出立
※主人公視点
ウドレッダ姫が、おじ様と逃げるように人間界へと去って、数日が経った。
今日は、百鬼夜行に行く日。
それぞれの人ならざる者の代表者たちが、一族の繁栄を願って御神木に祈りを捧げるのだとか。
何もかも初めてのことばかり。
うまくやれるかしら。
鏡を見ながら深呼吸する私に、シュラが後ろから抱きついてきた。
「きゃ!」
「緊張しすぎるなよ。ウドレッダ姫たちの一件も片付いたことだし、力抜け、て」
「ウドレッダ姫……か。ノアジャクマに食べられるから、早く人間界に戻してと騒いでたね」
「ああ、ノアジャクマはウドレッダに惚れたらしい。どこまでも、クローディアを悪者にする彼女が、可愛く見えるそうだ」
「よくわからないけど、彼の何かに刺さったようね」
「それならそれで、食欲も抑えりゃいいんだがな」
「鬼は……本気で人間との営みをしたくなると、食欲も増すのよね」
「本能的にな」
私はシュラとの初夜を思い出して、彼の利き腕に手を添える。
シュラは、私を食べないように、利き腕に噛み付いて耐えていた。
「まだ、痛む? シュラ。痛むなら鬼神棒で、治せるでしょ?」
「いや。ほとんど痛くねーよ」
「よかった。あの夜は……」
「ん?」
「シュラが、腕を食いちぎってしまいそうで、怖かった」
「……」
本能に抗う、て、本当に簡単な事じゃないと思い知らされる。彼に負担をかけちゃった……。
シュラは、俯いた私を見ると、明るい声をあげた。
「気にしないの。お陰で、クローディアと思いっきりスキンシップできるようになったしさ」
「でも……あ、こら! どこを触ってるの!?」
「な? この腕は、こんなに元気だから」
「し、寝室じゃないんだから、控えめに……!」
「ここが寝室なら、この程度じゃ済まないこと、よくわかってるだろ? 昨夜もあんなに乱れ……」
「ダメ! 言っちゃダメ!」
「はは。俺を黙らせるには、何がいいんだっけ?」
「こ、これ。これでしょ?」
私は、慌ててシュラの唇をキスで塞ぐ。彼は満足そうに、応えてきた。
経験値の差もあって、キスはシュラの方が上手い。
それでも、私も上達してきたはず。
はず……。
ゆっくり離れると、シュラはほんのりと上気した顔で微笑んだ。
「いい感じだ……上手くなってきたな」
「そ、そう?」
「俺の教え方が、いいもんな? 次は俺の番だ」
「ん! ……だ、だめ。出かけるのに」
「クローディア」
「出かけ……なきゃ……」
「愛しい、クローディア」
そのまま彼にキスされて、思考が停止する。……出かけなきゃいけないのに、わかっているのに、抗えない。
長いキスが終わると、シュラは片目を閉じて見つめてきた。
「このキス、覚えたか?」
「ん……」
「じゃ、次は」
ま、まだ続ける気?
出かけなくてはいけないのに!!
「ちょ、ちょっと! もう、おしまい!」
「やーだ。この先もしたい」
「こ、こら!」
「なんてな」
「もう、からかったの?」
ため息をつく私の頬を、彼は優しく撫でる。
そんな優しい目をしないで……なんでも許してしまいそうになる。
「あの夜を超えたからこそ、クローディアとの未来がある。だから、腕なんてなんともねぇ」
「!」
「それに、二人で乗り越えたんだ。お陰で、俺は毎日気絶しそうなほど幸せなんだぜ」
「シュラ……」
シュラ……私の方こそ幸せなのに。
私は、思わず彼に抱きついた。
シュラは、嬉しそうに私の耳元で囁いてくる。
「今日の百鬼夜行は、礼拝以外に、親睦も兼ねて他種族との交流がある。そのあとは最高に寛げる宿屋にも泊まるぞ」
「本当?」
最高に寛げるなんて! ワクワクしてきた。
私たちは、見つめ合って額を合わせる。
「夜は二人っきりで、羽根を伸ばそう」
「ええ」
まずは、役目を果たさないと。
私たちは、百鬼夜行に参加するために異界の門を抜けた。
門を抜けて、最初に驚いたのは、雲の上だったことだ。
地面が雲なんて。
思わず羽を出して飛ぼうとする私に、シュラが笑って止めてくる。
「待った。平気だって」
「で、でも、雲じゃ体がすり抜けるわ」
「大丈夫。これは異界の雲だから、歩けるんだよ、降りてきて」
ゆっくり舞い降りると、確かに立つことができた。
こ、こんなの初めて。
「ふふ、怖かったら俺にしがみついてもいいぜ?」
「え、でも」
周りを見ると、色んな種族の妖たちが、堂々と歩いているのが見えた。
一人だけ怖がってるなんて、恥ずかしいな。
「い、いい。歩く」
「強がっちゃって」
「平気よ、平気……」
シュラはクスッと笑うと、手を繋いだまま歩き出した。
さりげなくそばに寄せて、離れすぎないようにしてくれる。
ありがとう、シュラ。
「おお、鬼の。今年もちゃんと来たな」
そんな私たちに、不定形の軟体生物が話しかけてくる。
透明で、プニュプニュしてる。
な、何?
