※ウドレッダ視点 可哀想な私をお助けあそばせ
「こんな薬があったなんてな」
長が鬼の一族の重臣たちを集めて、みんなで牢屋に放り込まれた私とノアジャクマを眺めている。
「人が鬼となる方法は複数ありますが、薬物による変化は初めてですな」
「嫉妬、憤怒、怨恨、呪いなど、いわゆる負の感情からの闇落ちにより、般若や魍魎に変わることが多いですからな」
「人間の意思と記憶を持ったまま、異形転生するには、今のところ、鬼との交わりしかないはずです。まさか、薬物にそれができるなんて」
うう……みんな、そんなにジロジロ見ないでよぉ!!
特に長。あなたには、知られたくなかったのに。
「どうなさいます? 長」
重臣の一人が、長に尋ねている。
お願い……なんとかして、長。
長は、牢屋の格子に片手をかけて、彼らを見回した。
「ノアジャクマの薬を、クローディアが分析している」
「ストロベリ御前が?」
「おお、そのようなことまで、おできになるのですか?」
「すごいお方ですな。ついこの間も、老爺たちの持病に効く薬を、見つけてしまわれたばかりなのに」
「まさに、才媛。長、我が鬼の一族も、ますます栄えるというものです」
「ふふ。すげーだろ? ソラメカの書庫の本を、毎日のように読んでいたからな。鬼の研究所、通称鬼研に通い詰めて、もうすぐ結果が出るといってたぞ」
長は自分のことのように、嬉しそうに自慢している。
何が才媛よ。
あいつは、侍女に落としてから、時々私の代わりに課題をさせたり、試験を受けさせたりしてやったのよ。
私のおかげなの。
もちろん、私がしたことにしているから、みんな私を褒め称えたわ。
なぜ、わからないの?
私のおかげだと。
私がいなかったら、あんな女……。
「シュラ!」
クローディアが、書類を持って走り込んでくる。
「お、来た」
「ストロベリ御前、我々にも結果を教えてください」
「ええ、分析の結果、この薬は不完全で、効果も長続きしないことがわかったの」
え!? なんですって?
私も思わず、あいつのそばに、にじり寄った。
クローディアは、書類を長に渡している。
「見て、シュラ。これによると、ウドレッダ姫の本体は、あの鬼の姿の中に元のままあることがわかったの」
「はー、これはすげぇ。皮膚の表面が複製されて、鬼の細胞で覆うわけだ。ほら、みんな、見てみろ」
「わかりやすく言えば、鬼の着ぐるみを着ている状態、というわけですな」
「ソラメカ、上手いこと言うぜ」
「いずれ瘡蓋が剥がれるように、元の本体から分離していくわ。無理に剥がさなければ、人間の姿に戻れるはずよ」
「おお」
「御前、さすがです」
「自慢の伴侶だぜ、クローディア」
「ありがとう、シュラ」
戻れる……元に戻れる!!
ほっとして涙が出そう。
長はノアジャクマを見て、質問を投げかけた。
「ノアジャクマ。なぜ、こんな薬を作ったんだ?」
「人間を、もっと簡単に仲間にしたかっただけですよ、長」
「簡単だと?」
「考えてみてくださいよ。人間の体は脆すぎる。そっと触れないと壊れてしまう」
「……」
「ウドレッダを抱こうとしたら、文句ばかり言われました。ちっとも思い通りにならなくて、イライラしましたよ。前に付き合った女の子は、死にかけても、ちゃんと我慢してくれたのに」
「ふぅん」
「長はすごいですね。クローディア様を壊すことなく、鬼化させてる」
「まあな」
「どうやったんです?」
「その気になるまで、あの手この手で愛でまくって、後は彼女主導でことを運んだ」
「うはあ、ただの苦行じゃないですか」
「忍耐を試されはしたが、苦行なんかじゃねーよ」
「怪我したそうじゃないですか。 彼女に負わされた傷でしょう?」
「まさか。俺も人間は初めてだったから、彼女を前に色々暴走しかけてさ。抑えるために、自分で腕に噛み付いたんだよ」
「自分で!?」
「思いの外、深く牙が食い込んで、重傷を負った。だが、クローディアに怪我をさせなかったのだから、安いものさ」
「シュラ……」
クローディアが、長に抱きつく。彼はそれに応えて、彼女を抱き締めていた。
ふん、何よ、見せつけてくれちゃって!!
「安いもの、ね。そんなに彼女に媚びて、キモいだけですよ。好きに抱けばよかったのに」
ノアジャクマは、理解できないという顔で、首を横に振った。
え、そう?
