性格
3足目の部屋履きを届けに行き、
稔は疑惑を確信に変え、それでも言い倦んでいたが、
気持ちが決まる前に口は開いていた。
それを聞いた庸介の反応は間の抜けた声だった。
「へ?」
「おめでた かと」
「誰が」
「真菜穂さんの他にいますか」
「当人が言ったのか」
「いいえ」
「なんで分かった」
「義姉の当時と似ているので」
「確かか」
「ほぼ」
庸介は押し黙る。
稔は視界の端で庸介の表情を窺った。
呆然としていた彼は、やがて事実を完全に把握したか、
顔面を崩壊させた。俗に言う「にやけた」顔である。
と、思うと、今度はいきなり渋面を作る。
しかしそれは長くは続かず、何かに気づいた風に上体を立て、
すぐに背中を丸めた。
「なんの百面相ですか」
「…いや」
言い淀み、年寄めいた仕草で口をもごつかせた後、言った。
「そういえば血縁じゃないんだな と。
生まれてくる子と俺は 他人で
だからマナは教えてくれなかったのかな って」
稔は肩を竦めた。
「誰に似るか は問題じゃないんですか」
稔に見透かされていたことを、だが庸介は驚かない。
「新伍くんに似ると思うか?」
「どちらに似ても可愛いお子さんが生まれると思いますが」
分かってるだろという顔でため息をつく。「性格だよ」
「性質は変えられないけれど 性格は成長過程で形成されます。
生まれつきはどちらかに偏っていても 夫婦で子育てするんです。
新伍さんの愛情に育まれれば 角もとれます。
庸介さんが関わってもいいんですよ。
どんな風に育つか 愉しみじゃないですか」
庸介は手を止め、稔を見る。
「なんです?」
「稔って どんな子どもだった?」
「なにをいきなり」
「いきなりでもない。性格の話だろ。
稔の性格はどういう過程で形成されたのか 気になる」
「っても…」
稔は頭を忙しく記憶を手繰る。そして篩い分ける。
「どうということもない… 敢えて言うなら内気 な男児でしたよ。
上に兄が3人もいて 親は末の妹に夢中でしたし。影の薄い子だった。
妹とは一歳違いでしたから 末っ子でいられた間の記憶もない」
兄たちは両親と共に末妹を可愛がりつつも、鬱屈を末弟の稔に向けた。
その立場に慣れてしまったのが原因だったか、
常に同性の悪意に晒されるようになってしまった。
結果今の性格が形成されたとするならば。
この性格?
敵意をかわすために立ち回る器用さ?
そのためなら身を売ることすら厭わぬ倫理観…
「どんな性格ですかね あなたが言う僕のそれは」
思わず攻撃的な口調が出ていた。
気づいた時には遅い。稔は気まずく黙り込んだ。
だが庸介は
「それを言われるとなあ」と笑った。「分かってないよなあ」
そして、じっと稔を見る。
彼らしからぬ、相手を見透かすような目。
いや? それは注文主の要求をくみ取る時の眼差しか。
受け止めたことはない稔は、思わず構えた。
「意外と『攻め』なんじゃない?」
「……は?」 声がうわずる。
「受け身で相手の出方を誘っているようだけど
本質的には攻め体質なんじゃないの?」
「な…何を」
「本当はもっと攻めたいのに なんでかな 自分を抑えている。
能ある鷹 とも違うなあ… 目立ちたくない? 知られたくない?
だから受動的に見られがちなんだけど
好戦的じゃなきゃ 戦略はたてられないと思う んだ。
けど それを自分のためには実行しない んだな…?
どうして? 俺のためにしてくれたことを自分のためにすれば
俺のところに世話になる必要もないのに?
自分にそれが相応しくない?とでも思っている?ような?」
「そんな ? だらけのことよりも」
徐々に核心に近づく庸介を、稔は遮った。
「そんな?」
「真菜穂さんのこと です。どうなさいます」
「と言われてもな」
庸介は稔にあてた視線を外し
「本人から言われないことには」と気弱く言った。
「さりげなく切り出した方が 逆に気まずくないんじゃないかと」
「かな」
頷く。
「でも そういう意味では結局は俺 他人だし」
「喜んだじゃないですか。その気持ちだけでいいんじゃないですか。
血縁とか 血の繋がりとか 意味ないですよ」
「意味 ない?」
「実の親でも祖父母でも 必ずしも出産を祝うわけではない。
それに『祝う』って他人事ですよね。庸介さんは喜びましたよね。
ご自分が嬉しいんでしょ? 何よりですよ」
稔は、熱を入れ過ぎたと後悔したが、
庸介は別の意味で受け止めたようだった。
欲しかったものを与えられた顔で笑い、照れ隠しに笑った。
「まあ…それに 俺しかいないもんな。俺が一番の身内だしな。
誰に似ようと 子どもが生まれるのはめでたいことだし。
お祝いは何がいい? みたいな訊き方でいいか?」
「何を言うかよりも 口調の方が大切ですね。
ああ 予定日が一番大事かな。それまでに服を完成させたいです」
「そうか! その切り口なら自然だな」
庸介はデザイン画に最後の線を入れたようだった。