私は、食べられるの?
気がつけば、鬼の世界にいて、体はとても変なことになっている。
恐ろしさより、戸惑いの連続。想像もしていなかった事態に、右往左往してばかり。
これからどうなるの? 私……。
いいえ、不安なのは頭の中が混乱しているからよ。情報を整理しよう。
まず、私は人身御供として、鬼たちの世界に連れてこられた。
次に、私の体は衝撃が加わるとクリスタルに変化して、怪我を負わないみたい。変化は一時的なものみたいだけど。
そして最後。私の生殺与奪権を持つのは、鬼の長、イシュラヴァ・ヤシャ・クリガー。
出会ってからずっと、親切にしてくれているんだけれど、私は彼に仕えるのよ……ね?
それとも、食糧にされるのか。
考えても答えは出ない。
だからといって、本人に聞くのはもっと怖い。
あっさりと、『今晩の飯だ』と言われたら、絶望しかないもの。
いくら体がクリスタル化するとはいえ、彼は鬼神棒という不思議な棒を持っている。
あれで何かされたら……私はきっと……。
悶々とする中、私は鬼の館に連れて行かれ、湯浴みすることになった。
え? 湯浴み?
いきなり湯浴みなんて、やっぱりご飯にされるのかしら。
不安をよそに、シュラに湯殿に降ろされると、沢山の侍女たちが待っていた。
え? 何、これ。
あっという間に侍女たちに囲まれて、シュラはそのまま退室していく。
私は豪華な湯殿で、丁寧に全身を洗われると、美しいドレスに着替えさせられた。
私が着ていた服は、袖が無惨に引き裂かれていたから、処分されるらしい。
化粧を施され、香水までふられて、戸惑うばかり。これが、人身御供の待遇なの?
これじゃ、お姫様みたい。
私の支度が終わると、侍女たちは退室していき、替わりに二匹の小さな可愛らしい小鬼がやってきた。
幼児のような体型に、クリクリの目が印象的。
頭にちょこんと、角が一本生えている。
「私は、風鬼のゼカと言いまス」
「ボクは、雷鬼のライといいまス」
「こ、こんにちは」
「こんにちは。ボクたち、クローディア様のお世話を担当しまス。なんでも、申しつけてくださイ」
お世話? こんなに小さな子たちが?
え、待って。私は鬼の一族に仕えるか、もしくは食糧にされるのではないの?
聞いてみよう。
「あの、ゼカ様、ライ様……」
「ゼカ、と」
「え」
「呼び捨てでお願いしまス。敬語もいりませン。若様に叱られてしまウ」
「若様というと、シュラ様のこと?」
「そうでス」
「わ、わかりました。ゼカにライ」
「はい」
「はイ!」
背中をそらして、胸をはる姿がいじらしい。鬼の容姿も色々あるみたい。
「聞いてもいい?」
「はーイ、なんなりト」
「ここは、シュラ様の館よね?」
「そうでス。今からお部屋にご案内しまス」
「お部屋に?」
「はイ。お部屋でお寛ぎくださイ」
「寛ぐ? 待って。私は人身御供なのに?」
「はイ。お部屋でお寛ぎいただいた後、クローディア様は、お料理になりまス」
「!!」
“お料理になります”───つまり、彼に食べられるんだ。
私の人生は、これで詰んだのね……。
だから、湯浴みさせて、着飾らせた。
部屋で寛ぐのは、料理されるまでの最後の時間を過ごせということ……。
私は落ち込みながら、ゼカたちに部屋に案内してもらった。
連れて行かれた部屋は、とても豪華な部屋。これから死に行く私には、分不相応に思える。
クローゼットには、沢山のドレスがあり、調度品も一級品に見えた。
最後の時を、贅沢な思いで過ごさせるのが慈悲なのかしら。
家族のため、国のため……受け入れなくては。
私一人の犠牲で、みんな助かる。
本来の姫の役割の一つ。
歴史を振り返っても、珍しくない。同盟を結ぶため、和議を申し込むため。“政治の道具”として、その身を利用されるのが常だもの。
