手加減なしの愛
本当に食べられるかのようなひと時は、あっという間に過ぎた。
彼も私も、乱れた呼吸を整えて互いに寄り添う。
「シュラ」
「ん?」
「───お腹いっぱいになれた?」
「今はな。でも、すぐに足りなくなる」
「シュラ……それは……私だけじゃ満たせない、てこと? ルガリオンの言う通りになるじゃない」
「こら、ここで他の男の名前を呼ぶな。特にあのクソ狼の名前なんて、屈辱だぜ」
「わ、ごめんなさい……あ!」
カブ! 耳たぶを甘くかまれて、思わず声を上げる。彼のお仕置きは、いつもこんな感じ。
シュラはそのまま耳元で、囁くように語り始めた。
「足りない、てのはそういう意味じゃない。俺の欲が深いんだ。何せ……」
「シュラ?」
「俺にとってクローディアは最初、絵の中の人間の少女でしかなかった。たまたま俺が気に入った一枚の絵」
「!」
「だが、お前は来た。無意識に募っていた俺の恋心に応えるように」
「シュ……」
シュラに私の顎を軽く持ち上げられて、目が逸らせなくなった。
なんて、綺麗な目をしているんだろう。
吸い込まれてしまいそう。
その目が愛おしそうに細められて、思わず胸の奥がキュンと締め付けられそうになった。
「最初は、俺のために来てくれたわけじゃなかったけど、俺にはそう思えた」
「……」
「鬼の一族の悲願であった宝珠の返還も成し遂げ、俺の腕の中で鬼へと変わってくれた。伴侶として隣にもいてくれる、それでも」
「もっと……欲しくなる?」
「そうだ。わがままなんだ。本当に狂気でしかない。これ以上望むべくもないのに、望んでしまう。もっと……と」
そのまま全体重をかけるようにのしかかられて、このままシュラの体に同化しそうなくらい肌が密着する。
シュラは細身だけど、引き締まった筋肉質の体格をしていて、まともに乗られるとかなり重いのに。
「シュラ、重い……!」
私の声に、シュラはゆっくりと頭を起こして、顔を覗き込んできた。
「誰も入れさせない。俺とクローディアの間には、決して。今もこの先もずっと」
情欲と狂気の目。“俺から離れれば、食ってやる”と言わんばかり。
その時がくれば、本当に頭から食べられてしまいそう。
とても、恐ろしいはずなのに。
私は口の端に浮かぶ笑みを噛み殺しながら、シュラの顔を両手で包んだ。
この愛しく美しい鬼は、私だけのもの。
心の奥底に封印して、決して表に出すことのできない暗い情念が頭をもたげてくる。
次々と湧き上がる、強烈な喜びと快感。
愛しい相手に求められる嬉しさの方が、恐怖を遥かに上回っていた。
狂気は狂気を呼び覚ます。
私の中にも、ちゃんとある。
「あなたが、肖像画を見た女性たちに怒ったのは、私との間に踏み込まれるような感じがしたから、かもね」
「多分な。たく、どうしてくれるんだ? 俺はすっかりイカれちまったぞ? 責任とれよ」
「ええ?」
「俺が狂っちまった分、クローディアも狂え。悔しくてたまんねぇよ。俺ばっかり夢中で……」
「あなたばっかり? 冗談じゃないわ」
カチンときた私は体を反転させて、逆に彼を組み敷く。
シュラは一瞬驚いた表情をしたけど、すぐにニヤリと笑って力を抜いた。
「俺を襲う気か?」
「出来ないと思うの?」
「どうかなぁ。そこまでの手練手管は、まだないだろ? お姫様」
「そ、それでも、やってみなくちゃわからないでしょ?」
「ふふ、いいね、やってみ」
気持ちだけはあるのに、具体的にするとなると、場数の少ない私はどうしても気が引ける。
それでも、負けたくない。
不安を飲み込んで、彼を見つめた。
「余裕なのは、今だけよ」
「おー、怖い。降参するならお早めに。すぐに攻守交代しますから」
「覚えてなさい」
「ふふ……こいよ。手強いぜ? 俺は」
「な、何もしちゃダメだから」
「わかってるよ」
