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二輪挿し  作者: 星鼠
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自由であること自分であること

真菜穂が用意したベビー服は、黄色と白と、時々淡い緑。

医師に訊かなくても、エコー写真に目を凝らせば性別は分かりそうな気がするが、

真菜穂は知ろうとしない。名前はと問うと、両方考えてあると答える。

「でも顔を見て気が変わるかも知れない。

予定日が月初めだから生まれ月も変わるかも知れない。直感が大事よね」

「そういうもの?」

「知らない」

もともと女友達は少ない。仕事に熱中するようになってますます遠のいた。

彼女らに自分の妊娠をこちらから告げるつもりはなく、

経験者がいたとしても情報は集まらない。

集める気もない。知った分だけ視界が狭くなる。

「そういうもの?」

「知りたくないのかもね」

ベビー用品は自分がいいと思ったものを買う。欲しいと思ったものを。

自分で決めたことならば後悔はしない。間違ったとしても。

だって自分が自分であるがゆえの間違いだもの。仕方ないじゃない。

そうだ。自分ゆえに誤ったのなら、諦められる。納得できる。

「今は不幸な時代ね。知る手段が目の前にある。知らないでいることが愚かみたいな。

誰だって損はしたくない。それは分かる。分かるけれど 知らないから楽しい。

知らないから生きていける。そういうことだってあるじゃない。

女の子と知らずに青を買っても 男の子と知らずピンクで揃えてしまっても

それはそれでいいじゃない。評判の悪い商品を掴んでしまってもいいじゃない。

工夫する機会が得られる。そうして自分だけのものを手に入れる。

育児本なんて信じない。私の子は私の子。

私が間違えても それは仕方ない。私の子に生まれたんだもの。

でもそれが個性よ。その子の個性になる。それが私の子」

真菜穂は新伍を見る。「だから 私は知りたくない」

「いいね」 同意を求められてはいないことは分かっていた。

だが新伍は胸に広がる安らぎに全身を浸しながら頷いた。

ああ。真菜穂が好きだ。とても好ましい。

恋愛感情は移りゆくものだけれど、この気持ちは変わらない。

伴侶を一生、一分一秒愛しく思えるということは、

どんなにか幸せなことだろう…

「何を笑っているの」

気づくと、真菜穂が覗き込んでいた。

「幸せだなって」

「何が? ガラスの靴を待つこと?」

「ガラスの靴なら 多分もう手に入れているよ」

新伍は真菜穂の腰に手を回した。

回しておいて、驚いた。そっと窺うように真菜穂の目を見る。

更に驚いたことに、真菜穂は自ら身体を新伍に預けて来た。

これまでにない、身体の接近。初めて感じる、真菜穂の体温。

「不思議ね。不思議だわね」

「そうかな」

「何が不思議かも分からないくせに」

「そうかな」

新伍は真菜穂の髪を撫でたくなった。しかしそれより早く、

真菜穂の方が新伍の髪に指を挿し入れて来た。

「落ち着く」

「よかった」

「胎教によさそう…」

「役に立ててる?」

「とても」

「どうしようもないほどに幸福だ。どうしよう」

「私は少し不幸」 真菜穂は身体を離した。「お腹がすいたわ」

「では」と新伍は立ち上がる。そしてキッチンに向かう。


丁寧にセッティングをした。そんな気分だった。

真菜穂が席に着く。優雅に。

スープを飲んで「美味しい」と言う。

「新伍の女装願望は」

「はい?」 突然の話題に新伍は戸惑う。

「きれいになるための手段?」

勿論。でもそれは二義的なものだ。

庸介の前で恥ずかしくない姿になりたい。

だが、まず先に「女装」があった。

「男である ことからの解放 だよ」

「女に比べてよほどに自由だと思うけど」

真菜穂に言わせればパンプスも下着も窮屈なだけなのだそうだが、

新伍にとってはそれこそがアイテムである。

「性差は狭くなってはいるけれど それでも男らしさは求められる。

女らしさを問うことは ハラスメントとさえ言われるのにね。

女性はスカートもズボンも 選べる。男装に近いことだって

ファッションとして簡単に受け入れられる。髪型もそうだ」

「そうでもないでしょう。男性用化粧品だって珍しくない。

理髪店じゃなく美容院に行く。男らしさより中性っぽさがもてはやされる。

男であることが 女であること以上に不自由だなんて思わない」

「女らしく ってお母さんに言われたことは?」

真菜穂は宙を見る。「ない かな」

新伍は肩を竦めた。それが会話の結論である。

父に兄に。最後には母に。勿論教師に同級生に。

『男らしくない』『男のくせに』

乱暴な女子には「活発」という形容詞が用意されるのに、

大人しい男子には肯定的な言葉は与えられない。

自分の中にある女性を表現することに、多大な勇気を必要とする。

「僕が僕自身であることを否定されたくない。否定したくない。

真菜穂は 言ってくれた。自分で自分を否定しなくてもいいと。

僕はもう自分を男性の枠に押し込めるのはやめる。

女装するというのは そういうことなんだ。ありのままの僕だ。

結果きれいになれたら嬉しいけれど それが目的じゃない」

「なれるわ」

真菜穂は両手で新伍の手を取った。



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