「よ、スライムチャンプ。お久しぶりな」
シュラが気さくに片手を上げた。
知り合い?
「紹介するよ。俺の伴侶、クローディア。こっちはスライム一族の長、スライムチャンプ」
「は、初めまして。クローディア・リゴ・ストロベリと申します」
「おおー、話には聞いてるよ。この遊び人のシュラを、身を固める気にさせた女傑だと」
スライムチャンプは、シュラの腕を軽く叩いた。
「お前には勿体ない伴侶じゃんか。彼女を大事にしろよ。失くす時は一瞬だからな」
「余計なお世話だ。いつも、捨てられやしないかとビクビクしてるさ」
「ほっ! ま、安心ばかりだと飽きちまうからな。鬼の御前、こいつをしっかり振り回しな。もっと良い男がいたら、迷わず行くんだぜ?」
「なんだとぉ?」
「ほれ、お前の天敵が今年もちゃんと来てる。妖狼の“ルガリオン”だ」
シュラが嫌な顔をして顔を上げると、美女たちに囲まれた男性が歩いてきた。
人の容姿に、狼の耳と尻尾を生やした男性。涼しげな目元と、爽やかな笑顔で周りの女性たちを魅了している。
「去年より、取り巻きの数が増えてやがる。他種族まで誘惑するから、面倒が起こるんだよな」
シュラは、さりげなく私を背中に庇った。
ルガリオンは、シュラを見て一瞬真顔になったけれど、すぐに笑顔を貼り付けて近づいてくる。
「やあ、イシュラヴァ」
「おう、ルガリオン」
二人が近づくと、周りをあらゆる種族の女性たちが先を争うように取り囲む。
「きゃ! シュラ様ぁ!!」
「ルガル様! 今日も素敵~」
わあ、すごい人気。
その向こうから、彼女たちの相方らしき種族たちが、不満そうに眺めていた。
「久しぶりだね、イシュラヴァ。身を固めたんだって?」
「おう。良い伴侶を見つけたんでな」
「聞いたよ。もう、君と女性の人気の取り合いができなくなって、張り合いがないなあ」
「ま、俺はスッパリ足を洗った。お前も、いい加減誰かに決めろよ」
「ふふん、そうだなぁ。みんな魅力的だから、誰かに決めるなんてできなくてね」
きゃーと、周りから黄色い声があがる。
確かに素敵な妖狼よね。
その上自分の魅力を理解して、利用することも忘れない。
そんな妖に見える。
「見せて、イシュラヴァ」
「は?」
「私と、あれほど人気を二分した君が、身を固めるなんて異常事態だ」
「そこまで言うか。ルガリオン」
「ラティ、ベラ、ライラ、スーニャ、ハナ、ケイト……などなど。これまでの美女たちより、良いと思えるほどの相手なんて、あり得ない」
「彼女の前で、具体的な名前をあげるなよ!」
「見せてよ、君の伴侶。元は人間だったんだろ?」
「見なくていい。いや、見るんじゃねぇ!」
二人は私の前で、激しく動き回った。もう、なんなの?
ルガリオンは、シュラの一瞬の隙をついて私を覗き込んできた。
「お」
「見るな、てのに! この野郎!!」
「初めまして、ベイビー」
「何がベイビーだ! 馴れ馴れしくすんな!!」
どうなっちゃうんだろ。
これから。
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