宴にて
それは、食事というより、宴だった。
広間に集まる、大勢の鬼たち。
並べられた豪華な料理の数々。
様々な鬼の踊り子たちが、見事な舞を踊っている。
上座にシュラと、ディアベル御前。
なぜか、私の席は二人の真ん中。
これじゃまるで主賓なんだけど、そんなわけないわよね……?
隣のシュラを見ると、“いいから、楽しめ”と言わんばかりの笑顔を向けてくる。
さっきは、首筋に顔を近づけられて、怖かったのに。
ムスッとした表情で彼を見ると、急に変顔をしてふざけてきたから、思わず吹き出しそうになる。
もう、なんなの? そんな顔しても、許さないんだから! と、思いつつ、肩が笑いで震えるのを止められない。
あの整った顔を惜しみなく歪めて、変顔するんだもの。
ギャップがすごくて、笑わないほうが難しい。
変な鬼! さっきまでの怖さを忘れそうになる。
お陰で、肩の力が少し抜けた。
ほんの少し、ね。
シュラは、私の様子を見て満足したように酒盃を傾けた。
そこへ、広間に集まった鬼たちが、次々と声をかけてくる。
「シュラ様、可愛らしい人間ですな」
「まったくです。さすがストロベリ王家ですな」
「へへ、いーだろ?」
「羨ましいですなぁ」
「───お待ちください。シュラ様」
鬼たちとシュラが話す中、暗く冷たい声が響き渡った。シュラも笑顔が消えて、声がした方に視線を向ける。
その鬼は片手を上げて、手のひらをガバッと開いた。
あ! 目が……目が手の平についてる!!
「また、宝珠の貸与期間を延長するのですか?」
シーン……。みんな一斉に静まり返る。
厳しい声の主は、上座から一番近い席の鬼だった。
顔に目がなく、こっちに向けた手の平にだけ、目がある。たった一つだけ。
「一つ目鬼、ソラメカ。言いたいことがあるようだな」
シュラが言うと、ソラメカがお辞儀をして口を開いた。
「はい。三百年前、哀れな人身御供の娘に免じて当時の長が延長を認めました。そして、こうも約束したのです。『次はない』と」
「……」
「シュラ様の代になって、その約束を反故になさるのですか?」
「ソラメカ、宝珠は……」
「宝珠を巡る、我ら鬼の一族と人間との因縁。その歴史を忘れたわけではありますまい」
「……ああ」
「返すべきものを、返さぬ方が悪いのです。どうか、鬼神棒で人間界から宝珠をもぎ取り、この世界に取り戻してください」
「宝珠は無理矢理もぎ取れば、あの国土を実らせた様々な恩恵を宝珠が吸い上げ、初期の混沌とした国に戻ってしまう」
「よいのです。自業自得というもの」
「最初に害を被るのは、子供を含む一般庶民だ。だからこそ、王の自発的な返却を求めている。だが、人身御供をよこしてきたから……」
「受け取ったということは、再延長を認めるので?」
「……」
「その人身御供の女……」
ソラメカは、私の方をじっと見ている。
ドキドキする……なんだか怖い。
「アカヒコたちに聞きましたが、怪しげな体質を持つそうですな」
「!!」
広間にいる鬼たちが、顔を見合わせて、ざわざわと騒ぎ始める。
「そのような者をよこすということは、何か企みがあるということ。目的を突き止めねば、また戦になるかもしれませぬ」
戦!?
私が思わず立ち上がりかけるのを、隣に座るディアベル御前が止めた。
彼女は、扇であおぎながらソラメカに話しかける。
「ソラメカよ。それはもちろん、調査中じゃ。だからこそ、そばにおくのよ」
「御前、若きシュラ様は仕方ないとして、御前は、我の危惧をお分かりでしょう?」
「無論じゃ」
「ならば……!!」
「調査中と申したであろう。こうして、この娘を隠さずお披露目しているのも、結果はきちんと開示すると言う長の意思表示なのじゃ」
「では、人身御供を受け入れたのは、宝珠の貸与期間延長のためではないと?」
ソラメカの言葉を聞いて、シュラが立ち上がる。
シュラ……?
