ちょちょぷりあん2
「全方位、警戒」
敵兵士が蔓延っているであろう深い森の中、俺たちは各々の役割を分担しながらこの道なき道を慎重に、しかし迅速に進む。
俺達の小隊は6人。
『小隊』と言っておきながら『一班』に過ぎない人数なのには理由がある。
我が軍の中でも選りすぐりのエリートが揃った速攻重視の実行部隊。この6人だけで小隊どころか時として中隊にも劣らない戦果を今まで上げてきた。
それ故に並みの兵士では俺たちの動きにはついてこれない、なるべくしてなった少数精鋭部隊なのだ。
基本装備としてメンバー全員が短銃と肉厚のナイフを持っているが、それらとは別に前衛の圭司と康彦は大盾を構えている。
この入り組んだ森の中でこんな大道具を抱えてスムーズに走り、とっさの際に使いこなせるのもコイツらくらいだろう。
中衛の俺と明美は長銃を携帯。
俺は長年の経験と生まれ持った視力聴覚で、明美は野生動物のような勘の良さで、常人には発見できない異常をいち早く発見し先手をとって対処する。
後衛の隆一と美佐子はちょちょぷりあんを抱えている。
この二人にかかれば如何なる場面でもちょちょぷりあんを愛で続ける事が出来る。
俺も実戦経験の長さと、視覚聴覚が優れているという一種の才能を持っているからこの隊の隊長を任されてはいるが、ハッキリ言ってこの化け物共をまとめなければいけない立場にあると考えると薄ら寒い。
ふと、右斜め前方で金属音のような音が聞こえた気がした。
「全員止まれ」
その言葉と共に全員が動きを止めた。
俺はすかさず長銃を構え、照準器を通して物音がした方向を観察する。
──いる。
銃を装備し射程内に俺達が入るのをじっと待っている敵兵士が。
確認できる限りで数は二人。
チラリと横を見ると、明美がすでに一方を長銃で狙いを定めていた。
二発の銃声が同時に響く。
スコープ越しに二人の敵兵士の崩れ落ちる様子が目に入った。
認識できた脅威を排除した俺はメンバーの様子を確認した。
圭司と康彦は俺達が発砲した方向に大盾を構えている。
隆一と美佐子は目もくれずにちょちょぷりあんを可愛がっている。
皆、俺の意思を汲み取りそれぞれの役割をしっかりとこなしてくれているようだ。
俺はふう、と一息をついた。
────その瞬間、左方向から黒い影が襲来した!
影は注意を逆方向に逸らしてしまった圭司に襲い掛かる。
「ぐがッ……!」
圭司は一声あげるとその場で崩れ落ちた。
影の正体が何なのかすぐにわかった。
黒ずくめの敵兵士。
その手にはやはり黒塗りの刃を携えて。
俺としたことがなんてことだ。
完全に息をひそめた敵兵士がこんなに近くまで接近していたのか。
近年、俺の舞台の部軍は敵国にも知れ渡っている。
敵も多大な犠牲を払った代償に、俺たち六人への対抗策を編み出したというのか!
先頭の黒ずくめを皮切りに、同方向から数人の敵がなだれ込んできた。
すぐに康彦がそちらに向き直り大盾で対抗する。
が、元々は圭司との二人の連携で無敵の防御力を発揮していたのがこの部隊の防衛戦術。
先手をうたれ崩されたのならば、長くは持たない。
────くそっ、どうする!?
考えろ! 考えろ!
全体を視て指揮する俺は前衛は出れない!
明美はあくまで奇襲する側、前線には向かない。
隆一か美佐子を前衛に送るか? いや、いくらこの二人とはいえ一人でちょちょぷりあんを愛できる事は無理だ。
いや、違うな。
この事態を招いたのは指揮する俺の責任。
そんな俺がこの状態で指揮するために前衛に出れない? この刹那の時間にいちいち一人一人に指示をする? バカバカしい。
それよりなにより、俺の仲間たちがこの程度の事でうろたえるものか! 俺が行動すれば必ずこいつ等は俺の意思を瞬時に読み取り最善の行動をとってくれる!────
そこまでおそらく一瞬ほどで思考し、俺は前線に躍り出た。
圭司達のような大盾を自在に操る能力はないが、それでも長年培ってきた白兵戦の技術は健在だ。俺が部隊を必ず守る!
改めて状況確認。覚悟を決めてしまえば周りがよく視える。
敵は4人。やはり俺達に悟られないほどの隠密行動をとれるのであれば少数だよな。
康彦と交戦している一人にナイフを投げつけヘッドショットを成功させる。
敵が一瞬動揺した。
その隙を逃さず、康彦がもう一人に大盾突撃をかまし体制を崩させ、俺は腰のナイフを右手で抜き去り、一瞬で間合いを詰め更に一人の左胸を刺突した。
兵士は断末魔をあげ暇もなく一度だけ痙攣をおこし、この暗く深い森の地面がまた少し赤黒く染まった。
これで残りは一人。
きっと明美が銃で狙撃してくれるだろう。
────と思った時、俺の横を明美が通り過ぎた。
なぜ明美が前衛に?
