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二輪挿し  作者: 星鼠
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秀幸と稔

秀幸は先に来ていた。

店内に入った稔に手を挙げて合図した。

屈託のない、学生同士の待ち合わせのような素振り。

稔が椅子を引くとメニューを差し出しながら

「なんにします? ここ パイ系充実してますよ」と言う。

稔が応えるより早く「甘いものは苦手ですか? 僕好きです」と言った。

椅子に座って稔はメニューを受け取った。

「あなたは何を?」

「おススメの これなんかどうかな」と指さした。

稔は「いいですね」と笑い返し「それとホットを」と言った。

給仕が来て立ち去るまで、どちらも何も言わなかった。

オーダーが終わると秀幸が改まって頭を下げる。

「ごめんなさい。失礼だということは重々分かっています」

「だろうね。目的は。何が望み?」

「その前にひとつ」 

「どうぞ」

秀幸は上体を前に倒し、稔の目を覗き込んで言った。

「決してうわさになっているとか そいうことじゃないんです。

僕の耳に入ったのはごく個人的事情で いわば懺悔を受けたような

そんなもんなんです。関係者の中に他言した人はいないと思います。

もし…稔さんが気になさっているとしたら…」

「分かった」 

秀幸は頷きながら身を引いた。

「ほとんど構内で見かけることがなくなったと言ってました。

でも在学なさっていると分かって 安心しました」

「あなたに心配してもらうようなことじゃないけど …卒業はするよ」

秀幸は再び頭を下げた。

「出過ぎました。でもあんな言い方したから気になってたんです」

印象の変化に困惑する。もっと攻撃的で作為的な人物でなかったか。

秀幸は、すっきりしたという表情の顔を上げた。

記憶にある如才ない、腹の知れない青年とは違う大学生がそこにいた。

「じゃ 本題いきますね。ええと。目的のひとつは好奇心です。

話で聞いた立科稔像と当人が一致しなかったので その齟齬を埋めたかった」

「何をどう聞いたんだ」 思わず本音が洩れた。

「僕が勝手に描いていたのかも知れない。もっと官能的な?

煽情的な。それでいながら内気で繊細で… ドリームですね」

「つまり現物は 繊細でも官能的でもないと」

秀幸は否定はせず笑い、その上で首を振った。

「でもなんとなくは分かります。攻め入りたい気分にはさせられる。

陥落…違うな 征服 したい そうでないと許せない 落ち着かない。

訊いていいですか?」

「答えないだけだよ」

「あなたと庸介さんの関係」

稔は目を見開き、口を閉じた。脈絡が見えない。

「どうなんです?」 秀幸が促す。

「いいも何も 真菜穂さんのお宅で紹介されたまんまだ。

庸介さんの仕事を手伝ってます。親しくしてもらってます」

「同居して?」

「それは… 分かるでしょう 僕は居場所をなくした。拾われた。

住居の提供を受けるかわりに仕事の手助けをする それだけです」

それだけ に力を込めた。実際そのとおりなのだ。

秀幸は否定せず、合わせるように頷いた。そして続ける。

「僕が問題としているのは新伍さんなんです」

「新伍さんが 何? なぜ?」

「僕が好きだから ですよ」 

今日はいい天気だと言うような口調だ。

稔は声を詰まらせた。咽る寸前といっていい。

ふさがった喉の上、頭の中をかつての疑念が駆け巡る。

新伍の性的傾向。それが明確な輪郭を持つ前に秀幸は言った。

「あ 一方的にです 勿論」

「そ…れは 個人の自由だから 僕としてはなんとも…」

「具体的な進展を期待しているわけじゃないけど

希望を全く捨てたわけでもないんです。だから可能性は探りたいんです」

「それと 僕と庸介さんと どういう関係が?」

「新伍さんが庸介さんを好きだから ですよ」

少し肩を竦めてから言った。

言い終わった後も、証明終わりといった風に唇をすぼめる。

稔は必死に自分を繋ぎとめた。

「新伍さんは真菜穂さんの伴侶だ。初音ちゃんもいる」

「それ以上の解釈は 任せます。僕はそう思ってる。

真実は誰にも分からないでしょう。整理しますか?」

稔は首を振る。

これ以上秀幸の言葉を聞き続ける気にはなれない。

折よく、注文の品が運ばれてきた。

フォークを繰りながら「話しづらいって言われたことは」と訊いた。

秀幸はうふふと「ごめんなさい」と笑った。「でもあなたもですよ。

本音を隠してしかできない会話では 誰もそんなものでしょう」

「新伍さんを好きだってのは本音ではないの」

「それはいいんです。僕のことを分かって欲しい気持ちはあるんです。

話を戻します。稔さんのことです。さっき懺悔という言葉を使いました。

彼は後悔していた。自分が『そういう』人間だとは思わなかった。

『そういう』というのは合意なく行為に及ぶような ということと

同性の肉体に興奮するような という 両方の意味です。

後悔は あなたを傷つけたことより

己れの獣性をさらけ出してしまったことに関してみたいでした。

だからこそ懺悔できたのかも知れない」

どうでもいい と稔は思った。





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