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二輪挿し  作者: 星鼠
30/51

親密になる

初音が泣き出した。

振り返る真菜穂の横を、秀幸が駆け抜けた。

新伍に、止める暇もなかった。

ふたりがリビングに入った時には、

既に秀幸はベビーベッドに両手を差し入れており、

ふたりが駆け寄った時には、抱き上げようとしていた。

強引に止めることは、初音の身に危険が及ぶ。

傍観するしか、なかった。

秀幸の胸に収まると、初音はいつもと違う感覚にか、一瞬黙った。

だが次の瞬間再び声を上げる。

真菜穂が手を差し出す。秀幸は身体を捻って背を向け、

軽く初音を揺すり、歌とも違う抑揚で声を伸ばした。

初音の勢いが、鈍くなり、やがて泣き止んだ。

秀幸の声は続いている。

ふたりが見守る中で、初音は心地よさそうに小さくあくびした。

抱く手も、揺らす腕も、今ではささやきに変わった声も、

手慣れたものに感じられた。

「うふふ」 秀幸はうっとりと笑う。「可愛いなあ」

そしてふたりに向かって言った。

「今のうちに 夕食済ませてしまったらいかがですか」

抗議しようとする新伍を、真菜穂が止めた。

「いい提案ね。たまにはふたりでゆっくり頂きましょうよ」

「でも」

「ブルギニョンが煮込んである。サラダを作るわ」

尚も渋る新伍を、真菜穂は階段に押しやった。

彼女がキッチンに姿を消すと、秀幸は初音を抱いてリビングを歩き始めた。

新伍は二階の洗面所で手を洗いながら頭を冷やした。

動揺を見せて得になることはない。

真菜穂が秀幸の勧めを受け入れたのは、何か計算があってのこと。

彼女の関係なのだから彼女に任せるがいいのだ。

部屋着に着替え、階下に降りる。

テーブルのセッティングは終わっていた。

「ゆで卵を作っておいたから なんちゃってニース風サラダ」

「豪華だ」

「いい匂いだね」 秀幸が言った。「とてもおいしそうだ」

「美味しいのよ」 真菜穂が返す。「おかげで味わって食べられるわ」

「うん」 一口含んで新伍も言った。「おいしい」

温かいものが腹に入ると気持ちも落ち着く。

秀幸はリビングを回って、棚を覗きながら初音に話しかけている。

その内容に耳を聳てる余裕が出てきた。

並んでいる茶器について語っている。

初音は会話するように喃語を発していた。

「どうして」 新伍は思わず呟く。

真菜穂が反応する。

秀幸は素知らぬ顔で初音の相手をしている。

なに? 真菜穂が目線で問う。新伍は首を振って応えた。

話すのは、彼が帰ってからでいいだろう。

「おかわり あるわよ。残ったらパスタソースにでもするけど」

心得たように真菜穂は会話を繋いだ。

「それか 僕にご馳走してくださるか」 秀幸が言った。

ふたりは視線を交わしただけで返事をしなかったが、

どちらも「おかわり」することなく、食事を終えた。

新伍は手早くテーブルを片付け、真菜穂はサラダを盛り付ける。

セッティングを済ませると、新伍が秀幸の傍に行き、手を差し出した。

秀幸は初音をその腕に滑り込ませる。

「どうぞ」 真菜穂が言う。秀幸はテーブルに着いた。

真菜穂はその正面に座り「食べながらで いいわね」と言った。

「三口ぐらいは 待って欲しいな」

秀幸が半分ほど食べ進めるまで、真菜穂は黙って待っていた。

「で?」

「興信所ですよ。簡単な話だ。成人するのを待って契約した」

「私が結婚したことも調査済みなんでしょう。終わった話を今更?」

「まあね。だから親には何も言っていない。でも弟妹の顔を見る権利は」

「どうして自分の妹だと決めつけるの?」

「妹でしょう。もともとそう思っていたけど 確信しましたよ」

「根拠は」

「足の指の特徴がね 遺伝的」

「同じことを私の兄も言っていたわ」

秀幸は笑った。「血は繋がってないでしょ」

そこまで調べているのかと新伍は舌を巻いたが、

真菜穂は動じる気配を見せずさらりと言い返した。

「それぐらいありふれた特徴ってこと」

「やめようよ」 秀幸は言った。「不毛だよ」

「何が」

「事実を捻じ曲げることはできない。もっと建設的な話をしよう」

「たとえば」

「僕たちがもっと親密になるための話」

「それは困難ね。必要もない。

そもそも 双方が望まなければ実現しないことだわ」

「僕は望んでいる。妹は可愛いし 真菜穂さんは美人だし

新伍さんも ふたりともセンスがよくて この家は居心地がいい」

秀幸が導こうとする結論を察し、新伍は身構えた。

だが、これは真菜穂の問題である。

援けを求められない限り、口出し手出しはできない。

真菜穂は魅力的に微笑んだ。「でも私はあなたに何も望まない」

秀幸はスプーンを置いた。指先で唇を拭い「ごちそうさま」と言い、

「あとひとつ つけ加えないと」と続けた。

「何を」

「ご飯がおいしい。これはとても大事なことだ。

僕は 真菜穂さんたちに足りない分を補って余りあるほど望んでる」

「たとえそうでも」

秀幸は乗り出した真菜穂の顔の前に指を立てた。

「でも は ないんだよ」



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