祓えの儀
「御神木がお怒り?」
私は不安になって、二人の長に聞いた。
シュラは悪くない。
ルガリオンが仕掛けてきたのに。
私は必死に弁解した。
「シュラは、私を助けるために巨大化してしまったんです」
化け猫の長、ジーナは二股に分かれた尻尾をツンツンと動かして、首を横に振る。
「理由はどうあれ、お前らのせいニャ。責任持って、御神木のお怒りを解いてニャ」
お怒りを解く。
どうすればいいのだろう。
「具体的にはどうすれば?」
私が質問すると、アンデッドの長、ヴィゾンが腕を組んで考え込んだ。
「鬼の御前は、神楽を舞えるか?」
「え、神楽ですか? ディアベル御前に習った『鬼神神楽』なら、舞えますが」
「うむ。では、それでいこう。騒ぎを起こした、鬼と妖狼の長二人は、御神木の前で“祓えの儀”をしてもらう」
「祓えの儀?」
「さっきの巨大化で、撒き散らした禍々しい妖気を、御前試合をして浄化してもらう」
「つまり、御神木の前で戦うのですか?」
「そう。戦闘による力場で妖気を霧散させ、鬼の御前の舞で御神木をお慰めする。よいか」
た、戦うなんて! どちらかが、死んだりしない?
私はシュラたちを心配して、二人の方を見たんだけど、二人ともお互いの目を見て闘気をみなぎらせていた。
ルガリオンは、長い髪の毛をさらりと後ろに流して、シュラの前で鋭い爪の生えた武器を手足につける。
「我が一族の神器、“天誅狼牙爪”だ。さっさとやられろ」
「は! くだらねぇ」
シュラは鬼神棒を取り出して、ブン! と振った。
「お前なんざ、ぶっ飛ばしてやる」
「相変わらず、野蛮だな君は」
「クローディアに手を出して、無事で済むと思うな」
「言ってろよ」
「キザクソ狼が」
「ヤマザル思考の脳筋鬼」
「たらしヘタレ野郎」
「唯我独尊勘違いバカ」
「バカはてめーだ! クズ狼!」
「アホ鬼が!」
「やめんかい!!」
スライムチャンプが間に入って、二人を遠ざける。
険悪な雰囲気のまま、私たちは御神木の前に集まった。
わあ、大きな木。
シュラによると、世界樹と呼ばれる世界を支える木の枝の一節が、この異界に露出しているだけなんだって。
絶大な神力があって、妖たちにご利益をくださるのだとか。
そんな御神木も、お怒りのせいか薄暗い色で、無言の圧を感じる。
なんとかしなきゃ。
シュラとルガリオンは、御神木の前で向き合うようにスライムチャンプに呼ばれた。
シュラは、利き腕が万全じゃない。
大丈夫かしら……。
「シュラ」
私が声をかけると、シュラは笑顔で大丈夫と笑う。
私のせいで怪我してるのに……。
たまらなくなって、彼の顔を引き寄せてキスをした。
今日、彼に教えてもらったあのキス。上手くできますように。
「無事でいて……お願い」
願いを込めて伝えると、シュラは頬に添えられた私の手を握って、ニヤリと笑う。
「俺の勝ちの決定だな」
「え?」
「勝利の女神のキスをもらえた。最高のキスをな」
瞳が力強く輝いて、彼は片目を閉じる。
シュラ、信じているから……!
彼は、颯爽とルガリオンの前に歩いていく。
二人の戦いの影響を受けないように、私たちの目の前には、結界が張られた。
「始め!!」
化け猫の長、ジーナの掛け声で、戦いの火蓋が切って落とされる。
戦いは一進一退。
実力は互角で、なかなか勝負がつかなかった。
「やるなぁ、妖狼の」
スライムチャンプは、感心したように戦いを見守っている。
スピードのルガリオンと、パワーのシュラ、て感じ。
最初はルガリオンのスピードに、シュラが押され気味だったけど、次第にシュラが盛り返し始めた。
よく見ると、シュラの額に目が開いている。
巨人化した時に開いていた、第三の目!
