俯角(水平面より下部の角度)十八度、取り舵二十度、さあて限界に挑戦するぞ! 」


 戦闘指揮所から指示が来る前に好き勝手やるぞと、岸田副艦長が艦橋要員に檄を飛ばし始めた頃、榎本艦長は神州の中枢にある閉鎖区域にたどり着いた。


 その場にいる戦術長の「榎本艦長が入室、戦闘指揮は榎本艦長に! 」と言う権限移譲宣言を受けて指揮卓へ。

 空間の狭い戦闘指揮所は天井も低く、大の大人が身を屈めないと立っている事すらままならないのだが、モニタ類や計器や操作盤が所狭しと並ぶ様は、もはや秘密基地と言っても過言ではない。


「戦術長、航法指示は? 」


 手の甲を相手に見せる海軍式敬礼で座席に座った榎本艦長は、指揮所の最高責任者であった戦術長にこれからどう飛ぶのかと質問する。すると戦術長は苦笑いを返しながら、副長の操船を確認した上で良いかと……と答え、彼女が戦闘指揮所をライバル視している事に肩をすくめながら、それを尊重する旨を発して榎本艦長への答えとした。


「分かった、了解したよ。索敵電探班、スフィダンテとの交信はどうだい? 」

「スフィダンテの魔力波長は判明しました。通話周波帯が判明するまで、あと数分ください」


 自治州軍との距離はだいぶ稼げているから、今回はとにかく逃げの一手だなと、榎本艦長が戦術長と話を詰めていると、いよいよ準備が出来たのか艦橋から岸田副艦長の勇ましい声が艦内通話のスピーカーから轟いて来た。


『こちら艦橋、副長より全乗組員に達する! 巡空艦神州はリバティ・ギア・スフィダンテの回収に向けて戦闘軌道を全速力で降下開始する! 全乗組員は身体を固定して衝撃に備えよ! 』


  ――来た来たこれだよ

 艦長と戦術長は顔を見合わせ苦笑いで自分の腰にシートベルトを巻いた


『神州降下開始十秒前……五、四、三、二、一、降下! 降下! 降下! 』


 その艦内放送を最後に、微かな振動が身体を貫いたかと思ったら、あっという間に身体が宙に浮く感覚に襲われる。まるで胃が口から飛び出しそうな逆重力だ。


「絶対彼女楽しんでるよね」

「まあ、今のうちぐらいしか遊べませんから」


 戦闘指揮所に詰めている兵士たちそのほとんどが、逆重力の強烈な違和感に我慢出来ずに呻き苦しむ中、榎本艦長と老練な戦術長は余裕綽々なのか涼しげな表情で呆れ顔。

 戦闘指揮所の要員に限らず巡空艦神州のほとんどの乗組員が、岸田副艦長の乱暴な操船に悲鳴を上げ、美しき副長のサディスティックな一面に恐怖しているのだが、そうも言っていられないとある担当部所があったのは間違いない。

 それはズバリ神州の食堂で、給養員たちが今まさに、金曜カレーの仕込みの真っ最中であったのだ。


 結局急な操艦に耐えられずにカレーはお蔵入り。カツカレー用にとかろうじて用意してあったカツレツを使いカツライスで急場をしのいだのだが、給養員の親方……つまり神州の食堂の班長からその夜こっぴどく叱られた岸田副艦長であった。


 もうすぐスフィダンテと神州は邂逅する。スフィダンテには智也が乗り、そして神州のどこかには別の世界の真衣香がいる。

 二人は分かりあい、分かち合う事が出来るのか。それとも住む世界が違うと言う一点の理由をもってたがえてしまうのか。

 いずれにしても、智也にとってこの夏はなかなかに孤独で済みそうもない夏になりそうであった。



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