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二輪挿し  作者: 星鼠
24/51

真菜穂のジレンマ

「どうかした?」

真菜穂に問われ、新伍は視線を逸らす。

「いや… 思ったより 庸介さんのこと…」

「庸介のこと?」

「考えているというか気にしているというか 親身というか。

もっと突き放して見ていると思っていた なんとなく」

「なさぬ仲だし?」

「血の繋がった兄弟でも この年齢になるとそういう場合もあるけど…

庸介さんの服 真菜穂さんはあまり好きじゃないみたいで

だから評価していないようで

それをそんな風に喜んでくれるんだもの ちょっと驚いたよ」

「だって 身内には違いないのよ。

妹としてずっと歯痒く思ってた。いろいろ。性格含めて。

せっかく創造性のある仕事をしているのに

本気出してないように見えるし 生きがい感じてないみたいだし。

それが新伍のおかげで花開いたのよ!

嬉しかった。新伍のためにも庸介のためにも」

真菜穂は華やいだ声ではしゃいだが、いきなり沈み込んだ。

「…何より私が選んだ道にだって それなりの意味があったって」

「それなり…なんて。

僕がいなくても関わらなくても 庸介さんがどうあろうと

真菜穂さんは真菜穂さんでしょう」

新伍の言葉を、真菜穂は力なく首を振って否定する。

らしくない と新伍は思う。

らしくないと思われていると、真菜穂も感じたみたいだった。

「前に 言ったわね」

真菜穂は服の上から腹部を押さえた。

新伍の位置からは、テーブルで見えない。

「この子の 父親。好きだと。少なくとも 好きだったと。

それも定かじゃなくなった。

新伍といると その心地よさに 彼のこと全部忘れるの。

その程度の人でしかなかったってことね」

新伍にとって喜ぶべきことだったかも知れない。

自分といることへの肯定、実の父親の影が薄くなること。

しかし新伍は、そんな真菜穂は嫌だと思った。

「好きになった人が既婚者だった… 既婚者だからと諦められなかった

そういう人もいるでしょう。でも私は違う。違ったって気づいた。

既婚者だから 選んだ。結婚相手にはなり得ない人だったから。

傍からは利用されたように見えるかも知れないけれど

私が彼を利用したんだわ。恋愛ごっこの遊び相手に。

彼の罪悪感に守られて 傷つけられることのない恋愛を愉しんだ。

好きであったことに偽りはないけれど 安心して好きになれたのは

彼が私にとって先のない相手だったからなんだわ。

そんな相手の子どもを身籠って

産むしかないと思っても 不安や迷いがなかったわけではない。

そんな時に新伍と出会った。そして救われた」

「むしろ僕こそが」

「でも」

「もうやめようよ」 新伍は断として言った。多少のいら立ちもあった。

堂々巡りにも、批判的な真菜穂にも腹を立てていた。

「真菜穂さんは僕と出会わなくても 子どもを産んだんでしょう。

真菜穂さんが母親になろうとしているのを僕は知っている。

それだけで充分だよ。

真菜穂さんは『今の状況』と否定的に言ったけど

僕にとっては違う。僕はこの状況に救われている。

運命だとすら思ってる。

仮に真菜穂さんの計算や弱さが招いたことだとしても

それでなければ 今の僕たちもこれからの僕たちもないよね。

真菜穂さんが 結婚できない相手の子どもを妊娠しなければ

僕は父親になれなかった。真菜穂さんとも結婚できなかった。

庸介さんとも再会できず 夢見た女装も叶わず 未来への希望もなく」

新伍は言葉を切った。感情のまま突っ走り過ぎた。

真菜穂が垣間見せた彼女の弱さに引っ張られてしまった。

問題にすべきは、彼女が何故そうしているかだ。

彼女が彼女らしくないのは、逆に彼女らしい理由があってのことだ。

「そうだ」 新伍は言った。「相談したいことが あったんだった」

「なに?」 真菜穂も調子を合わせて、声を変えた。

新伍は、新伍をモデルにという庸介の提案を話した。「どう思う?」

「どうもこうも。言うまでもないじゃない」

「賛成?」

「反対する理由なんて見つからない。あるの?」

「身バレしたら 真菜穂さんに迷惑かかるかも」

「どんな迷惑かな。私が新伍の女装 好きなんだからいいじゃないの。

他人がとやかく言うことじゃない。むしろ自慢?」

「じゃ 受けていい?」

「断ったら怒る」

風のような笑いをかわし合って、食事を再開する。

穏やかに食事を終え、真菜穂は「ごめんね」と言った。

「何が」

「ちょっとやさぐれていた」

「そうなんだ」

「ずっと産休のための引継ぎや手続きで それも終わったんだけど

そうなると今度は職場が恋しくてね 未練でね。

取引先とかに惜しいねって言われて腹を立てていたのに

今度は自分でそう思ってる。

キャリアとかブランクとか 

私が男なら 子どもを持つことと仕事を休むことは直結しないのにと

腹を立てている」

必然ゆえに当たり前にとらえてた産休や育休。

だがそれだからといって抵抗や葛藤がないわけではないことに、

新伍は気づかされた。しかし、何もできないことに変わりはない。

ただ黙り込むしか、なかった。


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