帰還
「よぉ。また、俺の伴侶に絡んでいるのか?」
シュラが、私たちの間に割り込んでくる。
ルガリオンは、顔を顰めて、シュラを押し出そうとした。
「向こうに行け。今社交中だ」
「社交にかこつけた、ナンパだろ」
「君がどこに惹かれるのか、探ってるだけだ」
「そりゃ、これだけいい女だから」
「やはりな。抱けばわかるんだろ?」
「は! お前の基準はそこだけか。まあ、床と、飯の好みと、性格の相性は、いいに越したことはねーけど」
「認めるんだな」
「だが」
「?」
「彼女は、それだけじゃない。他の女にないものがある。俺を飽きさせない、むしろ俺を置いて突っ走ってしまいそうな危うさがある」
「なんだそりゃ」
「だから……俺は彼女から目を離せない。しっかり俺に溺れさせておかないと、いなくなってしまう。それは嫌だ」
シュラの意外な言葉に、私は首を横に振った。あなたのそばを離れるなんて。
「シュラ、私はどこへも行かないよ」
「クローディアは、好奇心が強いからな。没頭したら、周りが見えなくなるだろ?」
「そ、それは、そういうところはあるけど」
「だから、心と肌に俺を刻んで、引き戻せるようにしてる。な……」
「ん……!」
シュラは私の腰を抱き寄せると、頸に軽く唇を這わせてくる。それだけで、全身が甘く溶けそうになった。
遊びのない彼のスキンシップは、容赦なく私を刺激する。
何度となく、没頭中に引き戻されたことがあるもの。
シュラと過ごすうちに、すごく彼の愛撫に敏感になったことは認めるわ。
バキ!
ルガリオンが、持っていたトレーを握り潰すのが見えた。
わ……! 何?
シュラは構わず、私を連れてテーブルに去ろうとする。
ルガリオンは、そんなシュラの背に向かって言い放った。
「イシュラヴァ、彼女の存在が、他の女たちを自由にできる、最高の立場を捨てる理由になるのか?」
シュラと私は振り向いて、ルガリオンに向き合う。今日は特にしつこいよね、この妖狼。
シュラは毅然と切り返した。
「彼女のほうがいい。それだけだ」
「そーかよ」
ルガリオンは、背を向ける。
この妖には、上手く伝わらなかったのかしら。
ふ、と油断したその時だ。
サッと振り向いた彼が、私に顔を寄せてくる。早い! キスする気!?
「させるか、ての」
シュラは、素早く片手で彼の肩を掴んで、押し返した。
彼のスピードを見切った?
「ち! 便利な三つ目だな!」
ルガリオンが、悔しそうに舌打ちする。
え、三つ目?
シュラを見ると、また額の目が開いている。
「ふん、誰かさんのおかげで、普段でも任意に開けるようになった。スピードで劣るなら、先回りして、止めるまでだ」
「私は諦めないぞ。彼女の何がそうさせるのか、どうしても知りたい」
「何度もお前に奪わせると思うか? また俺にぶっ飛ばされるだけだぞ」
「勝負は運だ。次も幸運が来るとは限らない」
「ばーか、俺の方が強ぇんだよ。ルガリオン」
「イシュラヴァ!」
二人の妖気が、膨らみ始める。ちょ、ちょっと、ここは食事の場よ!?
