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二輪挿し  作者: 星鼠
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新伍の子が欲しい

「つまり…つまり それは」

真菜穂は言葉を選んでいた。彼女にしては珍しい。

どちらもが身内であるからなのか。

そして見つけられずにいる。

逡巡が答えでもあった。新伍は微笑む。

「うん そういうことだよ。僕が庸介さんに望むもの

たとえば関係性や たとえば感情 たとえば将来的な

そういったことすべてに 性的な要素は一切ない。

ただ彼の世界に属していたい 触れていたい 感じていたい…

その先はないんだ。発展はない。そのかわりに変化もない。つまりは」

「永遠?」

苦笑めいた失笑。だが幸福そうに「大袈裟だな」と言った。

「ひとつの理想だわね。いいじゃない。いいと思うわ。

ただ…秀幸の秋波に少しばかり反応していたようにも見えたけど

あれにも そのつまり 性的要素は全くなかった?」

慌てた。真菜穂に感づかれているとは思っていなかった。

「それは… 少し微妙だね。全くないわけではなく

なんというか 熾火のそれを敢えて掻き立てていた…ような」

声が段々すぼまっていく。肩も。

話すうちに、自分の本音に自分で気づく部分もあった。

自分は楽しんでいた。怯えも罪の意識も背徳感も、全部を。

そしてその全部で欲情を刺激し、心身を疼かせていた。

「こんなことを訊くのは 憚られるんだけれど」

真菜穂が心持ち声を潜めるので、新伍は笑い返した。

「察してみるよ。どこに落としたいか言ってみてくれる?」

真菜穂は安堵の色を浮かべて頷いた。

「私 新伍の子が欲しい」

「うわお…」 思わず、息の抜けた声が出た。

想像もつかなかった発言だ。仕方がない。

意味のある返事が、どうしても出てこない。真菜穂が言葉を継いだ。

「えっと …誤解しないでね? 新伍と そういう関係になりたいとか

そういうんじゃないからね? 分かるよね? 今は手段がある」

「人工的な…」

「そうそう。新伍にはただ 提供…して欲しいだけで。

勿論 その後の父親の役割は果たしてもらうけれど」

「それは今と変わりないね? 初音の」

頷く。「それが名実ともに ということになるわけ。

私 初音に弟妹が欲しい。それは新伍の子がいい」

「それは」 新伍にも否やはない。

むしろ夢のような話でもあった。

夢に描くことさえできないことだ。あまりにも身勝手がすぎる。

だが真菜穂の方からそれを望むのならば。

「いいのかな…」

「え… なにが。え 不自然だから?」 人工授精が。

「こんな 幸福で。あまりに …なんていうか 望み過ぎで」

真菜穂は新伍の胸に額をつけた。ただ、額だけを。

それ以外の身体の接触はない。その一点だけで、ふたりは繋がる。

「私もそう思う。欲張りじゃないかって。でも初音のためと思えば。

家族が本当にひとつになるためと思えば?」

詭弁と言われそうだが、本心でもある。『家族』になりたい。

「打算的に聞こえるかも知れないけど…実際打算でもあるけど。

でもそれは誰でもやることだわ。バースコントロール。

初音を保育園に預ける前に妊娠出産して 産休育休とって

そうすれば預け替えも必要もないし」

「でも その間 秀幸くんがずっといてくれる保証はない…」

真菜穂がくすくすと笑った。

「新伍にふられて? でも そこは新伍次第だものね。

とりあえずは これまでと同じに振舞えばいいだけだわ。

そしてそこから …無理には勧めないけど

本当の恋愛に進展したとしても 私は平気よ?」

「まさか…」

「だから勧めてないって。ただ私の覚悟 …とは違う わね。

私の真意 を知っておいて欲しいの。

それを望んでも信じてもいない

でもそうなっても構わない と私が思っていることを」

「ああ それなら…」

「私は新伍の家族でいたいだけなの。

兄弟や子どもの恋愛を 祝福しこそすれ嫉妬したりしないように

新伍の交遊に興味はあっても 干渉する気はない。

…ただ そうね ただ私たちの子どもの よき父親であってさえくれれば 

かつまた 私のよき友人でいてくれれば」

言いたいこと、伝えるべきことを言い切ったか、

真菜穂は満足げに息をついた。新伍は反射的に頷いて、いた。

それは世間的に非常識と称されることであろう。だが

新伍には真菜穂のその気持ちが分かった。自分もまた、そうなのだ。

真菜穂も初音もかけがえのない存在に違いないのだが、

束縛したいとは思わない。自由でいて欲しい。自分はそれを見守りたい。

真菜穂も、新伍に対して同じ思いでいる。

「それはつまり 真菜穂さんも 誰かと出逢ったら

同じように振舞うということ? 僕や初音や 常識に囚われず?」

真菜穂は曖昧に、そしてどこか哀しげに微笑んで頷いた。

「私たちの理想の実現は可能かしら?」 真菜穂は訊いた。

「不可能ではない」 新伍は言った。「と思いたい」

「だったら可能だわ」 真菜穂は弾んだ声で言った。

彼女がそう言うのなら、叶わないことはない。

新伍も力強く頷き「そうだね。僕たちは手に入れるだろう」と言った。




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