アンティークとブロカント
土曜日、車で真菜穂の家に向かった。
真菜穂は戸建てにひとりで住んでいる。
郊外にあるそれは、ゆったりした敷地に建っていて、
家の前には既に軽自動車が停められていた。
若い女性好みの色と形だが、真菜穂には似合わない。
庸介もそう感じたらしく「買ったなんて 聞いてないぞ」と呟いた。
「来客……やっぱり どなたかの紹介でしょうか」 稔が言う。
「まなの友人だったら 同世代だろう」
「マナ?」
「あ や 真菜穂だから 単に」
稔に鋭く訊き返され、庸介はしどもどと答える。
「ああ……」 庸介が妹をそう呼ぶのを初めて聞いた。
尤も、彼女が話題に出ることは殆どない。
「だとすると 俺の服を欲しがるかなあ……」
車から降り立ち建物を見上げる。稔も同じ動作をした。
一見で注文住宅と分かる。
「独身の一人暮らしとは思えんだろ」
「すごいですね」
「土地は母親からの相続だけど 上物は自力だからな。
それだけでも結構な額だろう」
「……母親?」
「まな……ほ 妹の」
「え?」
「あ あ そうか。俺たち血の繋がりはないんだ。連れ子同士。
両親は事故でほぼ同時に亡くなって 俺は父親から今の店を
真菜穂は母親からここの土地を 相続した。動産はふたりで分けたけど
頭金の足しにしかならない。俺の方は改装に消えた」
一度に情報が流れ込んできて、稔は混乱する。そこまで立ち入る気はなかった。
知る必要もないことだと思っていたが、
庸介と真菜穂が実の兄妹でないという事実は、稔に重く響いた。
「似てないだろ?」
「え ええ」
「けど不思議なことに まなの母親と俺 俺の父とまなは似てるんだ。
家族になってから 似て来た。猫が飼い主に似るという あれかな」
門扉はないが、門代わりの短い壁があってインターホンがついている。
庸介が押すと鍵の開く音が、玄関の方から聞こえた。
応答の手間を省いて真菜穂が解錠したのだろう。
短いアプローチを通って扉の前に立つ。
庸介がなんとなく稔を見る。敵陣に乗り込む前の意思疎通のように。
稔も頷き返す。同じ気合で。
取っ手を握る寸前に扉が内側から開いた。
真菜穂が隙間から顔を覗かせ「何 やってるの」と言った。
そして身を退き、ふたりを迎え入れる。
土間に稔と庸介が並んで立った時には、ホールで腕組みをしていた。
身長差で目の位置はさほど変わらなかったが、見下ろされている気がして、
稔は足元に視線を落とした。男物の靴?
真菜穂のものとは到底思えない大きさの靴がそこにあった。
「上がってちょうだい」 二足揃えたスリッパをつま先で示す。
まず庸介が、続いて稔が上がる。
リビングに続くドアに真菜穂の姿が消えた。
追いかけた二人を迎えたのは、若い男性だった。
「えっと」 庸介が真菜穂を見る。
「新伍」
「え?」
「新伍です。初めまして」 男性が頭を下げた。
「えっと」
「入籍したので苗字は私と同じ。つまり にいさんとも同じ」
「え?」
真菜穂が鼻を鳴らす。「さっきからそればっか」
「えっと」
「すいません」 見かねて新伍が言う。
「あなたが謝ることじゃあ ない」 真菜穂が遮る。「座って」
稔と庸介はソファに、新伍は背後の椅子に腰を下ろした。
「先に話を する?」 真菜穂が一座に訊く。
「そうだね」 庸介は喉の詰まった声で言う。お茶で潤したいところだろう。
しかし説明を聞かないことには、場が理解できない。
稔は考える。服の注文は口実か? 寝耳に水の婚姻を報告するための。
でもそれでは稔が呼ばれた意味が分からない。
「まだ新しい名刺が出来ていませんので」
新伍が名刺大のカードをふたりに差し出した。
ショップカード? 文字に目を走らせた。
店名は、凝り過ぎた横文字で判別が難しい。添えられた文を読む。
「ブロカント……」 庸介が呟いた。
「アンティークではなく?」 稔は新伍に尋ねた。
新伍は稔の目をじっと見て「日本ではほぼ同義で使いますが」と言った。
そして、『アンティーク』の方が通りがよい。だが。
「敢えて 避けたのです。僕には全く別物だから」
「ああ……」 稔は曖昧に頷き、改めてカードを見る。
庸介が稔の方を窺った。会話が見えなかったのだ。
稔は直接には応えず、新伍に向かって言った。
「ブロカントのもつ生活感や優しさを前面に出したい?」
新伍の眼差しが、稔を受け止め頷いた。
庸介が肘で稔を突く。
「あ ああ どちらも古物という意味で 日本ではあまり区別されてません。
アンティークが時代や背景のある骨董品であるのに対し
ブロカントは一時代前の まあ 生活用品といいますか」
稔の説明を新伍が引き取った。
「古色はあるんですが 生活臭もある。僕はそこが好きなんです。
アンティークのような重厚感がなく しっくりと空間に溶け込む。
気負いなく日常的に使用できる。物を通して人が見えて来る。何より……」
新伍はそこで口を噤んだ。語り過ぎたと思ったのだろう。
本題に戻ろうと、真菜穂の方を見た。