彼はそのままソラメカの前まで近づくと、盃にお酒を注いだ。
「まあ、飲め、ソラメカ」
「シュラ様……」
「宝珠のこと、彼女のことは、俺に任せろ。必ず結果は伝えると、皆にも約束する。その代わり」
周りを見回して、シュラは鬼神棒を高く掲げた。
それを見て、その場にいた鬼たちは一斉に深く頭を下げる。
ソラメカも頭を下げた。
え、何事!? その圧巻の光景に思わず息を呑む。
シュラ……本当に鬼の中で一番偉い鬼なんだ。
あ、ディアベル御前まで、頭を下げているわ。
わ、私もするべき?
おろおろしながら頭を下げると、シュラが隣にやってきて私の肩を抱いて立たせた。
え? な、なぜ?
「この娘に手出しをするな。彼女を狙うことは、俺を狙うことと同じだと心得よ」
「はは!」
「御意」
「ここに集う一同、皆、長の決定に従います」
口々に声が上がる中、口を真一文字に引き結んだソラメカだけは沈黙している。
不満なんだ……。
「ソラメカ」
シュラが呼びかけると、ソラメカは観念したように口を開いた。
「御心のままに、長……」
「よし。さあ、みんな! クソ真面目な話はここまでだ!! 楽しむぞ!!」
「おおー!!」
「やったぁ!」
「シュラ様!」
「シュラ様!!」
また、賑やかな空気が戻ってきて、宴が再開される。
シュラは、私からそっと離れると、みんなの席を回って談笑しだした。
この鬼、本当にみんなの心をうまく掴んでるんだわ。
ふと視線を感じて隣を見ると、ディアベル御前が私を見ている。
あ、そうだ。お酌を……。
でも、彼女は首を振って私を座らせた。
「よいよい、そこに座っておれ、小娘」
「ディアベル御前……」
「ここに呼んだのは、そなたのお披露目もあるが、鬼の一族の現状を見せるためでもある」
「現状……」
私はソラメカの方をチラリと見た。
鬼の一族も、一枚岩というわけではないのね。
「そなたは、宝珠を巡る因縁の犠牲者に過ぎぬと、妾は見ておる。だが、そなたを送り込んだ者たちには、何か意図があろう」
「意図……ですか。その、宝珠を巡る因縁とは一体?」
「そなたも知らぬのか。まあ、続きの話はシュラとせよ。もうすぐ、夜も更ける時刻。今宵はいい月夜になる」
ディアベル御前の視線の先には、天窓がある。そこから、美しい満月が見えていた。
わあ……綺麗。
彼女に勧められるまま、私は料理を堪能した。
テーブルマナーは、まだ忘れていなくてよかった。
あ……これ。
信じられないくらい美味しい!! お酒も美味しい。
まともな食事は、本当に久しぶり。
いつも立ったまま、残飯だろうと、食べられる時に素早く食べておかないと、何を入れられるかわからなかったし。
ここでは、一人で倉庫や壁の隙間に入って、隠れるように食べなくていいんだ。
自分の席があって、自分の分の食事が確保されている。おまけに、しっかり噛んで食べられる時間が、ちゃんとあるなんて。
嬉しい。
この様子なら、しばらくは殺されることもないみたい。
今夜は、ゆっくり眠れそう───と、思ったのに。
「なぜ、あなたがいるの!?」
宴がすんで部屋に戻り、夜着に着替えて寝室に入ると、シュラが寝台に横になって待っていた。
「んー? これも調査のため」
「ち、調査?」
「聞いてただろ? 俺はクローディアをちゃんと調べて、仲間たちに報告しないといけないんだから」
「それとこれが、関係あるの!?」
「お前の体の秘密を探るには、一番手っ取り早い方法なんだよ」
「あ、あ、あのね、あなたは、私の恋人でも、夫でもない」
「知ってる。でも、お前は人身御供として捧げられた供物だ」
「!!」
「それに、“あなたに食べられるのは、役目だから仕方ない”と言ったのは、クローディアだろ」
あああ! あの時は、半分やけっぱちで余計なことを言ってしまっただけなのに。
「“食べる”の意味が違うの! あの時は、あの時はもう死ぬと思っ……」
言い訳をしていると、片手を掴まれて横に寝かされた。
「わ!」
夜着のボタンに手をかけられて、思わず彼の手を掴む。
いけない、いけない!! 何か考えなくちゃ、彼の気を逸らす何か……何かない!?
そ、そうだ。
「宝珠を巡る因縁、て、なに!?」
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