「シュラが勝ちます」
私が言うと、スライムチャンプは、面白そうに私を見た。
「ほぉ? 鬼の御前、わかるのか?」
「ええ」
「はたから見たら、鬼のは妖狼のに押されてるぞ? 手数では負けてるしな」
「勝負は手数じゃありません」
「お?」
「機を制せるものが、勝つ」
彼は待ってる。その機会がくるのを。その証拠に、ルガリオンには疲れが見える。
シュラは鬼神棒の力で、防御しながら応戦していることが多く、ダメージもそんなに蓄積していないみたい。
「大技がくるぞ!」
スライムチャンプが叫ぶのと同時に、ルガリオンが大技を放った。
シュラの防御の構えを、大技で打ち破る気なんだ。
───くる。チャンスが。
強い直感と共に、瞬きを止めて、その瞬間を待つ。
その直後、ルガリオンが体勢を崩して隙ができるのが見えた。
「てめぇの負けだ! クソ狼!!」
シュラはルガリオンの大技を受け流して、鬼神棒を彼の急所に叩き込んだ。
「うわぁぁぁぁー!」
ルガリオンが吹き飛ばされて、結界の壁に叩きつけられる。
その巨大な力場は、同時に濁るように漂っていた妖気を弾き飛ばした。
「勝負あり!!」
「おお!」
「鬼の勝ちだ!」
「ルガル様ぁー!!」
「シュラ様!」
歓声があちこちからあがり、御神木の仄暗い色も収まってきた。
よかった……! 彼は無事!!
私は結界が解かれるのと同時に、シュラに駆け寄る。
「シュラ!」
シュラはすぐに振り向いて、両腕を広げた。
私は広い胸に飛び込んで、無事を確認する。
「へへ、勝ったぜ、クローディア」
「ええ……ええ! 怪我は?」
「まあ、少しは抉られたけどさ、唾つけときゃ治る」
「ええ!? 見せて!」
私は慌てて傷口を見た。
胸と肩と背中に、鋭い傷跡が入っている。やっぱり長同士の戦いだもの。無傷は難しいよね。
私は鬼神棒を借りると、すぐに傷口を塞いでいった。
「もうない? 他は?」
「ええっと、あとは、ここ」
シュラはトントンと、唇を指さす。
? どこも怪我していないけど。
「痺れるほど甘いキスをしてくれ。ほら、さっきのとびっきりのをさ」
シュラの笑顔に、私は顔が真っ赤になって、俯いた。
「も、もう。後からじゃダメ?」
「頑張ったご褒美ちょうだい」
顔を寄せてくるシュラに応えようとした時、スライムチャンプがシュラの髪を後ろから引っ張ってきた。
「こりゃ! 神楽が先じゃ、大馬鹿モン」
「いてて!」
「鬼の御前、よろしくな」
「は、はい。あの、ルガリオンは?」
「伸びとるが、取り巻きたちが甲斐甲斐しく手当てをしているから、そのうち目を覚ます」
「わかりました。いってくるね、シュラ」
「おう」
私はシュラから離れて、一人御神木の前に立つ。
それから、ディアベル御前にもらった扇子と、神楽鈴を取り出した。
シャリーン。
鈴を振ると同時に、私は羽を広げて舞を始める。
真の姿で舞を舞うものだと、ディアベル御前にも言われていたから。
心を鎮め、無心となれ。
教えられたことを忠実に守りながら、右に左に空中を舞って、踊り続ける。
御神木が輝き始め、私の体も共鳴するように光を放ち始めた。
「おお……」
感嘆の声を漏らす周りの声を聞きながら、神楽を最後まで舞い終わる。
私はゆっくりと、シュラの待つ場所に降りていった。
御神木のお怒りは解けたかしら。
「お疲れさん。素晴らしい神楽だったぜ」
「ありがとう、シュラ。御神木は?」
「バッチリ。ほら、見てみろよ」
御神木は、神々しい光を放っていた。周りの妖たちも、次から次に礼拝していく。
私たちも、安心して周囲に倣って礼拝した。
やがて、ルガリオンも目を覚まし、悪態をつきながら、最後に礼拝をすませる。
長としての責任は、ちゃんと果たすのね。
「ご参拝の皆様」
その時不意に、後ろから声をかけられた。
振り向くと、美しい人魚が、空中を泳ぐようにして近づいてくる。
「百鬼夜行、お疲れ様でした。これから、海中ホテル“セイレン”にご案内致します。お手元のランプが、ポートキーになりますので、お備えください」
え? 海中ホテル!?
シュラは、私が持っているランプを一緒に持った。
「ほら、跳ぶぞ」
その声と共に、目の前を眩い光が包んでいく。
“海中ホテルセイレン”。
楽しみだわ。
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