※ディアベル御前視点 二人だけの月見酒
「よい、月夜じゃな……」
バルコニーで一人、月を肴に盃を傾ける。
宝珠の問題が解決して、一人息子にも伴侶ができた。
遊びしか知らなかったシュラが、あそこまで小娘に心奪われるとはな。
クローディア。
かつて計略の道具として、人身御供に出された哀れな人間。
あれよ、あれよと言う間に、シュラと愛し合い、宝珠の返還に大いに貢献してくれた。
伴侶として、この世界に再来した彼女は、シュラとの交わりを経て新たな鬼に生まれ変わっておる。
人は鬼と交わりをもつと、鬼の一族に生まれ変わるのでな。
鬼の一族も、いくつもの種族が存在し、その内の何に変わるのかは、予想はできない。
記録によれば、三百年前の最初の人身御供は、上半身は人、下半身は蛇のような青鬼蛇族に変じたという。
あの小娘もか?
そう思っていたが……。
それがまさか、あのような鬼に変わるとは思っていなかった。
「御前、お呼びですか」
そこへソラメカがやってくる。
昔からの古い馴染みの一人。
忠臣という言葉がピッタリの堅物。
シュラが、人間界に宝珠を取りに行くと決めた時も、率先して随伴した一つ目鬼。
「おお、ソラメカ。月見酒じゃ、付き合え」
「……あまり感心しませぬ。お話がないようでしたら、下がらせていただきます」
「堅いのう。相変わらず」
「───また変な噂がたちましょう」
「ふふ、そなたと妾は、実はできておるとかいう話か?」
「……」
「口さがない者には言わせておけ。妾が独身時代にモノにした鬼を数えれば、そなた一人増えたところで大差ないわ」
「御前、長の評判にも障ります。ただでさえ、人間の小娘を娶ったことで、古参の鬼達がよからぬ評判をたてそうなのに」
「ククク、その小娘が希なる鬼に変じたと聞けば、そのような話は消し飛ぼう」
「ということは、あの小娘の異形転生が済んだのですか?」
「うむ、シュラがようやく教えてくれた。部屋に籠って、なかなか出て来ぬから心配しておったのだが」
「して、種族は?」
「光鬼天羽族」
「!? 一本角で、側頭部と背中に羽根を生やした希少種……いえ、絶滅したはずでは?」
「そうじゃ。強靭な翼を持ち、陽の光に負けぬ光を放つことができる種族。姿を見るのは数百年ぶりになると、天官はいうぞ」
「あの小娘が、なぜ……光鬼達の間でも、生まれなくなった突然変異種なのに」
「さあな。だが、小娘から気になる話を聞いた。侍女として、城に勤めていた時に、宝珠の間を清掃することも役目だったそうじゃ」
「宝珠の」
「ストロベリ王家の直系は、宝珠の影響を受けやすい。だが、他の王族達は、祭事の時しか宝珠の間に入ることがなかったはずだ」
「小娘は、掃除するたびに部屋に入り、何年も宝珠の光に直接晒されることが多かった……と?」
「清掃したその年月の分、宝珠から力を受けていた可能性が高い。それが鬼の文字を読ませ、鬼神棒の使用を可能にさせたやもしれぬ」
「長の指輪の加護だけでは、なかったのですね」
「推測の域を出ぬがな。だが、変じた種族が光鬼天羽族であるなら、あながちあてずっぽうではないやもな」
「来るべくして、この世界にきた娘……ですか」
「シュラとの出会いも、運命であったかもな」
ふふ、運命……か。
妾はソラメカをチラリと見る。
この鬼との未来もあったかもしれんのに、妾は夫を選んだ。
恋に堕ち、愛したのはあの鬼だったから。
じゃが……こやつも良き臣下であり、友であり、夫に出会うまでは一番近い存在でもあった。
男の入れ替わりが激しかった妾の、交友関係の中で、最も付き合いが長い。
夫が、人間界に入り込んだ悪鬼達の成敗に行ったまま長く戻らぬ時は、それとなくそばにいてくれた。
どれほど、世話になったか。
感謝してもしきれぬ。
まだ、妾を想うておるのかのう……。
「ソラメカ」
「は」
「亡き夫の死から、だいぶん経つな」
「はい、その通りです」
「まだ……妾を覚えておるか?」
「どういう意味でしょうか」
「そなたは、かつて、本当に妾の男の一人であったろうが」
「……」
「そなたさえよければ、妾との噂を既成事実にしてもよいぞ。部屋に来るか?」
「お断りします」
「即答とは、可愛くないのう」
「あなたは、私が敬愛した三つ目鬼、ヴァシテン様の愛妻でもあります。彼を裏切るようなことは二度とできませぬ」
「ふふ、そなたらしいな。あの夜は……」
「御前!!」
「あれ以来、その堅物さに拍車がかかったのだったな」
「シュラ様は───」
「心配するな。ヴァシテンとの子じゃ」
「そうです…….そうでなくては……」
なんじゃ、そのホッとしたような、残念なような複雑な顔は。
「そなたの子であるという、噂もあったからな」
「全力で否定いたしました」
「わかっておるわ。力を込めて言うでない」
こやつらしいな。……む?
キィーン。
夜空を、光の帯が飛んでいく。
あれは、クローディアではないのか?
なんと美しい光じゃ。
「綺麗じゃのう、ソラメカ」
「ええ」
「やはり、飲めぬか?」
「はい、御前」
「では、一杯だけ酌をせい」
「かしこまりました」
ソラメカは、盃になみなみと酒を注ぐ。
縁までギリギリ……この絶妙さは変わらぬな。
妾は盃に口をつけると、流し目でソラメカを見た。
飲み終わり次第、下がる気じゃな。
二人だけの時間を、こやつも喜んでいるはずなのじゃが。
徹頭徹尾が奴らしい。
───この酒は、ゆっくり飲もう。
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※次話は、ウドレッダ姫視点にかわります。
どうぞ、お楽しみください。




