※ウドレッダ視点 格下が生意気ですわ
「ボクに悪意はないんですよ。ボクはサトリ鬼。彼女の心を読んだ上で、力を貸しただけてす」
サトリ鬼、ノアジャクマは涼しげな顔で私たちを見ている。
頭にくるわ。勝手に注射したくせに。
「あんたが、無理矢理注射したでしょ!? 私はまだ返事していなかったのに!」
私が噛み付くように叫ぶと、ノアジャクマはふふん、と、笑った。
「薬があるなら、くれと言ったのは君だろ」
「そ、そ、それは、そう言ったけど、醜くなりたくないと言ったはずよ!?」
「保証できないとちゃんと説明した」
「なら、打たなければよかったでしょ!?」
「やってみないと、どんな種族になるのか、どんな姿になるかはわからないんだから、試したのさ」
「こんなふうに、なりたくはなかったわ!!」
「くす。そうは言うけど、そういう姿の鬼の女も、この世界では普通にいるよ。長だって、別に気にしないと思うけど」
なんですって!? 普通?
長は気にしない?
私は、チラリとクローディアを見る。人間の容姿に角と翼が生えて、髪や目の色が変わった美しい鬼。
長だって、見た目は人間の容姿に角が生えているだけ。
このノアジャクマも、似たような見た目。
私から見たら、全然違うじゃない!!
私一人が、ゴツくなってるのよ?
「あんた……あんたはどうやったのよ!?」
私は太くなった腕で、クローディアの首を掴んだ。
「ウドレッダ姫!? 何をす……!!」
「こんなに腕力の違う種族と、どうやって交われたわけ!? 絶対無理に決まってるのに!」
「は、離して」
「あんたも、薬でしょ!? もっと特別な……何かいい薬を、長にねだったんだわ!」
「違う」
「嘘つき! 長に怪我までさせて、自分ばっかりこんな綺麗になって!! 許せない……生意気なのよ!!」
ぐんと体が膨らむ感触がして、着ていた服が裂ける音が聞こえる。
気がつくと、もう片方の腕も人間の腕ではなくなっていた。
え、まさか……これ。
私たちを見ていたノアジャクマが、肩をすくめてため息をついている。
「あーあ、全身が変わっちゃった。知ーらない、と」
彼は、スーッと森の奥に消えて行った。
どこに行くのよ!?
なんとかしていきなさいよ!!
「あ……」
クローディアが、私の後ろを見て顔が青ざめている。
な、なによ、なによ!?
クローディアは、焦ったように私に言った。
「離して! 早く!!」
なんだというの?
そう言おうとしたのに、口から出てきたのは獣の唸り声のような声。
「ヴォォォォ」
え、なぜ?
喋れないの?
「てめえ、俺の大事な伴侶に、何してやがる」
戸惑う私に、聞き慣れた推しの声が聞こえた。
まさか、長が来たの?
後ろから近づいてきてるんだわ。
それにこれは……怒ってる。
相当怒ってる声。
「シュラ、私は大丈夫」
クローディアが、私を庇うように言った。何よ、舐めてんの?
庇ってくれなんて、誰が頼んだのよ?
長に対する恐怖より、クローディアに哀れまれる屈辱の方が上回った。
私より格下のくせに!!
下っ端が、いい格好するんじゃないわよ!
自然と腕に力が入り、首を掴んだまま、彼女を高く持ち上げる。
軽い……!
このまま捻り潰せそう。
長もこいつがいなくなれば、私しかいなくなる。
長に、愛してもらえる。
この腕に、あとほんの少し力を加えれば、首の骨を折れるわ……。
カッ!!
突如、クローディアの全身が、激しく光った。
きゃ! 眩しいぃぃ!!
まるで太陽の光を、放っているみたい!
バサ!!
「ンガ!!」
大きな翼に腕を払われて、思わずクローディアを離してしまった。
なんて、強い翼なの?
そ、そういえば、ノアジャクマの一撃を平気で受け止めてた。
く! もう一度……ああ、だめ。目を閉じていても眩しい。
ふわっと体が浮き上がる。
え?
ドスン!!
背中から地面に落ちて、一瞬息が止まりかけた。
「ガ……!」
今度は、何?
