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二輪挿し  作者: 星鼠
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顔合わせ

稔と庸介は、こわばった笑顔のまま、暫し固まっていた。

立ち直るのは稔の方が早かった。

稔に肘で突かれて、庸介は開いた口を一度閉じ、

「真菜穂の兄の庸介です」と言った。

続けて掌で稔を示し、

「立科 稔です。仕事を手伝ってもらっています」と言い、

家族同然であることを告げた。

ふたり揃って頭を下げる。

秀幸もまた、改めて礼をした後、

「同居の件ご快諾いただけたとのこと 感謝しています」と言った。

「快諾も何も 真菜穂たちが決めたんだから…」

と返しながら語尾はむなしく、宙を彷徨い始める。

「もしかして」 秀幸は言った。「詳しくはご存じなかった…?」

乾いた笑いと共に、庸介は素直にそれを認めた。

詳細どころか性別すらも知らされておらず、

それゆえ無礼なほどに驚いてしまったと。

「女性と思いこむのも無理はない。シッターを兼ねているわけですし」

「その実力を含めて真菜穂が認めたわけだから それはそれですごい」

「過大評価と返すところですが そう思っていただければ」

「真菜穂とはどういう…」と庸介が切り出すのを待っていたように、

真菜穂が言った。「いつまで突っ立ってればいいの? お茶も出せないわ」

目線で席順を示すと、抱いていた初音を秀幸に差し出した。

しかし秀幸は手を出さず、庸介の方を見る。

庸介は真菜穂に向かって両手を差し出した。

初音は庸介の腕に収まるものの、落ち着かなげにむずかった。

新伍がすかさず離乳期のおやつを握らせる。

不器用ながら口に運ぶ初音を見て、稔は驚いた。

子どもの成長は早いとは聞いていたが。

「器用な方だと思う」 真菜穂が笑う。「食べることに関しては」

おすわりが安定し、離乳食を始めると随分と楽になったと新伍が語る。

「これではいはいを覚えれば もっとね」と秀幸が言う。

「動くようになると大変なんじゃ…」

「環境さえ整えておけば大丈夫です。一人遊びが増えて手が離れます」

稔と庸介が「ほう」という口の形をして彼を見ていると、

「留学先でシッターの研修を受けたのですって」と新伍が言った。

陽介は「納得」という顔で頷いた。

「子ども好きで 子ども受けもいいんです」 秀幸は如才なく言う。

このやりとりで庸介はすっかり秀幸を受け入れてしまったようだった。

初音を揺らしながら「よかったね」などと話しかけている。

先刻真菜穂に遮られた質問のことも忘れている。

答えたくないのなら知る必要はないと思っているのかも知れない。

好意的な雰囲気が漂い始めたのを感じてか、

秀幸は、幾分堅苦しさを払った声で話しかけた。

「庸介さん…とお呼びしていいのかな。八頭司さんの方がいいですか」

「呼びやすいように」

「新伍さんの服…婦人服を作ってらっしゃるって」

「ええ」 

「通販もなさっているとのことですが 需要はどうですか。

直接注文を受けているのは新伍さんだけですか」

稔が割って入る。「興味 あるんですか」 

「まあ… 将来的に」と肩を竦める。

「大学生と聞きましたが」 服飾関係なら専門学校だろう。

「彫金を」

「…え?」

「彫金」

庸介が顔を上げる。「芸大?」

「ええ まあ」

「なら稔と一緒じゃないか」

遮る暇もなかった。もとより遮る言い訳もない。

稔は顔色が変わるのを感じた。

秀幸が稔の顔を凝視する。

無理に笑顔を作って、秀幸の視線を受けた。

秀幸の口が動く。声はない。唇の形を稔は読み取ろうとした。

しかし秀幸は「奇遇ですね」と当たり障りなく、言った。

学部や専門を訊くでもなく、共通の話題を探すでもなく

自分のことに話を戻してしまった。

「卒業後はとりあえず海外に出て とは思ってるんですが

いずれはこちらでアトリエを開くなり したいんですよ。だから」

個人で注文を受けたり通販を展開している庸介のことが気になるのだと。

「この機会に勉強させてもらえたら嬉しいな」と庸介に言い、

連絡先の交換をしてもいいかと続けた。

「それは勿論」と庸介は言い、腕の中の初音に目を落として

稔を見た。稔は庸介の代わりに操作して番号を交換した。

「立科さんもよろしければ」 秀幸は言う。

任意というのは言葉だけで、拒否できない雰囲気を醸し出していた。

稔が応じたところで、真菜穂がワゴンを押して戻ってきた。

「初音はご機嫌かしら。暫くひとりで遊んでいてくれそう?」

秀幸が庸介から受け取り、サークルに降ろした。

すかさず玩具を差し出すと、初音はそれで遊び出した。

「可愛いなあ」 陽介が見惚れて言う。

「こんな時はね」 真菜穂が言う。「交流会は済んだ?」

「や まあ おいおい」

「彼は正規の学費や寮費以外は自分で稼ぎ出してるの。

高校時代からね。あらかじめ学費の入った通帳を親から預かり

投資で留学や渡航や滞在の費用を捻出してる。

ここに下宿させるのも それに協力する意味合いもあるわね。

利害の一致というやつよ」

そう微笑んで、カップの乗ったソーサーを差し出した。



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