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二輪挿し  作者: 星鼠
11/51

新伍と稔

「本当に よいところを紹介して頂いて」

新伍は心を込めて言った。

朝のうちに漂っていた不安はきれいに消えていた。

真菜穂の提案にのると決めてから迷うことはやめたけれど、

大船に乗るまでにはいかなかった。

人見知りが全くないわけでもない。

特に同性相手には、初対面の緊張はどうしようもなかった。

だが、担当の林田という男は相手を寛がせるのが巧みだった。

希望をほぼすべて、自分で思ってもいなかったことも含めて、

伝えることが出来た。

「喜んで頂けたなら なによりです。服の仕上がりにも関わることですし」

稔は助手席側に立っていた。

新伍が乗り込むのを待って、丁寧に閉め、運転席側に回った。

稔が座席に収まり、シートベルトを引き出すと、

新伍は「ふふ」と笑った。そして稔の方を見た。

稔は初めてそこで、自分の行為の意味するところに気づいたようだった。

「すいません」

「謝ることじゃないでしょう」

「八頭司さん ……新伍さん で いいですか」

「庸介さんも八頭司さんですからね。僕も名前の方がしっくりきます」

「……新伍さんがどういう意識で女装を望まれるのか 分かっていないのに

女性扱い してしまいました。

不快に感じさせてしまったなら申し訳なかったかなと。

何と言っても 新伍さんは妻帯者でいらっしゃる」

新伍は乾いた息を吐きながら首を振った。

「くすぐったかっただけです。稔さん いい男だし」

稔はエンジンをかけ、サイドブレーキを降ろした。

「なんですか それは」

「眼鏡 ……伊達でしょう?」

指の先で黒いフレームに触れた。「軽い乱視が」

それ以上は追及せず、新伍は言った。

「女性になりたい わけじゃない と思う。

女性になったからと言って 解放されるわけじゃないんだ」

稔は唇を動かしただけで、何も言わなかった。

「好きなだけ。やわらかなものやきれいなもの……

きらきら光るものや 何かやさしいもの 触れていたかった。

そうだ。布地のことでひとつ。肌触りがいい天然素材を希望します」

「伝えておきます。大事なことですね。

何でも浮かんだことがありましたら メールでもなんでも連絡してください。

ああ それと」

稔は庸介の、新伍の店の訪問について話した。

新伍は「いつでも」と応えた。「お願い致します」


きっかけがあったら、お茶にでも誘うつもりだった。

だが思いもかけず靴工房でご馳走になり、それがまた大層に美味しく、

林田を交えてとはいえ稔とも想定以上に会話が進んだので、

今日はこのまま別れた方が気持ちよく終われる気がした。

「ご自宅にお戻りですか」 稔が訊いた。

「いえ 入荷商品の確認をしたいので 店に行くつもりです」

「このまま送りましょう。その先で私用があります」

新伍が辞退しようとするのを、店の場所を見ておきたいと稔は遮った。

それ以上固辞するのも失礼である。新伍は甘えることにし道案内をする。

「ああ この界隈」 店周辺に差し掛かると稔は頷いた。

住所や地図からだけでは分からない、雰囲気。

表通りに面してはいるけれど、ざわついた感じはない。

古い建物が多いせいか郷愁的であるが、

それを寂しく感じさせない程度の、適宜な往来。

ブロカントの店にはよく合っている。

「少し分かりづらいんですが 裏に駐車場があります」

意外だった。

「聞いておいてよかった。その細い道を?」

通り抜けると、奥は広かった。

店の名前が記されたプレートが三枚。車はその一区画に滑り込んだ。

「ありがとうございます」 新伍はシートベルトを外した。

外を窺い、稔を振り返る。稔は「今日はここで」と首を振った。

「僕が先に伺うというのは 違う気がします。庸介さんと一緒に来ますよ。

場所と駐車場を確認できてよかったです。また改めて」

「何から何まで 本当にありがとう」 ドアに掛けた手を一度外した。

肩で息をして稔を見る。「道を曲がると 思いもかけない場所に出る。

そういう経験です。まっすぐ前を見ることしか 許されないと思っていました」

「僕もですよ。僕は庸介さんに 新伍さんは真菜穂さんに 出会った。

そういうことじゃないでしょうか。僕たちの出会いも いいものにしたいですね」

素直に頷きたかった。だがその動きはぎこちなく終わってしまった。

稔が口にした庸介の名前。新伍は稔と庸介の馴れ初めを訊きたいと思った。

まだ早い。焦って立ち入っていい領域ではない。

庸介は、妹の真菜穂にも詳細は話していないらしく、

彼女から得られる情報は皆無に等しい。どころか、

ふたりの現在の関係も、新伍は把握していない。庸介の本当の姿さえも。

真菜穂の手引きで、遠くから庸介の仕事ぶりを見たことはある。

「すっかり中年になってて 幻滅するから」という彼女の勧めで。

だが新伍が惹かれたのは庸介の容姿ではない。

記憶の中の彼と違わぬと確かめて、新伍は真菜穂の提案を受け入れることに決めた。

実際には、それ以前に決めてはいたのだけれど。



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