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二輪挿し  作者: 星鼠
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稔の処世術

新伍の店を出て、車に乗り込む。

稔はハンドルを切りながら、助手席の庸介を窺った。

店内を見て回った後、新伍が淹れてくれた紅茶を飲み、

手作りだというジンジャークッキーを摘まんだ。

庸介は新伍にいくつか質問をした。

そのどれが、真菜穂の兄としてで、どこからが仕立屋としてなのか。

曖昧な境界の中で、稔もどちらともつかない視点で新伍の話を聞いていた。

新伍には兄が四人いる。稔にも兄がいる。三人。妹もいるとはいえ、

男兄弟の中での末っ子という立ち位置は同じ。

新伍に感じるシンパシーめいた感情はそのせいかと改めて思う。

兄がいない庸介は兄弟仲や年齢差などを訊いている。

新伍は丁寧に応えているが、その丁寧さの中に慎重さを感じる。

言いたくないことを抱えている。当たり前だ。稔だってそうだった。

兄たちとの関係など訊かれたくない。特に庸介には。

庸介は、遠慮や引け目はあっても真菜穂を愛しく思っている。

なさぬ仲の義妹を、大切に思っている。

亡き両親に対しても、負の感情など抱いていないだろう。

そんな庸介に、肉親との確執を伝えたくはない。

自分のためというよりも、庸介の世界観を壊さないために。

でも。

稔は思う。そういった影の部分なしに、新伍の装いは完成しない。

葛藤に傷つき、その傷ゆえに輝きを増した原石を、優しく包み込む、

そんな服を稔は新伍に着せたいと思う。

「僕も」 デザイン画を描いてみていいですか。

「うん?」 思索から抜け出せない声で、庸介が訊き返した。

「いえ」 稔はハンドルを握り直す。「なんでも ありません」

「なんだ 着てみたいとか?」

「は?」

「婦人服 着てみたい?」

「まさか」 苦笑する。

「変身願望と考えれば それほど突飛なことでもないんだよな」

「庸介さんも?」

「いや 俺は己れを弁えてる。新伍……くん なら似合っても」

「ですね」

あの店に行ってよかった。店内に境界がない。

そこにいると、現実世界の輪郭が曖昧に感じられる。不思議な空間だ。

「何か 掴みました?」

「雲を掴むような話 の 雲が綿あめに替わった かな」

庸介らしからぬ、比喩。稔は彼が新伍のために動き始めていることを察する。

「明日」 稔は言った。「靴工房 覗いてきます」

「うん」

「靴が完成しないことには 始まりませんものね」

「頼むよ」

林田に会うのは気が進まないけれど、庸介の笑顔をやる気を引き出せるのであれば、

数時間の不快も我慢できる。そしてそれは稔にとっても必要な時間ではある。

性質や体質は生まれつきの因果だろうが、その対策は己れで選んだものだ。

だから、境遇を恨むつもりはないけれど。

溜め息ぐらいは許される。稔はそれは魂の深呼吸だと言い訳する。

男に身を任して世を渡っていくことへの抵抗はもはや、ない。

今更だ。ずっとそうしてきたのだし、他の道があるとも思えない。

男たちが自分に向ける敵対心をかわすには、それが一番の方法なのだ。

その攻撃性を、性的なものに転換させ、受け止める。

精神的にも肉体的にも受け身ではあるが、防御は最大の攻撃だ。

物心ついた時から、なぜか同性に嫌われる。一方的に叩かれる。

思春期までは逃げていればなんとかなったが、暴力は肥大し悪質化していく。

どう立ち回っても、男たちは彼を赦してくれない。

理由が分からないから、対処のしようがない。

おそらく本能的なものなのだろう。稔という存在そのものが容認できない。

排斥するまで落ち着かない。ならば。

彼らに思う存分にマウンティングさせ満足させてやればいい。

暴力を性交で昇華させる。男たちの征服欲はそれで満たされる。

受け容れてしまえば、それ以上に傷つくことはない。そのうえ、利用もできる。

行為は稔の抑圧も解消する。男だから。発散は必須でもある。

「負担?」

突然の庸介の言葉に、稔は両肩を竦ませた。

「えっ」

「いや ……甘えすぎかなって」

「全然。そんな顔してました? 林田は もとからの知人だし。

新伍さんの仕事は 僕も楽しんでます。庸介さんの作品も楽しみにしてます。

自分にできることなら何でも 喜んで引き受けますよ」

庸介は唇をすぼませたり噛んだりした後に「ありがと」と言った。

「仕事です」 稔は返した。

「うん」

「クッキー 美味しかったですね」

「あ?」

「新伍さんが焼いたっていう…… お茶も丁寧に淹れられていて

あれは 自家製ブレンドですね。気候とかに合わせて変えるんでしょう。

カップが庸介さんと僕とで違って 新伍さんのイメージなのかな」

「よく見てるなあ。クッキーは うん 旨かった。

料理もすると言ってた。真菜穂が惚れたのはそこかな やっぱ」

「新伍さんのような男性は 女性を癒すんですよ。それが一番でしょう」

その面影を思い浮かべながら稔は言った。女性だけではない。

新伍は決して自分のように攻撃性の標的にされることは、ないだろう。




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