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二輪挿し  作者: 星鼠
23/51

花 開く

自分から言い出したことなのに、

いざ女装で玄関の扉を開けるとなると、緊張した。

喉の奥で咳払いをして声の調子を整える。

裏声にならないようにしないと。上擦らないようにしないと。

「ただいま」

努力して出した声は、だがキッチンにいるらしい真菜穂には届かなかった。

靴を脱ぎ、玄関ホールのドアを開ける。

キッチン方向にもう一度声を掛ける。二階で足音がした。

それはそのまま階段を降りて来る。

「ごめん 片付けものを…」

言い終わらぬうちに新伍の姿が目に入ったか、

足音も声も途切れた。

顔を上げると、見開いた目と視線が合った。

「やだ」 真菜穂は残った段を駆け下りてきた。

危ないよと差し出す腕に触れる前に立ち止まり、

「いやだ もう!」と言った。

「それが感想?」 新伍は目を笑わせて問う。

「聞いてないし!」 真菜穂は一歩下がり、全身に目を走らせる。

それから「ずるい」と言い、「誰にやって貰ったの」と問う。

「稔さんが知り合いのスタイリストに頼んでくれたんだ。素敵でしょう」

「誰かと思ったわよ。素敵なんてもんじゃない。もう」

「他に言うことあるんじゃないかな。肝心の服はどうなの」

「嫌だ。庸介を褒めなきゃいけないなんて! モデルよね。

これはモデルがいいのね。私じゃ こうはならなかった」

新伍が否定しようとするのを、真菜穂は掌で遮った。

「謙遜とかじゃない。どっちがきれいとか そういうんじゃ。

新伍が男性だから という意味よ。

あの人はどうやって難点を補うか から始める。

制約があって 初めて活かせる能力なのよ。

だから高齢者相手の商売がうまくいった。それと同じよ。

男性の骨格から始めたから 迷いなく線が引けたんだわ。

新伍 あなたのおかげよ。あなたのおかげで新しい市場を得た」

真菜穂の勢いに新伍はたじろぐ。

洋服や化粧の出来映えへの賛美の期待はあった。

しかし真菜穂の賞賛はそれを超えている。

「え… なに なにを言ってるの」

「私だけじゃなく 庸介も救ってくれることになるなんて!

ああもう。感謝してもしきれない」

「ちょ ま 待って。待って。

庸介さんを救うとか なに。援けて貰ったのは僕の方だ。

服のことだけじゃない 真菜穂さんにも庸介さんにも 僕は」

「ううん」 真菜穂は指先で目尻を拭った。

泣くほどの感動って… 新伍は戸惑うばかりだった。

「ごめんね。お腹空いてるよね。ご飯 仕上げるね」

「…僕は着替えてくるよ。着替えてから手伝う」

「お化粧は私が落としてあげる。本当は着替えて欲しくもないけど」

汚すと困るからと声を合わせ、笑う。

それぞれキッチンと寝室に向かい、支度を始める。

新伍が降りていく頃には、食卓は大方整っていた。

真菜穂はテーブルの向かいに座る新伍の顔を、改めて見つめる。

照れながらも新伍は微笑みを返す。一番美しくあればいいと思う。

「ほんと きれい。知っていたら 料理頑張ったのに。それよりも

どこか素敵な店でお祝いがよかったかな。ううん それは行こうよ。

来週 産休に入るから 新伍の都合のいい日に予約とって。

メイクは私がやってあげる。今日ほどきれいにはしてあげられないけど」

「女装で行くの?」 新伍は驚いて訊き返す。

「当然」と真菜穂は頷く。そして視線を浮かせ、夢想する。

その表情を見ているうちに、新伍もすごくいい提案であると思い始めた。

「楽しみだね」

「楽しみだわ」 そして箸をとる。「とりあえず今日はこれで」

「うん。美味しそうだ」

どちらかというと、新伍が洋食、真菜穂は和食が得意だった。

作り置きができる煮物と、野菜たっぷりの味噌汁に、

酢の物と魚を合わせる。味のバランスも栄養もいい。

「さっきはごめんなさい」 真菜穂が言った。

「え なに」

「感動して高ぶっちゃった。大げさに思えたでしょう」

「悪い意味じゃないことは分かったから」

「そうなんだけど。感謝とか もう言いっこなしと言っておきながら

どうしても言いたくなっちゃった。困らせた?」

「うん。単純に驚いてくれるだけと期待してたからさ」

「期待通りに驚かされたことにちょっと腹が立ったかな。

なんか 庸介にも腹が立ったみたい。

本気出せばここまでできるのかって。どうして本気出さなかったの。

でも庸介のその本気を引き出してくれたのは新伍なんだな。

そう思ったら 新伍と出会えたことに改めて運命を感じて」

数秒魚をほぐすことに集中し、語調を変え続けた。

「これまでの 高齢者向けの注文服や通販も 商売としてはいいのよ。

その点では稔さんに感謝しているの。けどね。

経済的に満たされると 次の欲が出るのよ。

これでいいの? 満足? ここで終わっていいの?

もっと個性を 創造性を もっと上があるんじゃない?

…自覚してなかったけど 庸介に苛ついてたみたいね」

新伍は意外そうに真菜穂を見た。




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