変容
新伍が仮縫いのために来店する。
稔の顔を見て不思議そうに瞬きをする。
同じように、稔も新伍を見ていた。
だがどちらも当たり障りなく挨拶だけをかわし、
新伍は着替えを始めた。
漆原が来た。新しい服に合わせて提案するためだ。
まず、稔に言った。「なにか ありました?」
「別に? ああ 眼鏡?」
「ああ 眼鏡」 おうむ返しのように一度は頷くが、
口の中で「え?」と呟いた。「ええ?」
「壊れてしまって そのまま。乱視 思ったほどでなくて」
稔が説明を重ねると、合わせて納得したふりをしたが、
微かに首を傾げる動作をした。
そこへ、新伍が姿を現した。
漆原はまず新しい装いに感嘆したが、やはり首を傾げる。
「なにか ありましたか」
「え 僕ですか」
「え まあ」
「稔さんじゃあ なく?」
「稔さんも ですが」
「僕? 僕は… それなりにいろいろありますが どうして?」
「雰囲気が」とだけ言って口を噤み、
漆原は新伍の手をとって爪と肌を確認した。
「よく手入れされていますね」
「それは余裕が出たからですよ。雰囲気とかもそのせい かな」
指を握って顔を上げた。
「きれい になりました。以前からきれいだったんですが
凄みと言うか色気というか艶 …そう 艶が出てきた まるで」
「まるで?」
「いいえ」 漆原を首を振って、新伍の手を離した。
新伍と目を合わせて微笑むと「メイク 始めましょう」と言った。
化粧水の瓶を開け「お肌も整ってますね」と掌に受ける。
マッサージと会話で新伍を寛がせながら、進めていく。
その様子を稔が見ているのを、新伍は鏡の端に確認する。
彼こそが変わった。新伍は思う。眼鏡のせいだけじゃない。
眼鏡で容姿を隠しているのは察していたから、
外した姿は想定内だ。だが今の彼は別人だった。
装いは同じ、振る舞いも同じ。声音も話し方も変わりはない。
だが違うのだ。
「気になりますか?」 耳元で漆原が囁いた。
漆原の目線が鏡の中の稔にあるのを見て「ええ」と応えた。
「僕もです。あなたより古くから彼を知っていますが
すっと変わらなかった。今の生活に入ってからも なのに」
「突然 変わりましたね」
「僕は少し嬉しいですけど」
「そう なんですか」
「少しどころじゃない とても。彼には こうあって欲しかった。
今の彼こそ 彼には相応しい。そう思いませんか」
諸手を挙げての賛成はできなかった。
以前の稔も好きだった。柔らかな空気が好ましかった。けれど。
「稔さんのためには きっとそうなんでしょう」
漆原の指が新伍の頬に触れる。共感が伝わってくる。
寂しさは彼にもある。あの危うさが稔の魅力でもあった。
己れの美貌を劣等的に扱うところも。
だが、堂々とそれを武器にしようとしている今の稔は、
呪縛から解き放たれたようで清々しく美しい。
漆原は、稔の近しい友人として祝福している。
知らず稔を注視していることにきづき、新伍は自分の顔に視線を戻した。
そして息を呑む。「メイクが…濃い 濃いですよね いつもより」
「いいえ?」 漆原は笑った。「むしろ塗は薄くしています」
「え でも」
「これまで女性に寄せようとしていたのを 変えたんですよ。
新伍さんの雰囲気の変化に合わせてね。そう 攻撃的?」
「え…」
「挑発的…刺激的。男性性を残しています。その上で妖艶に。
中性より無性を意識したんですが お気に召しませんか」
気に入らないかと訊かれると、そういうわけではない。
とはいえ、鏡の中の自分が好きかと問われると…
新伍は頬を染めて目を伏せた。
「どう?」 庸介が近づく気配がする。
新伍の耳に彼が息を吸う音が入った。
「これは…これは! コンセプトそのままじゃないですか」
新伍が思わず顔を上げると、鏡の中の稔の姿も大きくなった。
庸介は彼を振り返り「な!」と同意を促した。
「ああ…」 稔は、漆原を見て「さすがだね」と言った。
「それは彼に言ってください。新伍さんに合わせただけですよ」
「とても素敵ですよ 新伍さん。分かってます?」
稔に訊かれ、新伍は我に返る。「え…」
「分からないって顔をしてるから。失礼になったらごめんなさいだけど
これぞ女装の神髄って感じです。とてもいい」
「ああ!」 庸介が頷く。「言い得て妙だが そうだ。
女性のための婦人服じゃない。男性の美を引き出す装いだ。
そこまで意識してなかったけど 今 しみじみそう思うよ」
「合作ですね」 稔が、庸介と新伍と漆原を順に見ながら言った。
確かに攻めのデザイン画ではあったが、それだけでは真価は分からない。
新伍が着て、漆原がスタイリングして初めて発揮された。
「似合いますか…」 誰に問うでもなく、新伍は呟いた。
それから鏡の自分としっかり向き合った。
胸を張り、顎を上げる。瞬きの後、眼差しを据えた。
自信に満ちた笑みを口元に浮かべる。
「似合いますね」