後はもう、無我夢中。必死にやって最後にわかったことは、シュラのかけた罠にかかったということ。
私を溺れさせるための、甘い毒牙。
まだ力不足だったのに、対抗意識だけでやったものだから、もちろん完敗してしまった。
力尽きた私を、シュラは優しく受け入れる。
「はい、攻守交代」
「悔しい……」
「惜しかったね」
「その余裕が、腹立たしいのよ。もう!」
「いた! たく、暴力反対」
「ふふ」
「あははは……と」
「きゃ!」
突然シュラは息を荒げて、私を組み敷いてきた。いつの間にか、額の第三の目まで開いている。
その目がギラギラしていて、開けてはいけない扉を開いたような気になった。
「シュラ? まさか、本当は……」
「前言撤回。やっぱり予想の斜め上をいくよな、クローディア」
「あ……ちょ……落ち着いて……」
「俺のこの目まで開かせた女は、初めてだ。たっぷり俺の初めてを、受け止めてくれよ」
「きゃ!!」
後はもう、覚えてない。
気絶するほどの快感を、初めて味わったことくらいしか。
チャポン……チャポン。
海水が窓に当たる音で目を覚ました。
「眩しい……」
ホタテ貝の寝台の蓋が開いている。
もう朝だった。
海面から差し込む陽の光が、こんな海底まで届くのだわ。
窓から見える美しい景色は、幻想的な夜とはまた違う表情を見せてくれる。
綺麗ね……。
「クローディア」
ふと呼ばれて振り向くと、まだ眠るシュラがいた。
寝言で、私の名前を呼んでいるのね。
「朝よ、シュラ」
「ん……」
「起きて」
そっと唇にキスをする。
好きよ……そんな気持ちを込めて。
唇を離すと、シュラが目を開けた。
「まだ」
「シュラ?」
「まだ、やめるな」
そのまま抱き寄せられて、朝食の時間に少し遅れちゃった。
朝食は広間で、みんなと一緒にとったの。
ビュッフェ形式の朝食で、私はサラダとお肉を選んでトングを握っていたら、隣にルガリオンが来た。
この妖狼、昨日からずっと絡んでくるわ。
「おはよう、ベイビー」
「おはよう、ルガリオン。私はあなたのベイビーじゃないけど」
「ルガル、て呼んでくれよ」
「結構です。あなたのベイビーたちに、呼ばせてあげたら?」
「冷たいな。私にこうされて……」
「喜ばない女はいない? 悪いけど、私は違います。失礼な男性はお断り」
「昨夜、私と過ごした女性たちは、みんな喜んでいたぞ?」
「考え方の違いよ」
どうでもいい。
ルガリオンは、澄ましてスープを皿に注ぐと、私を見た。
「君は心から、イシュラヴァを崇拝してるんだろ?」
「あなたの言うそれは、妙に上下関係を指してるわね」
「もちろん、彼が君のボス。君は無条件に従う、だろ?」
「……」
時と場合による。
長である以上、シュラの立場が上だけど。
一緒になってから、彼は私を下に扱ったことはない。
シュラは、なんでも相談してくれる。私の意見も入れてくれる。任せてくれる時もある。
独断する時は、難しい課題の時に、責任を全て背負う覚悟でやることが多い。
理由もちゃんと説明してくれるし、私も納得して肯定してる。
ボスというより、信頼できるパートナー。
「彼を信じてる」
「やっぱり崇拝だな」
「彼は、神ではないわ」
「わからないな。どうせ崇拝するなら、私にしないか?」
「なぜ?」
「私の方がいい男だから。それに……」
「それに?」
「君を従わせてみたい。意のままに」
「嫌よ」
冗談じゃない。
なぜ、従わせることが前提なのよ。
「イシュラヴァには、何もかも許してるんだろ?」
「それが何?」
「一度でいい。私にもその機会をくれないか?」
「あげません。馬鹿なこと言わないで」
しつこいわ。
もう、放っておきましょう。
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