光が収まったので、恐る恐る目を開けると、そこには倒れた私を見下ろす長がいた。
ブン! と目の前で銀色の棒が振られて、盛り上がった地面がならされていく。
冷たい目。
敵を見るような目。
私は彼の不思議な力で、地面から浮き上がって落ちたんだわ。
「クローディア、怪我は?」
長が、クローディアを呼ぶ。
彼女は、変身を解いてそばに寄り添った。
「大丈夫、なんともない」
なんともない!?
爪で引っ掻いてやればよかった!!
悔しさが溢れて、歯軋りする。
長は私を覗き込んで、顔を確認してきた。
「この辺では見ない奴だな。種族は紫鬼羅刹族、か。剛腕で、大岩すら捻り潰せる種族だ。首はなんともないのか? クローディア」
「ええ」
「流石は光鬼天羽族。強靭なしなやかさで、剛力をものともしないもんな。でも、見ている方は肝が冷えたぜ」
「ごめんなさい」
剛力をものともしない……。何よ、変身しても、こいつには勝てなかったということ?
悔しい!!
「シュラ、ノアジャクマは?」
「もちろん、捕まえたよ。ほら」
ドサ!!
隣に、顔を殴られたノアジャクマが、放り投げられてきた。
い、いつの間に?
「長……ボクは、悪くありません……」
「黙れ、ノアジャクマ」
「腕を怪我していると聞いていたのに、いいパンチでしたよ……」
「ふん、怪我しているからこそ、お前は生きているんだ。それで、ウドレッダ姫はどこだ?」
長が辺りを見回している。嫌、嫌、気づかないで!!
こんな姿をしていると、知られたくない!!
「ウドレッダなら……」
ノアジャクマが言いかけたので、私は倒れたまま、素早く彼の顔を殴った。
余計なこと言うんじゃない!!
ノアジャクマは、すぐに気絶する。
そう、それでいい。
「ん?」
長が振り向いたけど、バレてないみたい。
クローディアも、バラす気はないみたいだし、あとは元に戻る方法さえわかれば……。
長は、倒れたままの私のそばにしゃがみ込む。
きゃー、私を見てる。
こんな姿を見られて、嫌だけど嬉しい。
「シュラ、今はウドレッダ姫を探しに行きましょう」
クローディアが横から、長を遠ざけようとする。く……また、余計なことを、この女。
「ウドレッダ姫ね。あいつも見つけたら、即刻人間界に返す。俺の忠告を聞けないなら、父親ともども追放処分だ」
「人身御供としてきたのに、いいの?」
「単なる押しかけだからな」
「押しかけ、ね。この鬼をどうするの?」
「調査と刑罰を受けさせてから、仲間たちのところへ戻すよ。地獄の蟲が蠢く地下道が、本来の棲み家だから」
ええ!?
地獄の蟲!?
いや、いや、いやぁぁ!!
私は必死に首を横に振った。
なんでもするから、それだけは……。
「それより、一刻も早くウドレッダ姫を見つけないと。下手に鬼たちが怪我を負わせたら、それこそ悪鬼に落ちる仲間が出る」
「長!」
そこに、マザージモミが、お父様を連れてやってきた。
なんで、連れてくるの?
お父様の額には、矢印のようなものが浮かび上がっている。
「もういいのか? マザージモミ」
「長、ご迷惑をおかけしたザマス。ウドレッダ姫の父親に術をかけ、血族の印で追跡してきたザマス。それによると、この辺りにいると出たザマス」
うう!? 嫌、いやよ、あっちに行って!!
クローディア以外のみんなの目が、私に注目する。
「何ザマス? この醜い鬼」
「紫鬼羅刹族だよ、マザージモミ」
「知っているザマスが、こんなに醜くないザマス。まるで捻くれ者の心の内が、顕現したかのような容姿ザマス」
うるっさいわね! 千目鬼の分際で!!
あんたなんか……。
「ウドレッダ」
お父様? お父様が私を見てる!!
「お、おじ様!」
「え、ウドレッダ?」
「どこザマス?」
「我が娘ウドレッダ、なぜ寝転がってるんだ?」
───バレた……。
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