こういう人柱としての役割も……もちろん。
ウドレッダ姫……。
本来、彼女がここにくるはずだった。
けれど、彼女は役目を私に押し付けた。テス王もそう。
私はもう何年も、姫ではなかったのに。
ここの鬼たちも、疑問は抱いていない。
人身御供の条件は、“王家の直系の子孫”だから。
私が選ばれたのは、みんなにとって都合がよかったから。
それだけ。
ただ、受け入れればいいだけ……だけど。
「クローディア様?」
セガとライが顔を覗き込んでくる。
私は悔しさが込み上げてきて、思わず両手の拳を握り締めた。
また、私ばっかり。
何かを背負わされて、それに耐える。
でも、拒否すれば、家族は……みんなは。
ここを逃げ出しても、どこに行けばいいかわからない。
外に出れば、さっきの赤鬼たちに見つかってしまう。
クリスタル化する秘密も不透明なままでは、次も助かるとは限らない。
結局どの道を選んでも、無駄なんだ。
私は深呼吸して、無理矢理気持ちを落ち着かせる。これも慣れたもの。
どうせなら、一刻も無駄にしたくない。
そう思って顔を上げると、そこにシュラがいた。
「え!」
まさか、もう時間なの!?
わ、私はまだ……まだ、何もお別れができていないのに。
シュラが手を伸ばしてくる。
ひ!
思わず目を閉じると、額に手を当てられた。
……?
「クローディア。具合でも悪いのか?」
シュラが、心配そうに声をかけてくる。
な、なぜ、気にするの?
具合が悪いと、味が落ちるとか?
「───これから殺されるのに、気分が良くなるわけないでしょう?」
私は震えながら、目を開いた。
もう、これで終わりなら、言いたいことを言わなくちゃ。
シュラは、瞬きをして私を見ている。
「あなたに食べられるのは、役目だから仕方ない。でも……」
「───ぶっ」
シュラが吹き出した。
笑うところ!?
「わ、わ、笑うなんて!」
「なーるほどな。それで悲壮な顔していたのか」
「……鬼のあなたには、わからないでしょうけど」
「ふふ、まあ、待てよ。それで、こいつらが俺を呼びにきたんだな。ゼカ、ライ」
シュラは、二匹の小鬼たちをそばに呼んだ。
呼んだ? この子たちが? いつの間に……。
「はイ」
「はイ、若様」
「お前たち、ちゃんと説明したのか?」
「はイ。『お料理になりまス』と、いいましタ」
「あー、あのな、“お食事をご一緒に”だよ。俺と飯を食う予定だと、伝えて欲しかったんだがな」
シュラは頭をポリポリ掻くと、私に向き直った。
え、この人とお食事するという意味だったの?
「しかしまあ、食えというなら食ってもいいぜ?」
「!!」
「深窓の姫君の味は、きっと極上の味なんだろうな」
彼の口の端に牙が見えて、思わず後ずさる。途中、足が何かにあたって後に倒れそうになった。
「おっと」
シュラがサッと駆け寄って、私を抱える。
また顔が近い!!
「顔が赤いぜ? お姫様……」
「!」
「可愛いな。食いたくなる」
「……や! いや!!」
頸に顔を近づけられて、吐息がかかった。
彼の舌の先が触れる感触が伝わり、思わずその顔を平手打ちする。
パン!!
乾いた音を立てて、シュラの顔が横を向いた。
ゼカとライが息を呑む。
涙目で睨みつけると、シュラはニヤリと笑った。
「……それでいい」
彼はすぐに私を離した。
報復を受けるのかしら。
でも、彼は笑顔で私の後ろに回り込むと、背中を押してくる。
「さあ、飯を食おうぜ。腹が減って仕方ねぇよ。言っとくが、拒否権なしだ。人身御供のクローディア」
彼はそう言うと、私を部屋から押し出して、食事の席へと連れて行った。
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