いや、明美の近接戦闘力も決して低くはない。
怯んでいる相手ならば仕留められるだろう。
────が、しかし、そんな時、俺の目はとんでもないものを捉えてしまった。
康彦が馬乗りになって押さえている敵兵士。
やつが手首辺りに忍ばせておいた超小型銃を取り出し、明美に向かって構えていたのだ。
次の瞬間、色々な事が起こった。
残りの立っていた敵兵士は明美によって斬り伏せられた。
美佐子のちょちょぷりあんを撫でる手が逆手に変わった。
超小型銃に気づいた康彦がそれを抑えようと動いた。
だが間に合わない。
俺は、瞬時に明美の前に躍り出た。
────発砲音。
漆黒の銃口が閃光を放ち、
放たれた凶弾は俺の左胸を直撃した。
「隊長おぉぉッッ!!!!」
────誰かの声が響く中、
────俺の足はよろめき、
────その身体はゆっくりと後方へ倒れこみ、
「なんてなっ!」
少し踏ん張ってその場で耐えた。
「「「ええぇ!?」」」
場の全員が驚愕の声をあげる中で、その疑問に答えるかのように俺の左胸からにゅるりと姿を現したのは──
「こんな事もあろうかと、一匹懐に入れておいて正解だったぜ」
「ちょちょぷりり~!」
──鳴き声と共にどこか誇らしげに戦闘服から零れ落ちていくちょちょぷりあん!
皆が硬直し続ける中、俺は引き金を引き、康彦が抑えている残った一人の脳天を打ち抜いた。
「圭司! しっかりしろ!」
敵を殲滅した後、すこし離れたところで隆一の声が響く。
そちらを向くと、ちょちょぷりあん片手に圭司に声をかける隆一の姿が目に入る。
────だが、一目見ればわかる。
圭司は最初の一撃で、すでに絶命していた。
この精鋭部隊の中で死者を出してしまった。
そして一歩間違えれば更にもう一人死んでいただろう。
「なぜ前線に出てきたんだ! 明美! 自分の役割を忘れたかッ!」
俺は明美を怒鳴りつけた。
あの場は明美が後方支援をしていれば何とでもなった。
しかし場合によっては俺か明美のどちらかが死んでいただろう。
そんな事は、明美が一番わかっているはずなのに……
「……」
「た、隊長……」
「ちょぷり~……」
「ぷりぷりん、あぁ~ん……」
皆が心配そうな声を上げる中、明美は重たい口を開いた。
「だって……そうしないと隊長が……死んでしまうかな……って……」
その言葉を聞いてハッとする。
あの場は康彦一人では持ちこたえられなかっただろう。
隆一と美佐子はちょちょぷりあんから離れられない。
で、あれば残りは俺か明美が圭司の穴を埋めるしかない。
俺はその中で明美を選択肢から瞬時に省き、懐にちょちょぷりあんを入れている俺が前に出たが、明美からすればそれはわからない。明美もまたあの瞬間に俺を選択肢から省き、自身が前衛に躍り出たのだろう。
互いが全体を想い、それ故に俺はわりと打算的に、明美は完全な自己犠牲の精神で行動を映していたのだ。
「……すまない」
俺は、圭司を犠牲にしてしまい、決して間違った判断はしていない明美に対して、八つ当たりをしてしまったようだ。
「うぅん…… ごめんなさい……隊長の意思に反した行動をしてしまって……」
俺たちは圭司をその場で寝かせ任務を続行。
任務を終えてから圭司の遺体を回収し、故郷に返し、弔った。
この仕事をしていればこんなことも、当然ある。
その場その時その瞬間、正しい選択を100%完璧に下せる人間なんていやしない。
俺も圭司も康彦も、
明美も隆一も美佐子も、
全員が全員、自分が思う最善の行動をとったのだ。
……俺はこれからもずっとそうやって生きていくのだろうか。
あれから2年後、俺は明美と一緒にソファーでくつろいでいた。
今、明美のお腹の中には新たな生命が宿っている。
そんな中、家のベルが鳴った。
やってきたのはかつての戦友たち、康彦、隆一、美佐子の3人だった。
「よぉ~隊長! そしてご婦人、元気かい?」
康彦が軽口を叩きつつケーキの入った箱を俺に渡してくる。
「隊長はやめろよ、もうとっくに引退したんだ」
「俺達からはいつまでも永遠の隊長ですけどね。あの時は、隊長と明美さんがご結婚するとは露にも思っていなかった」
「ちょぷりあ~」
隆一もちょちょぷりあんを抱きかかえながら、真顔でそんな事を口にしてきた。
「私は貴方達が結婚する関係だなんて知らなかったわよ」
俺の隣で明美がニシシと笑いながら隆一に言葉を投げかけた。
言われた隆一は「ははは」と笑い、その隣で美佐子はちょちょぶりあんをより強く抱きしめながら、
「ちょぷっ」
下を向きながら顔を赤くさせた。
「かぁ~! そういえば! この中で独り身はもう俺だけかよ!」
康彦がわざとらしく頭を搔き大声をあげる。
俺はフフと笑い、この中の誰もが把握している事をわざわざ口にした。
「康彦、お前は器用も良くて引っ張りだこだろう。俺達を羨むなら女癖の悪さを直して、さっさと人生のパートナーを一人に絞るんだな」
「たいちょ~! それは言わないお約束っしょ!」
その言葉を皮切りに、俺たちは笑いあった。
色々あったが、本当にいい部下に、いい仲間に巡り合えたものだ。
ひとしきり笑い合った後、康彦が一瞬隆一と美佐子に目配せをし、二人の眼の色も少し落ち着いた色に変わった。
「隊長、実はずっと聞きたかったことがありまして……」
その言葉に俺と明美も少しだけ顔を合わせ、返事を返す。
「ああ、俺達もだよ」
そしてその1秒後、俺達5人は同時に口を開いた。
「「「「「ちょちょぷりあんて、なに?」」」」」
「面白かった!」「感動した!」「ぷりぷりん、あぁ~ん……」と思っていただけた方は下の☆☆☆☆☆を押して評価して頂けるとちょちょぷりあんが喜びます!