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二輪挿し  作者: 星鼠
33/51

家族

「制作とか課題とか 専門学校系?」

「芸大です」

「ああ…」 庸介は暫し考え込む。学部や専門を想像しているのかも知れない。

「学部によっては学校に詰めたり課題に時間をかけたりするけれど

僕の専門は自分次第の部分が大きくて かなり自由がきくんです。

座学が終われば どこで作業するも 起業するも それこそ結婚も

大抵のことは自己責任で通ります」

「ああ」 納得したように頷く。

「卒制のめどは立ってますが  まあ卒業しなくてもいいような

その程度です。あるいはこのまま」

「いやいや それでは親御さんに申し訳がなかろう。

ていうか 親御さんにはどう …ここに住んでることとか」

「正確には伝えてませんね」 できるだけ軽く言った。

実際にたいしたことではない。親の負担は変わらない。

学費と寮費を振り込んでいるだけだ。関心もない。

時々顔を出したり連絡をとったりして安否さえ報告すれば済む。

「前も言いましたが 兄弟の中で一番軽い存在なんですよ。

兄たちはそれなりにやってますし 両親の関心は

もっぱら妹に向けられています。唯一の女の子ですからね。

期待も心配も 僕に振り分けるほどないんですよ」

勢いで話していることに気づき、稔は軌道修正する。

「ええ でも 卒業はしますよ。ちゃんと。

その後 庸介さんの提案について きちんと決めましょう。

庸介さんの気が 変わらなければ」

「変わるもんか」

稔は笑った。心のどこかに刺さっていた棘が、抜けた気がした。

その穴から何かが流れ出る。緊張なのか、後ろめたさなのか。

何か取り返しのつかないことをしてしまったような、後悔が入り込む。

同時に、退路を断ったようなすがすがしさと。

「なら いいんだな」 庸介が言う。

「え?」 稔は呆けた目を、彼に向けた。

「とりあえず準備とか 進めて。いろいろ調べないといけないし」

「え…ええ そう そうですが」

「でも は なしだ」 

庸介は話は終わったと言わんばかりに手をひらひらさせた。


仕事や食事を済ませ、自室に引き上げた。

稔に与えられた部屋は、かつて真菜穂のものだった。

残されていた家具をそのまま使わせてもらっている。

そのうちのひとつのベッドに、脚を投げ出して宙を見ていた。

膝に本が乗っていたが、開いただけだった。

音が、した。

ノックの音だと気づくのに数秒要した。

部屋に住み着いて以来、一度として聞いたことのない音だった。

それと判って稔は口を開いたが、乾いた舌は声を出せない。

遠慮がちにドアが開き、隙間から庸介が顔を覗かせた。

目が合うと同時に表情が大きく変わる。

「やたっ」 庸介の口から声が漏れた。

「やった?」

するりと室内に入り込むと、背中でドアを閉めた。

「何がです」 稔は訊く。

「マナがさ」 庸介はベッドの方に歩いてくる。「言ったんだ

稔は 眼鏡を外すと すっごくいい男だ って」

「え?」

ベッド脇まで来て身を屈め、稔の顔を覗き込む。

「あいつの言うことは間違いがないな」

「は? …あ」 慌てて机を見る。眼鏡がそこにある。

手を伸ばそうとし、意味がないことに気づいた。

「でもって 伊達眼鏡だとも言っていたけど」

「軽い乱視があるんです」 

稔は早口に言ったが、軽く聞き流された。どうでもいいことらしい。

「で 何の用です」 稔は訊く。稔にしてはきつい口調だった。

この部屋も、どこも庸介の持ち物だ。入る権利はある。

用があろうとなかろうと、咎められる謂われはない。

しかし庸介は悪戯を見つかった子どものような顔をするだけで、

抗議めいたことは口にしなかった。

「ちょっとさ… なんかさ…」

机の前から椅子を引き寄せ、座る。

学習机の椅子だ。庸介の体重に軋む。

庸介は上体を前に倒して稔の目線を探った。

稔はかつてないほど間近に、庸介の顔を見ることになる。

捉まった。稔は思う。心臓が打つ。いつもの制御が効かない。

庸介の上体が揺らいで稔から少し離れるが、

稔は金縛りにあったように、硬直している。

庸介の口が開く。何かを話し始めた。

真菜穂の名前が聞こえる。

机の上に指を滑らせているところを見ると、何か思い出話なのだろう。

稔は唇をひきつったように微笑ませ、こわばった顔を頷かせた。

「家族って 必要だなと 改めて思ったわけよ」

「え?」

「今回の件でもさ 真菜穂の悩みも産みの苦しみってやつだし

真菜穂を支えようと懸命に考えている新伍くんを見ていると」

「…まあ」

理想の家族を対象とするならば、そうだろう。

庸介が思い描いているのは、それだろう。

稔は己れが置かれていた家庭に気を取られ、

庸介の言わんとすることを読み切れずにいた。

稔の反応を期待していた庸介の、言葉が切れる。

沈黙に包まれて稔は庸介に焦点を合わせた。

「家族…」 つぶやきが、ささやきとなった。

「うん」 庸介が、視界の中で頷いた。


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