どうしちゃったの?
ずぅぅぅん!!
私の真後ろに、何かが飛び降りてきた。
なんなの!?
私の髪に、花を飾ろうとしてくれた若い鬼も、驚いて尻餅をついている。
「お、おおおお長!!」
周りの鬼たちも、慌てて跪く。
え? 長ですって?
振り向くと、すごい形相で立っているシュラがいた。
「シュラ!」
私が言っても、彼は私を無視して、腰を抜かしたままの鬼に近づいていく。
「───何をしようとした?」
低くて怖い声。
どうしちゃったの?
「は、はい、あの、花を……花を」
「花?」
「は、ははははい!」
「よこせ」
「は、はい!!」
シュラは、彼が持っていた花をもぎ取ると、私の方を振り向いた。
その瞬間、シュラの顔が湯気を立てそうなほど、真っ赤になる。
「……」
「シュラ?」
「───この花が気に入ったのか?」
「え? ええ、素敵だから」
「そうか……」
シュラは、動けない鬼に何か耳打ちすると、そのままヒュ! と、飛び上がっていなくなった。
……?
え? なぜ?
その日から、おかしなことが続いた。
私の部屋中に、庭園の花が飾られるようになったり、私が好きな料理が必ず出てくるようになったり。
宝石、服、読みたい本、見たかった絵画。
一体どこで聞きつけてくるのか、次から次に贈り物が届く。
そして、私が特に鬼の男性と話していると、いつの間にかシュラが後ろに来ているの。
そのくせ私が声をかけたら、すぐにいなくなってしまう。
これ、どういうことなんだろう。
嫌われているわけでは、ないみたいなのに。
そういえば、最近のシュラにはもう一つ違和感がある。
それは、頭の角が見えなくなったこと。
髪の毛に隠れてるだけかしら。
鬼の体のことは、よくわからないな。
とにかく、逃げられてばかりじゃ、何もできないわ。
だからと言って、他にすることもない。
ゼカとライに相談すると、鬼の一族の書庫に連れて行ってくれた。
「若様が、この書庫を自由に使っていいとおっしゃってましタ」
ゼカが言うと、後ろにいるライも頷きながら、
「ドジョウは、お餅をつくのにいいと言えと言われましタ」
と、笑顔で言う。え? ドジョウ? お餅?
これは……えっと。
「もしかして、『読書は気持ちを落ち着けるのにいい』じゃない?」
「はイ!!」
ライはさらに胸を張る。本人はそう言ってるつもりなのね……。
「伝言、下手くそライ!」
ゼカが、肘で小突く。ああ、いいのに。
ライは、ちゃんと言ったと反論している。
「間違えてないもン!」
「間違えてるヨ」
「はいはい、そこまで」
私は二匹を宥めてから、書庫に入った。
中はとてつもなく広い。
すごい……!!
「あ、でも、読めるかな……」
文字が人間のそれとは違う。
沢山の贈り物の中に本もあったけれど、ちゃんと人間の世界の本だったものね。
ここの文字は、多分鬼の文字。
んー、と。
「これは、『宝珠と人間の歴史』か。……え!?」
読める……なぜか読める。
そういえば私、シュラが持っていた鬼神棒に刻まれた文字も読めたのよね。
中を開いて文字を読むと、スラスラ読めた。
わあ。なんだか、感動する。
なになに、あ、やっぱり内乱が原因でログラハ王朝は、大戦を起こしたとある。
全ては、我がストロベリ王朝の、前の王朝から始まったんだ。
近隣国を巻き込み、毒と火薬にまみれた大地は、瘴気を生じさせ、生き残った人々を苦しめる結果となった……か。
人の力では、もう浄化できない状態だったのね。だから、宝珠を頼った。
それから……と。
『しかし、宝珠が大地を浄化し十分やっていける土地になっても、王家の子孫は宝珠の返還を拒否』
『逆に宝珠を受け取りに来た、鬼の長の身内を、シャーマンによって調伏させた』
『これが、鬼神棒を巡る、鬼と人間の戦へと発展するのである』
シャーマン……。
私は、モノケロガヤが頭に浮かんだ。
私をこんな体質にしたのは、おそらく彼。
なんの意味があって、こんな体にしたんだろう。
「鬼の文字が読めるのか」
