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旅立ち

「やっぱり、行くのか」


謁見の間で、私はお父様たちに別れを告げていた。


私は、シュラと一緒に鬼の世界へ行くことに決めたの。


「はい」


「宝珠は返却する。もう、人身御供(ひとみごくう)としての役割も無効になるのだぞ?」


「違います。私、シュラと一緒に生きていきたいの」


「そうか……彼と一緒になるということは、お前は人ではなくなるのだな」


「ええ」


「考え直して欲しいが、これまで私たちのために耐えてくれたお前のためにできることは、このまま送り出すことだけだ」


「ありがとうございます……お父様……」


「時々は……顔を見せに来てくれるか?」


「はい、こっそりと。みんなを怖がらせたくないから」


「ふふ、そうか……そうだな。鬼の(おさ)よ」


「はい」


「宝珠を、お返しする。これまでの献身、そして無礼をお詫びします」


お父様は、お母様と一緒に頭を下げた。

シュラもお辞儀をして、宝珠を受け取る。


「ストロベリ王。宝珠の恩恵はここまでです。以降、この国土に元々あったものだけで、やっていかなくてはなりません。おわかりですね」


「はい。元よりその覚悟で、私はおりました。大地の毒を浄化してもらえただけでも、大助かりです。この土地と共に、やっていきます」


「素晴らしい王です。この国の民も誉高いでしょう。あなたは、名君になる。俺の義理の父にもなりますしね」


「ふふ、娘をよろしくお願いします」


「それは、もちろん」


「では、クローディア。元気でな」


「はい、みなさんも」


みんなとハグをして、私はシュラやソラメカと一緒に鬼門を抜ける。


ここで、私は生きていくんだ。


シュラと手を繋いで、歩き出そうとしたその時、後ろから叫び声が聞こえた。


「きゃー! 赤鬼よ! お父様!!」


「おおお……ウドレッダ姫、お前が食われてくれ」


「冗談じゃないわ!!」


え、なぜこの二人の声が聞こえるの?

私が振り向くと、アカヒコとアオヒコの手に掴まれた二人が、引き摺り出されてきた。


「なんだ? あんたら、何しに来た?」


シュラが、面白そうに二人を眺めている。

彼を見た途端、ウドレッダ姫の態度が一変した。


「あなたを追ってきたの」


上目遣いで、片手を添えたウドレッダ姫は精一杯のアピールをしている。


「へえ? 俺?」


「そう。あなたの人身御供(ひとみごくう)になりに」


「んー? 宝珠はもう返してもらってるぜ? 何のための供物だ?」


「そうねぇ。宝珠を返した国を、これからも支えてもらうための、尊い犠牲……とかどう?」


「それは、新王の意に反してるだろ。宝珠に頼らず、俺たちにも頼らずやっていくと誓ったばかりなのに」


「名目はなんでもいいの! あなたのものになるのなら」


「俺のものにねえ」


「その女より、私の方が美人よ」


ウドレッダ姫は、私を小馬鹿にするように見つめてくる。

はあ、嫌な女。


シュラは、口の端を歪めて笑い、彼女の前にしゃがみ込んだ。


ウドレッダ姫の顎を指先で持ち上げ、顔を眺める。


「ふーん、確かに美人だな。ストロベリ王家は、美人が多いと聞くもんな。ま、前に変身したから知っていたけど」


「もちろん、体もいいのよ? その女より発育はいいんだから。肌も日に焼けてないし」


「へー、そそるね。爪の先までオシャレを忘れない、着飾った姫君」


「ふふ、あなたほどの美形の鬼なら、それに釣り合う女を選ぶべきよ。侍女あがりの卑しい女じゃなくて」


「くす。まあ、もらえというなら、人身御供(ひとみごくう)としてもらってやってもいいぜ?」


「うふふ、嬉しい」


「シュラ?」


私が驚いて彼に声をかけると、シュラは立ち上がって戻ってきた。


「アカヒコ、アオヒコ。放してやれ」


「はい、(おさ)


(おさ)、この女とジジイはどうするんです?」


「そーだな。ソラメカ。お前、人間を(めと)る気ない?」


「ありませぬ。(われ)は誰も(めと)る気はないので」


「お前は、まだ、母様を……ディアベル御前(ごぜん)を忘れられないもんな」


(おさ)!!」


「わりぃ、わりぃ。じゃ、ソラメカの親友の百目鬼とかどう?」


「若い女がこの世の誰よりも好きなので、よろしいかと」


「決まりな」


え、シュラ、自分のところに引き取るわけじゃないの?


