表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二輪挿し  作者: 星鼠
6/46

合縁奇縁

小さなタルトが乗っていた皿を新伍が片付けている間に、

真菜穂がノートパソコンを開いた。

食洗器を仕掛けて新伍が戻ると、靴工房のページが表示されていた。

座って目を通したが、見る前から気持ちは決まっていた。

「うん。いいと思うよ」

「靴は素敵だわ。でも 店で着るとか考えてた?」

「全然」 新伍は即答する。

もともと深い考えがあったわけではなかった。

いくつかの憧れを同時に満たす方法として選んだだけのことだ。

だが提案を受け、そして現状を考え、それもひとつの道と思った。

「真菜穂さんはどう思う? 嫌?」

「私が意見を言う場面じゃないけれど 私は いいと思う。

個人的に あの店に望む装いをした新伍を置いてみたいと 思う」

うっとりと夢見るような表情が、偽りのないことを示していた。

およそ真菜穂には不似合いな、少女めいた笑みが口元に浮かんでいる。

初めて会った日、小さなオルゴールを掌に受けた彼女を思い出す。

あれが始まりだった。

前日届いたオルゴールを、新伍は通りに面したウィンドウに飾った。

殆どその直後、真菜穂が通りかかる。

心ここにあらずな眼差しで覗き込んだ真菜穂の、焦点が合った。

新伍は空き箱の片付けをしながら、明らかな一見の客である彼女を見ていた。

真菜穂は急いた様子で店内に入り、一周させた視線を新伍に止めた。

「あれを あのオルゴールを見せて欲しいの」

特別な品ではなかった。蓋の装飾も殊更に凝ったものでもなく、色もくすんでいる。

ただ何とも言えない可愛らしさがあった。掌に包みたくなる愛らしさが。

大きさも色も本来正面に飾る品ではなかったが、新伍はそこに置きたいと思った。

皮肉なことに売る為ではなかったが。

「おいくら? ううん 頂くわ」 手に乗せたそれを握らんばかりに真菜穂は言った。

カウンターで包装していると、真菜穂の目が奥の喫茶部に向いた。

「休んで行っていいかしら」

「勿論」 喫茶部を任せている女の子は休憩中でいなかったが、

もともとひとりで始めた店である。新伍にも給仕することは出来た。

真菜穂を席に案内すると注文を聞いて支度に入った。

何かを決意するように「フレッシュジュース」と言ったのが印象的だった。

他に来店客もなく、真菜穂の「いいお店ね」という言葉をきっかけに話が弾んだ。

新伍が個人的に客と会話を続けるのは珍しい。自分でも意外だった。

そう告げると「意外なのは私の方だわ」と真菜穂は、包装された品を撫でた。

自分には無縁だと思っていた。

そう呟く彼女に、新伍は何気に「お仕事は何を」と訊いていた。

真菜穂が名刺を出さなかったら、話も関係もそこで終わっていたに違いない。

証券会社と応える代わりに真菜穂は名刺を差し出していた。

新伍は両手で受け取り、社名や部署より先に名前を見た。

「八頭司 真菜穂」 読み上げ、名字だけをもう一度呟く。「やとうじ」

「あら 読めるのね。躊躇なく読んだわね」 真菜穂は言った。

「珍しい ……わりと珍しい苗字です けど」

「家族以外知らない。ヤマタノオロチって あだなされたりね」

「ひとり ……知ってます。高校の 正確には中高一貫校の 先輩で。

僕が中等部 先輩が高校。八頭司 庸介」

そこまで言う必要はなかった。個人情報というほど大袈裟でもないが。

八頭司と口にしたら、名前も続いて自然に出てしまったのだ。

真菜穂の顔色が変わった。「嘘……」

「え?」

「中高一貫って」 真菜穂は学校名を言う。

新伍の通っていた学園だ。

「え 何歳 え……」 新伍の顔をじっと見る。「え?」

童顔というわけではないが、新伍は実年齢より若く見える。

「兄だわ 多分……きっと兄だわ」真菜穂は困惑と興奮を綯い交ぜに言った。

学園に同姓同名など聞いたことがない。

ふたりの情報をつき合わせて間違いないことを確認した。

そして暫し呆然、互いを見合っていた。

「でも」 遠慮がちに新伍が切り出す。

「似てない でしょ」

頷く。何もかも。共通点がまるで見当たらない。容姿も雰囲気も。

同じ八頭司という苗字でも、庸介がヤマタノオロチと揶揄されることはなかった。

似ていない兄弟などいくらでもいるが、新伍は違和感を拭えない。

「そりゃそうよ」 真菜穂は両手で頬杖をつく。「血縁 ないもの」

「ん ん?」

「連れ子再婚。庸介のお父さんと 私の母親。私が8歳の時」

「庸介さんは何歳」

「ええっと 中学……」

真菜穂が天井を見上げて記憶を確かめるのを、新伍は手を振って遮った。

反射的に訊いてしまったが、知る必要のないことだった。立ち入り過ぎた。

「まあ どうでもいいことね。そんなことより」

真菜穂は掌に顔を預けるようにして身体を乗り出した。

「なんの先輩? 庸介が下級生と関わるほどの部活動してた記憶ないんだけど」

新伍は言葉に詰まった。


関わりなんて、なかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