ふと、声をかけられて顔を上げると、そこにはソラメカがいた。
いつの間に。わあ、近くで見ると大きい。
私に向けた手のひらには、一つ目がギラリと光っている。
「え、ええ、読めます」
「頭がいいのか、単なる偶然か。危険な女だな」
「───人間がお嫌いですか?」
「当たり前だ」
「宝珠を返さないから……ですよね?」
「それもあるが、何より三百年前のあの戦は、鬼の一族にも犠牲をだした。それに、人の血肉の味を覚えた仲間たちは、元に戻らず悪鬼と化したそうだ」
「ち、血肉の味」
「鬼から見たら、人間の体は脆い。あっさりと爪で裂けるし、ひと噛みで食いちぎれる。その心地よさは鬼を狂わせる」
ソラメカから殺気を感じて、私は一歩後ろに下がった。
怖い……人を引き裂く鬼の伝説は、小さい頃何度も聞いたんだっけ。
シュラがあまりにも親切にしてくれるから、鬼が恐ろしいものだということを忘れかけていた。
ソラメカは、一歩踏み込んでくる。
「仲間を、二度と悪鬼に堕としたくはない。また、長も鬼神棒も危険に晒したくない。皆を守るのは、鬼の一族筆頭家老の我の責務だ。小娘、貴様の秘密を……」
「下がれ!! ソラメカ!」
後ろから、シュラの怒鳴り声が聞こえた。
振り向くと、ソラメカを睨みつけたシュラがいる。
ソラメカは、言われた通り後ろに下がってシュラを見た。
「長、すっかり骨抜きにされましたな」
「なんだと?」
「情けのうございます。我らとの約束は、どうなりましたか」
「調査は継続中だ」
「ほう」
「今少し待て」
「小娘を泳がせての様子見にしては、長すぎませぬか?」
「何が言いたい」
「小娘の体を調べることを、躊躇しておりませぬか?」
「!?」
「長……長がなさらぬなら、我がその女を調べましょう。切り刻んででも、秘密を解き明かしてみせます」
「!!」
二人の間に、緊張が走る。
怖い……。
「彼女に手を出すな」
シュラが、恐ろしく冷たい声で言い放つ。
ソラメカも、怯まずに口を開いた。
「長。人間の雌一人に、手こずっていらっしゃる場合ではないと申し上げたい」
「口がすぎるぞ、ソラメカ」
「では、何かおわかりに?」
「……」
「長、なんのための囮です?」
え? 囮?
彼は目を細めてソラメカを睨んだ。
「それを今、問う必要があるのか?」
「……いいえ、長」
「とにかく、クローディアを怖がらせるな。これ以上絡むなら、俺が相手になる」
「わかりました」
ソラメカは、お辞儀をして書庫を出ていく。
ほ……怖かった。
「シュラ、ありがとう」
「クローディア、大丈夫か?」
「ええ」
「そうか」
久しぶりに、シュラと話す。なんだか嬉しくなった。今日は逃げないのね。
「奴を許してやってくれ」
「ソラメカのこと?」
「ああ。奴の先祖は、あの戦で悪鬼に堕ちて、長に討たれてるんだ」
「そうだったんだ……」
「悪鬼に堕ちれば、鬼はもう戻れない。ひたすら殺戮を繰り返し、人を喰らい続ける。思考もそれだけになって、人間に使役されやすくなるんだ」
「使役」
「シャーマンが、その性質をうまく利用するとか。三百年前の戦の時は、悪鬼に堕ちた仲間たちが使役され、鬼の一族と戦わせられた」
「え!? じゃ、味方同士で?」
「そうだ」
なんてこと。ソラメカが、私を警戒するわけだわ。『繰り返さない』ために。
「分かった。ソラメカは怖いけど、今の話を聞いて、納得できたから」
「よかった。ありがとな」
「ううん。あ、贈り物のお礼も言えてなかったよね。色々ありがとう」
「あ、ああ」
「スッキリした。あなた、いつもいなくなるから」
シュラが、思い出したように真っ赤になる。
おもむろに、私の指に赤い糸を結ぶと、さっと抜き取った。
「シュラ? ……あ!!」
またいなくなる。
もう! なんなの!!
読んでくださってありがとうございました。
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