ウドレッダ姫も、慌てて前に回り込んでくる。


「え、待って。あなたが、私を(めと)るんじゃないの? あなたに捧げられた人身御供(ひとみごくう)なのに」


「受け取ったさ。だからその後どう差配するかは、俺が決める。父親と共に百目鬼の元へ行け」


「は? なんで?」


「俺は必要ないからな。百目鬼は、人間も鬼も若い女なら大歓迎の好色鬼だ。美人のあんたを大事にするだろ」


「い、嫌よ! 私はあなたがいいのに!!」


「嫌なら人間の世界へ帰れ。もっとも、クローディアを酷く扱ったお前らは、新王にとっちゃ制裁の対象だろうがな」


「そんな日に焼けた、手荒れもあるような、私に劣る女の方がいい、て言うの!?」


「クローディアは何一つ、あんたに劣ってない。あんたが美人で、スタイルがいいのは認めるけどさ、容姿だけの退屈な女じゃん」


「な!!」


「クローディアは日に焼けてるけど、それが何だってんだ。手荒れ? これは真面目に働くものの手だ」


「真面目なんて、それこそ面白くも何ともないのよ!?」


「真面目な人間がいて、その人たちが物事を回すからこそ、あんたは気持ちよく過ごせていただけだ。そんなこともわからないか?」


「!!」


「まあいい。理解する気もないなら、あんたはそこまでだ」


「待って!」


ウドレッダ姫は、シュラの腕にしがみつく。

ついでに、ヨボヨボしたテス王まで、しがみついてきた。


「待ってよ、一度私と過ごせばわかるから。その女より遥かに素晴らしい、て!!」


「そ、そうだぞ、鬼の(おさ)。この子の肌は、国一番の美肌で蜜の味がするとまで言われた。選ばねば後悔するぞ」


「後悔……ねぇ。蜜の味、ねぇ。そこまで言うなら」


「ええ!」


「お、賢明な奴だな」


「百目鬼ではなく、千目鬼のところへ行くといい」


「は?」


あっけに取られる二人を、やんわりと腕から引き離して、シュラは私を抱き上げた。


「さ、行こう、クローディア」


「シ、シュラ。この二人は?」


「千目鬼のところへ向かわせる。そんなに素晴らしいなら、観賞用として重宝がられるはずだから」


「観賞……」


「その代わり、千目鬼は目端が効きすぎてかなり神経質だからな。少しの乱れも肌荒れも認めない、完璧主義の鬼女だ。案外仲良くやれるかもな。ソラメカ」


「は!」


「この二人を千目鬼のところへ送れ。俺からの命令だと伝えろ」


「かしこまりました」


ウドレッダ姫と、テス王は、ソラメカに(つま)()げられて、アカヒコとアオヒコに渡される。


「きゃー!!」


(おさ)(おさ)、助けてくれ! クローディア! 何とかしろ!!」


「な、何とか、て」


「ほっとけ、クローディア。供物として来たと言った以上、差配を受けたら従うべきだ」


「シュラ、この二人は殺されたりしない?」


「千目鬼を怒らせない限り大丈夫。さ、俺の館へ行こう。俺たちもすることがあるんだから」


シュラは、私を抱いたまま、高く跳躍して離れたところに着地した。


わ! いつも飛んでいなくなっていたけれど、こんなに遠くまで飛べるんだ。


遥か後方で、ウドレッダ姫たちの嘆きが聞こえてくる。


「あの二人、あなたの館で贅沢できると思っていたはずよ」


「まあ、誰かさんの生活を、宝珠を通して見ていたからだろうよ。あとはあの二人が自分で道を切り開くしかねぇ。ここは鬼の世界だ」


「そうね」


「さあ、クローディア。今度こそ俺の館へ行こう」


「ええ。ね、シュラ」


「ん?」


「私はどんな鬼に変わるのかな」


「こればっかりは、俺にもわかんねえ。けど、クローディアは、鬼の文字も読めて、鬼神棒すら従う逸材だ。すごく稀な鬼に変わると思う」


「変わっても……ずっと好きでいてくれる?」


シュラは片眉をあげて、私を見た。そうだと言って欲しい。


「誰に言ってるんだ? この指輪を送った意味を忘れたのか?」


「ご、ごめんなさい」


「まったく、俺の気持ちがまだわかってないな? ま、今からたっぷり思い知らせてやるから、しっかり受け止めてくれよ」


「シュラ? ……わ!!」


シュラは、どんどんスピードを上げて走り出す。


知らない場所、知らない景色、知らない建物や鬼たちが見えてくる。


私が見てきたのは、ほんの一部だったんだ。


あの宝珠と鬼神棒がある世界だもの。

これからもっと不思議なことが、待っているんだわ。


「クローディア、見えてきた」


「え?」


「あれが、俺の(やかた)だ」


「あれが……」


「掴まってろよ! 跳ぶぞ!!」


「きゃ!!」


全身を包む浮遊感。目の前に広がる、新たな世界。シュラ、私はどう変わるんだろう。何ができるんだろう。


それでも、この愛する鬼がそばにいる。一人ぼっちじゃないんだし。


一歩ずつでかまわない。

私は、この世界で生きていく。


読んでくださってありがとうございました。

お気に召したら、ブックマーク登録してくださるとうれしいです♫ とても励みになります。


※次話は、他のキャラクターへと視点変更した後日談が始まります。


どうぞ、お楽しみください。

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