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二輪挿し  作者: 星鼠
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開きかかる扉

両手で裾を整えると、庸介は立ち上がった。

鏡の中に新伍を捉えて満足げに頷く。

「いかがですか」

新伍は口を開いたが、すぐには声は出なかった。

吸い込んだ息を呑み込んで、吐き出せないでいる。

稔もまた同様だった。

頭の中にある庸介のデザイン画を新伍に重ね、

それを確かめるこの瞬間が、待ち遠しかった。

しかし実現した今、感想も感慨もない。

沈黙を破ったのは結局、庸介だった。

「どこか 窮屈なところや 縫い代が当たるとか…」

「ありません」

「動いてみて。手を上げたり屈んだり 歩いたり」

新伍は言われたとおりに動いてみる。

確かめるというより、鏡の中の自分を愉しんでいるようだった。

「どこも。とても自由です。…ああ! このまま着て帰りたい」

「残念ながらそれは無理」 庸介は苦笑する。「できるだけ急ぎましょう。

次に来店できるのはいつかな それまでには」

「何なら 僕がお届けにあがります」 稔が言った。

庸介と新伍の目線を受け、稔はたじろいだが、気持ちは変わらない。

新伍は「いいんですか」と顔を輝かせ、しかし、一瞬沈黙した。

「いいえ。やはり受け取りに来ます。…お願いがあるんです」

庸介と稔は新伍をじっと見て先を促した。

「ここで着替えさせてもらえませんか。そのまま帰ります。

真菜穂…さんを驚かせたい」

「そいつはいい」 庸介が顔を輝かせる。

「それなら」 稔も咳き込んだ。「スタイリストを呼びましょう!

知人にいるんだ。メイクと ウイッグも見繕ってもらって…」

三人は少年のようにはしゃいだ。

まず稔がスタイリストの知人に連絡を入れ、

夕方以降なら都合をつけられると返事をもらい、

予定が合わせられる日を決めた。

翌日、稔は彼に会いに行くための半休をとることにした。

新伍は、ウイッグの買取を可能にして欲しいと頼んだ。

「こんなに幸せでいいんでしょうか」 新伍は両頬を押さえて言った。

目を閉じて顔を左右に振る姿は、少女のようで、

とても一児の父になる人には思えない。

尤もそんな現実は、三人の誰からも飛んでしまっていた。

感謝の言葉を繰り返しながら、新伍は帰っていった。

その後も、ふたりの興奮は冷めない。

「想像以上でした!」

「ああ! 我ながら たいしたもんだと思う。

モデルがよかったんだな。とても似合っていた。

着こなしのセンスもいいんだよな」

「なんというか いい素材ですよね。いろんな意味で。

意欲を掻き立てられる。なにより彼を喜ばせたいと思う気持ちが」

庸介は力強く頷いた。

「着る人を幸せにしたい という思いはとても大事だ。

服を作る原点とも言える。新伍くんの魅力の一番はそこかも知れない」

それから少し落とした声で言った。

「新伍くんが専属モデルになってくれたら って思うんだ」

「専属…モデル ですか」

「いや そんな大げさなものじゃないんだが。

手当も現物支給 ってことで交渉するつもりなんだ。

要は彼のために作った原型を色違いやサイズ違いで展開していく 

そのモデルになって欲しいと。

今 稔がスタイリストって言っただろ ウイッグって言っただろ

それで思いついたんだ」

一気にまくしたてる庸介に、稔は毒気を抜かれたように唖然とする。

「…だめか?」 何も言えないでいる稔に、庸介が上目遣いに訊いた。

「え いえ いいえ」 稔は慌てて言う。「いいと思いますよ。

今回の服もすごくよかった。とてもいい仕事だった。

庸介さんと新伍さんの潜在能力…魅力を引き出し合っているような。

僕だって これからもふたりの『合作』を見ていきたいし

自分の限界も引き上げられる気がしてる」

庸介を肯定しているつもりが、段々と己れの主張になっていった。

「是非 提案しましょう。この話が進むこと 僕も期待します」

そうか!と庸介は嬉しそうに頷きを繰り返した。

「それも 稔の協力があってこそだしな! お前の力は大きいよ。

そもそも稔の後押しがなければ動き出せなかったし

靴から攻めるって発想もよかった。あれで具体的に構想が立った。

そのうえ今回のスタイリストの紹介だろ…」

庸介はそこで言葉を切り、稔を見た。

「はい?」

「いい人脈持ってんな」

「……」

「靴工房の彼もそうだが 今度はスタイリスト。

どういう知り合い? 同級生… 中学校じゃない 高校…

稔自身も心得あるよな? 造形的な。そういうつながり?」

「…そう…言えば そう言えますね」

稔は曖昧に濁した。予備校で得た知己だった。

芸大受験のための予備校は説明に難しく、

自分の身の上にも深く関わることでもあったので、

適当にやり過ごしたかった。やり過ごせると、思った。

庸介なら、いつもの庸介なら、深追いはしない。

筈だった。だが。

「専門学校? 大学? 稔は今 何歳なんだ?」

稔は、激しく困惑した。どうして?

気まずい沈黙の後、庸介は漸く察した。

「いや」 泳がせた視線を手元に落とし「どうでも いいか」と言った。



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