そこへスライムチャンプがやってきて、さりげなく二人の口に果物をねじ込んだ。
「フガ!」
「ング!」
「お前さんら、昨日の今日でまた繰り返す気か?」
「!!」
「!!」
「親睦を深める大事な場だ。長なら、わきまえろ。一族の顔に泥を塗るぞ」
「……」
「……」
二人はシュンとなって大人しくなる。
スライムチャンプ、すごいわ。
「鬼の御前」
「はい」
「あんたも罪な女だな。こいつらを、こんなに夢中にさせて」
「いえ、その。私は別に」
どちらかというと、シュラへの対抗心から、ルガリオンが絡んできているだけだし。
私に本当に興味があるわけじゃない。
スライムチャンプは、私の表情を察して笑いだした。
「ほほ。そうでもないぞ? 妖狼のが、昨夜はイマイチ身が入っていなかったと、そりゃーもう取り巻きたちに相談されてよぉ」
「シュラに負けたからでは?」
「いや? 付き合いの長い俺様に言わせりゃ、奴はあんたが欲しかったんだと思うぞ?」
「は?」
「鬼の御前は、奴に靡かないものだから、逆に執着されてんのよ。ディアベル御前は、その辺上手くあしらってたけど、あんたはストレートにお断りしてたんだろ?」
「デ、ディアベル御前にまで、手を出してたんですか?」
「あんたな、あの鬼の母親だぜ? 今も、現役でいけるくらいの美女だからな。妖狼のは、あのベテランにいいようにされてたぜ」
「はぁ、すごい」
「自覚ないようだが、俺様に言わせりゃ鬼の御前も、将来ああなるぞ? あんたは、何故か目が追っちまうんだよな」
「ええ!?」
「ディアベル御前とはまた違う、俺様たちを惑わせる何か。ふふふ、これじゃ鬼のも安心できねーわけだ」
「私……そんなつもりじゃ」
「ははは、いや、無自覚だからこそ強烈なんだ。計算した行動なんて、女慣れした奴らから見たら、冷める要素にしかならんからな」
「は、はあ」
「元は人間から、光鬼天羽族へ、それから長どもを振り回す美女へ。末恐ろしいとはこのことだなぁ」
何も言えない。
そうなるように、狙ったわけでもなんでもないし。
ぐー!
突然、大きなお腹の鳴る音がして、シュラがお腹をさすっていた、
あ、そうよね、ご飯まだだった。
「ごめんなさい、スライムチャンプ。食事をします」
「おお、わりぃ、わりぃ」
私は、シュラと食事をするテーブルについた。
ルガリオンは、いつもの女性たちと一緒に席に着いている。
「ごめんね、シュラ。たくさん食べて」
「おう」
時々回ってくる、他の種族たちとも談笑しながら、私は周りを見回した。
こんなにたくさんの、妖たちがいるんだ。
今日知り合えなかった妖たちは、何年も百鬼夜行に参加するうちに、馴染みになるのかも。
「クローディア」
名前を呼ばれてシュラの方を見ると、フォークの先に、果物が刺してあった。
「え?」
「はい、あーんして」
「ええ! こ、ここで?」
「館では、普通にしてるだろ?」
「そ、それは」
は、恥ずかしい。
戸惑っていると、シュラ片目を閉じてきた。
「どうぞ、俺のお姫様」
「も、もう」
私は恐る恐る口を開けて、果物を食べた。
あ、美味しい!
私が思わず笑顔になると、シュラも嬉しそうに笑顔になる。
「口についてる」
「ん?」
「ここ」
ちゅっと吸われて、今度は周りがザワザワと騒ぎ出した。
も、も、もぉおお!!
両手で頬を包んで、恥ずかしさに耐えるしかない。シュラは、ニヤニヤしながら、食事をしている。
「ま、これで相当な虫除けになるだろ」
「え? 何? シュラ」
「なんでもなーい」
このやり取りのあと、何人かの長がレストルームで泣いていたとかいないとか。
そんな話を、後からスライムチャンプが教えてくれた。
わけがわからないわ……。
とりあえず、初めての百鬼夜行は無事に終わった。
異界の門を抜けて、みんなそれぞれの世界へと帰っていく。
私たちも、来た道を戻って、鬼の世界に戻ってきた。
「おかえりなさーイ」
「お待ちしてましタ」
二匹の小鬼が、跳ねながら迎えにきてくれている。
「おう、ただいま」
「ただいま、ゼカ、ライ」
「お荷物、お持ちしまス」
「まース」
「ありがとう」
私たちは、みんなが待つ鬼の館へと向かった。
「長、御前、おかえりなさいませ」
「おかえりなさいませ!」
「ご無事で何より」
ソラメカを筆頭に、鬼の重役たちが廊下の両端に立って、頭を下げてくる。
最近はソラメカも、小娘と言わなくなった。少しは認めてくれたのかしら。
「よう、戻った」
ディアベル御前も、満足そう。
私とシュラは、手を繋いで廊下を歩いていく。
「みんなに報告が済んだら、肖像画を見せるよ」
シュラが小声で呟いた。
ついに、見れるんだ。
「ええ!」
私はワクワクしながら、広間へと入っていった。こうやって生きていくんだ。この鬼たちと一緒に。
読んでくださってありがとうございました。
お気に召したら、ブックマーク登録してくださるとうれしいです♫ とても励みになります。
※次話は、いよいよ最終話。
シュラの視点になります。
どうぞ、お楽しみください。




