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二輪挿し  作者: 星鼠
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お店でどうぞ

真菜穂は口を開いたが、庸介の方が早かった。

「何より?」 新伍に問う。「何より 何ですか」

「いえ 個人的見解で」 新伍は言い淀んだ。

「でもお仕事なんでしょう」 庸介は無邪気ともいえる笑顔で問う。

「仕事よね」 真菜穂が割り込んだ。「その店の経営者なんだもの。

ブロカント小物売り場と 喫茶部がある。いい雰囲気の店よ。

喫茶部では 明治大正の頃のカップや輸入物の食器を使ってる」

「そこで おふたり 知り合った……」 稔が訊いた。

「ええ そう」

「素敵ですね ……ああ!」 稔は突然声を上げる。

芝居っぽくなってしまったが、本当にその時気づいたのだ。

「それで ウェディングドレスを作ろうと!」

だが。

「違うわ」 

真菜穂は鼻で嗤うように言った。「私がそんなもの にいさんに頼むと思う?」

発言の重点が「そんなもの」なのか「にいさんに」なのか。

否定された稔より庸介の方が複雑な面持ちとなる。

男たちの沈黙をものともせず、真菜穂は続ける。

「にいさんに頼みたいのは 彼」 新伍を示す。「彼の服」

庸介と稔の目が新伍に走る。新伍はその視線の中で身を竦ませた。

「でも 俺 男物は」

「にいさんに 頼んでるのよ」

「そうだけど 男物は」

「わざわざ にいさんに頼んでるの」

「けど」 

稔は庸介に触れた。庸介の視線を捉まえて首を振って見せる。

男物ではない。真菜穂は新伍に女物の服を作ってくれと言っているのだ。

庸介は、尚も理解できないように口を開けていた。

「適役だと思いますよ」 稔は言った。「依頼主の体形に合わせて縫う。

難点を補い 魅力を引き出す。相手が高齢者であろうと男性であろうと

主旨は同じです。どうでしょう?」

「え え あ ああ。それはまあ そうだけれど」

けれど。その先を稔はいくつか思い浮かべる。

男なのに? 真菜穂と結婚したのに? 女物の服を着る?

「あ……」 庸介が新伍に顔を向ける。稔は言わせてはいけないと思った。

庸介より先に、至極冷静な声で新伍に問う。確認事項のひとつであるかのように。

「それはイベント向け? それとも個人的に?」

「個人的に」 新伍は同様に抑えた声で答えた。

「では好みに合わせてしまってよろしいわけですね」

新伍が頷くのを横目に確かめ、稔は庸介に「だそうです」と言った。

「えっ」

「受注ですよ。婦人物を一着。先に採寸を済ませます?」

返事を待たず、稔は新伍に問う。

「よろしいですか」 

「お受け頂けるということですね?」

「断る理由はないと思います」 稔は鞄から採寸用具一式を出す。

その有無を言わせぬ行動に、庸介も観念したようだった。

稔が差し出すメジャーを受け取った。稔はノートを広げペンを鳴らした。

いつもの作業に入る。

数字には出ない寸法まで、庸介は肌で測る。稔では務まらない。

発注者と会話しながら、服に託するものを探っていく。

本音と建前の食い違いを指先でほぐす。

高齢の女性たちは最初は「着易ければそれで」と言いながら、

結局は望むものを手に入れる。

「えっと じゃあ 立ってもらえますか?」

新伍の横に庸介がぎこちなく近寄る。採寸を始めると、人が変わる。

きびきびと稔に数字を告げながら、合間に新伍に話しかける。

肩や背に掌を這わせ、肉付きや骨格を確かめていく。

指先で肉体と会話しているようでもある。

「ワンピース? スーツ? シーンは? 色は」

「楽なのがいいです。ワンピースだとウエストの締め付けがありませんね?

部屋着とカジュアルの中間ぐらい…… え 色 色は……」

「モスグリーンが好きでしょ」 真菜穂が言う。「それでいいじゃない」

「いや」 庸介はきっぱりと言った。「だめだ」

「そお?」 挑むように真菜穂は言う。現に今、新伍は柔らかな緑を着ている。

控えめな人柄を包み込むような優しい色だ。

稔は悪くないと思う。だが庸介は「違う 違うな」と繰り返す。

構想を得ようとしてか新伍の全身を見るのだが、

困惑したように視線を外してしまう。

まだ、自分の中に落とし切っていないのだ。稔は思う。

男性のために婦人服を縫うということが。

幸い、新伍は筋肉質ではなく、骨格もさほど頑健ではない。

肩幅は標準並みにあったが、胸板は薄いし背中の線もきれいだ。

腑に落ちてしまえば、これほど庸介に合った仕事はないような気がする。

「新伍さんが描いているのは 豪華な? 清楚 素朴 少女趣味……?」 

庸介の質問に、新伍は困ったように眉を寄せる。漠然と浮かんでいるのだろうが、

言葉にするのが難しい、もしくは躊躇われる。そんな表情だった。

「ブロカント」 稔は呟く。そして新伍を見る。「店で 着ませんか?」

「え?」 新伍の声に、他のふたりの息が混じった。

その響きに気もとめず稔は重ねる。「お店で着ましょう。ご自分のお店でしょう」

新伍は開いた口を閉じ、まず息を吸った。



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