私も我慢は嫌いだから、わからなくはないけど。
でも、こいつにあのまま続けられていたら、私は痛くて苦しいだけだったわ。
その結末が、この姿だったとしたら。
考えただけで、背筋が寒くなる。
長はクローディアを抱きしめたまま、彼女に囁いた。
「媚びるねぇ。俺は彼女に愛されたいからな。そのためなら、媚びるくらいわけねぇよ。な? クローディア」
「シュラは媚びてなんかいない。私のために、最良の方法をとってくれたの。ちゃんと、わかってる」
「はは。今夜も媚びようかな」
「もう、違うでしょ」
「たくさん、愛していいか?」
「ええ、私も愛したい」
完全に二人の世界。
目の前でキスとかしないでしょうね。
「……部屋でやってくれません? 長も、ストロベリ御前も」
ノアジャクマは、呆れて吐き捨てるように言った。本当よね! 私の目の前で、イチャイチャしないで!!
長は、ノアジャクマを見つめた。
「お前は、ウドレッダの願望につけこんで、彼女の体を弄ぼうとしただけか」
「胸の大きな女の子は、好みなんです」
「ついでに、新薬の被験体にしたかった、だな?」
「お見通しですか」
「俺を舐めるな。罰として、新薬の素材は取り上げる」
「えー」
「これと、マザージモミの件は別だからな」
「勘弁してくださいよ」
「却下だ。それからウドレッダ」
長が私を睨む。な、な、何?
恐る恐る見上げると、またあの冷たい目で見下ろしてくる。
「お前は、戻り次第人間界に返す」
「!?」
「約束の守れない奴は置いておけない」
「!!」
「父親と共に返すと、ストロベリ王に親書を送ってある。以後、鬼門を抜けることも許さない」
そ、そんな!!
あなたに会えなくなるの!?
「それで、だ」
「?」
「ここに来た時は、人間界での罪や身分は別として扱った。だが、戻る以上、人間界で犯した罪は背負ってもらう」
「!」
「長年に渡りクローディアを酷使したこと、そして、彼女の体を崖下に落として処分しようとしたよな」
何がいけないの?
気に食わない奴を、顎で使って酷使するほど楽しいことはなかったんだもの。
それに、魂の抜けたあいつの体を処分したかったのは、あなたに愛の告白をされていたから。
宝珠を通して見ていたから、知っているの。
面白くなかったし、悔しかった。
これは、普通よ?
何が悪いというの。
私は悪くないのに。
ひどいわ。
これもクローディアのせいね。
悔しい……可哀想な私。
その日の夜、隣の牢屋にいるノアジャクマに話しかけられた。
「ねぇ」
「ヴォ」
まだ、うまく言葉が出ない。早く戻りたい。
「長に嫌われちゃったね、ウドレッダ」
「ヴ……」
「長なんかやめちゃえよ。クローディア様しか見てないような、薄情ものじゃない」
「ヴェ」
アンタが、余計なことをしなければ、まだチャンスがあったかもしれないのに!!
ボロ。
あ……。
ボロボロ。
鬼の姿が、崩れていく。
その下から、人間の私の腕が見えてきた。
ほう……よかった。
「おや、クローディア様の言う通り、剥がれてきたね、ウドレッダ」
そうよ、もうすぐ、あの美しい私に戻るわ。
体さえ取り戻せれば、こっちのものよ。
「無理に剥がしちゃだめだよ」
わかってるわよ!
いちいち、言わないで!!
ボロボロ。どんどん剥がれていく。とりあえず顔は出てきたわ。ああ、私の美しい顔。こんなにも愛おしい。
上半身、腰回り、下半身。あとは足だけね。
「ねえ、ウドレッダ」
「何よ」
あ、声が出た。
「ボクは君の、その美を愛する心が好きだよ。愛してる」
「な、何よ、いきなり」
「だんだん、君を食べたくなってきた」
「!?」
「抱きしめた時から、感じてたよ」
「何、言ってるの?」
「長もきっと、同じだったんだろうな。だから腕に噛み付いたのかも。クローディア様を食べなくてすむように」
「……何が言いたいのよ!?」
「鬼と交われば人が鬼に変わるのはさ、人のままだと、いつか食べてしまうからじゃないかな、て、思うんだ」
「怖いこと言わないで」
「愛おしくて、そばにいてほしくて、食べて一つになろうとするんだ。純愛だよ」
「ノアジャクマ?」
「そばにいてくれない? ウドレッダ。ボクの中で」
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※次話は、主人公視点に戻ります。
どうぞ、お楽しみください。




