10) リバティ・ギア、つまり『自由を勝ち取るための装置』
それはまさに、テレビで良く放送しているヒーロー物の主人公のような感覚だった。
リバティ・ギア「スフィダンテ」との契約を迫る木片に対し、契約すると宣言した智也は、まるでヒーローの変身シーンのようなド派手な光に包まれ、あたかも自分がバージョンアップするかのような、生まれ変わりの瞬間を体験したのである。
「何だ、何だ何だ!? 俺は変身でもすると言うのか? 」
『スフィダンテ・ポータルは塩基配列分類ガンマ・イオタ・ミュー類第3種型犀潟智也を認識した。これよりスフィダンテ運用の全権を犀潟智也に託す! 』
目も開けていられないような猛烈に白い光の中で、智也から木工細工と呼ばれていたスフィダンテ・ポータルはパチン! と音を発して粉々に砕けてしまう。そしてそれを機に、あっという間に喧騒と輝きは消え去ってしまい、蝉の鳴き声が窓から飛び込んで来るいつも通りの普段の光景が戻って来たのだ。
「あれ、あれ? 木工細工が無いぞ。スフィダンテ……ポータルだっけ」
辺りをキョロキョロ見回すもその木工細工の姿は無い。たった今目の前で砕け散ったのを見たばかりだと言うのに、それでもそのスフィダンテ・ポータルを呆けながら探すのには意味があった。
――強烈な光に包まれて、ヒーローや伝説の勇者に変身するとでも思っていたのに、まるで何の変化も訪れないのだから。
だが変化を感じていなかったのは智也本人だけで、彼の肉体には確実に変化が起きていた。と言うのも、智也の左手の甲が突然言葉を発して大騒ぎを始めたからである。
『警告、警告! 日本海沖に新たな次元境界跳躍を確認、敵本隊と認識。現出した敵本隊にはリバティ・ギア・アレスタイプも随行! 』
おわああ、左手が喋った! と背後に飛び退くように尻もちをついた智也。慌てて左手の甲を見ると、消えた木工細工の刻印が浮かび上がっており、それはまるで魔法円を模したタトゥーのようだ。
『犀潟智也に進言する! 至急スフィダンテを稼働させ後方に退避させるか迎撃行動を取れ! 』
「スフィダンテ・ポータルが俺の左手に……」
光に包まれたのはつまり、自分自身がヒーローに変身するのではなく、このポータルを通じてスフィダンテ本体と繋がったのだと自覚したのだ。
「ポータル、教えてくれ! 敵の狙いはスフィダンテなのか? スフィダンテを移動させれば採掘基地は安全になるのか? 」
『解答。スフィダンテタイプはリバティ・ギアの種類の中でも唯一無二の貴重タイプであり、ソビエト連邦日本自治州軍がそれを狙って来たのは明白である。よってスフィダンテを安全圏に移動させる事が最重要と判断されたし』
「……分かった。ポータル、スフィダンテを移動させてくれ」
『要請を受諾。スフィダンテを現ポイントから次元境界跳躍で移動させる。移動ポイントを指示せよ』
移動させるが、移動先をどこにすれば良いのか指示しろとポータルは言う。
だが、そのスフィダンテなる物がどれだけの質量を持った物体なのか分からない智也は一瞬鼻白みながら悩み、万が一を考慮して家の北側に広がる海岸線に移動させろと命じたのである。そしてその命令を受け入れたポータルは、機械的な音声で即座に『スフィダンテ、次元境界跳躍開始』を宣言し、ものの数秒も経たないうちに『スフィダンテ、次元境界跳躍完了』と智也に告げたのであった。
実に味気なくも呆気ない展開と結末ではあったのだが、この後が凄かった。
まるで何十年に一度とマスコミが大騒ぎするほどの巨大な台風が直撃したかのように、智也の家はバケツをひっくり返したかの勢いで猛烈な雨に打たれたのだ。それも智也の家だけではなく、集落全体が滝のような豪雨に見舞われたのである。
……夏の太陽に包まれた城ノ岬で、青空のまま土砂降りに遭う……
実はこの雨は大気中の水分ではなく純粋な海水。もし日本がまだ平和の真っ只中であり、夕方のニュースがネタ切れに困っていたならば、「新潟県のとある街で海水が降る!? 空からアジや黒鯛が降って来た! 」とオカルト風味で報道するのであろうが、では何故海水が降って来たのかについて心当たりがあるのは犀潟智也一人だけであろう。
ポータルが言うところの次元ジャンプを命じた結果、その衝撃で海水が盛大に上空に舞い上がったのだと直感が働き、どんな物体が現れたのかと慌ててサンダルを履いて海岸に駆けると、そこには異様な光景が広がっていたのである。
「これが……スフィダンテ? ……」
『肯定する。リバティ・ギアのスフィダンテタイプである』
「何か、材木をひたすら組み上げたやぐらみたいな姿だな。リバティ・ギアってみんなこうなのか?」
『否定する。リバティ・ギアは鉄であったり宝石であったりと多種多様である。このスフィダンテは無数の御神体や御神木を組んで作られた非常に珍しいリバティ・ギアで、他のものとはコンセプトからして全く別の存在である』
「ふうん、まだ良くわからないが、それは追い追い説明してもらうとして……こんな材木の人形、どうやって動くんだよ? 」
『解答。人の作った模倣マニ車ではなく、純粋な神のマニ車を主動力源として稼働する。神の領域にある技術をもって、人には作れない聖域に存在する魔力精製機構こそを、リバティ・ギアと分類し呼称しているのだ』
――だからリバティ・ギア、【自由を勝ち取るための装置】と言う事なのか――
家から出た時は全力疾走で浜に向かっていたが、身長が五十メートル以上もある木造ヒト型のスフィダンテ。そのあまりにも異様な出で立ちに尻込みしたのか、智也の足取りもいつの間にか自然とゆっくりに。
そしてまだ大気中に舞い上がった海水が残っているのか、太陽光に反射して辺りがキラキラと輝く幻想的な空間を前に足を止めて、砂浜を前に立ち尽くしてしまった。
「こんな骨組みだけのカカシに乗って戦えと言うのか? 俺は一体何と戦えって言うんだ? 」
『解答。泡状多次元世界において淘汰が始まっている。他世界人類との生存競争を勝ち抜くために、リバティ・ギアは贈られた』
――人間同士の生存競争とか、恐ろしい事をサラっと言うんじゃねえよ――
自分の人生において、あらたな世界に一歩踏み出した高揚感に包まれながらも、その一歩の先に何が待ち構えているのかが見えてしまった智也。
目が滲みるようなしょっぱいスコールに身体を濡らしながら、呆然とスフィダンテを見上げていた。