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ポンニチ怪談

ポンニチ怪談 その44 カウントダウン

作者: 天城冴

ウイルスの蔓延と政治の失策で国民の多数が苦しむニホン国では政治家や財界人が謎の死を遂げるという事件が多発。額の数字がゼロになった日に死ぬという法則性があり、怯える彼らをあざける庶民。貧乏学生ルンカも、その一人だが、彼女には別の事情もあった…

『ね、年末年始恒例の、か、カウントダウンがはじまりました』

起き抜けにテレビをつけると、アナウンサーの震えた声が耳に入ってきた。

冬休みの最初の日、すっかり寝坊してしまった。幸か不幸かバイトは年明けまでいれていない。帰省する実家もないので、このボロアパートで年越しだ。もっとも寝起きする家があるだけマシかもしれない。

つけっぱなしのテレビの画面は歳末の炊き出し現場を映し出している。簡易テントの下で、マスクをしながら野党の議員が椀に汁をよそっている。その後ろでは別の党の書記長だかが、ヨレヨレで羽が飛び出たダウンジャケットを着た男性の健康相談にのっているらしい。

「あー、年越し困窮者向けの炊き出しか。暇だし手伝いとかしたほうがいいのかな。でも、昨日までマジでバイトがきつかったからなあ。今日は勘弁」

 長引く不況に新型肺炎ウイルスの猛威で、ニホンは大打撃を受けた。利権大事の世襲議員と儲けしか考えない財界の連中、それにこびへつらうマスコミや芸能人しかいないこの国ではマトモな対策がうてず、患者、死者は増え続け、経済は大打撃。当然、私のようなバイトで食いつなぐ貧乏学生もどきにも影響は出た。イベント業界で華々しく活躍してた大学のOBも、会社がつぶれてホームレスなんて話もちらほら聞くし。それに

ルール―ルル

スマホが不意に鳴る。

“もしもし、ルンカ?”

ケンコからだった。

“あ、ケンコ、無事に実家についたの?”

“う、うん、ありがとうルンカ、帰るお金貸してくれて”

“いいって、たまたま金がはいっただけだから。それにさ、大学辞めたんでしょ。もうトーキョーにこないなんなら、餞別ってことで返さなくていいよ”

“そ、そんな、悪いよ。そりゃ当分上京とかできないと思うし。ひょっとしたら実家の手伝いっていうか、働くかもしれないけど”

“農家とかだって大変なんでしょ。野菜とかのハウスの燃料代とかまた上がったとかニュースでやってたしさ。困ったときはなんとやらで”

“ありがと、ほんとにありがと。今度、大根でも送るよ”

“わ、それこそ、ありがとうだよ。お金は食糧支援でチャラね”

ひとしきり話して電話をきった。

「ホームレスより実家に帰った方が、マシ。だよね、普通。そうじゃないとこもあるけど」

一応、私にもセーフティはある、のかもしれないが、かなり危ない。そう、こういう状況では

『ギャアアア!バーン』

不意にテレビの画面が真っ赤になる。

『も、もうしわけありません。た、たった今、サガカミアナウンサーがカウント0で、そ、そのしばらく、おまちください』

「あー、やっぱり、頭が潰れちゃったのか。道理で震えてたわけだわ、今日がその日だったんだ。ま、当然の報いか。政権忖度コメントばっかしてたもんね、あのアナウンサー、って今言ってたスタッフさんも額隠してたな、ってことはカウントダウンが始まったのか」

カウントダウン

それは、一種の死刑宣告だ。

何か月か前、突然、爆発したように頭が破裂する人が何人も出た。被害者は政財界の有名人や、テレビに出てくる与党太鼓持ち芸人とか、似非右翼雑誌の編集者、御用学者ばかりだ。

被害者の特性から初めはテロも疑われたが、いくら警察が探しても、テロを示す証拠は何一つみつからなかった。あるのは被害者の共通性だけ。

一つは政財界の大物、国民に犠牲を強い、利権をむさぼるような輩、それを擁護、賛同するような奴ら。最初の犠牲者、ダソナ派遣会社のダケナカを筆頭にブラック企業の代表のワダミの会長や、元総理、与党の前幹事長など。

そして、もう一つは額に数字があらわれること。

そして、その数字は日がたつにつれ、減っていく。0になると

さっきのアナウンサーのように顔が爆発して、

死ぬ。

法則性に気が付いたお偉方が、どっかに閉じこもったりしたけど、だめだった。期日前に鋼鉄の箱に入ったダカスとかいうお医者さんは、頭どころか体も飛び散ってて、壁中血だらけ。最初に見た恋人の有名漫画家が卒倒して、そのまま寝たきりなって口もきけなくなったらしい。その人も相当問題あるような人らしいけど。

飛行機で海外に逃げようとしても、無駄だった。

額の数字が十桁だったのに、その自称政治学者は国境に差し掛かった機中で、いきなり体がバラバラになった。しかも隣に座ってた娘に肉片が飛び散って、その子は完全におかしくなってしまったそうだ。もっとも、その子にも額に数字が浮かび出てきて、まもなく亡くなったそうなので、いっそ狂ったままのほうがよかったのかもしれない。

 そんなこんなで、いまや額の数字に怯える有名人が続出、毎日のようにダレソレの顔に数字が出た、あの作家はこのごろ額を隠しているから数字が表れたに違いないとネットで話題になっている。

しかも、そいつらが新聞だのテレビだの、ネット番組だので、怯えを隠しつつ出演してる様子を人々がおもしろがるようになってきた。

最初は、人の顔が破裂するのにびっくりしていたが、もうみんな慣れっこになり、子供でさえ、キャッキャと笑うようになってしまった。

「あんまり、いいことじゃないけどさ」

という私も、みてスッキリしてないわけではない。

なにしろ、自分たちを酷い境遇におとして、儲けよう、いい思いしようという奴らが、どんどん退治されていくのだ。

仕事をなくした、家をなくした、家族バラバラになった、なんて人は憂さ晴らしができるだろう。店をたたんで、日雇いでくいつなぐしかなくなった料理屋の店主は“こういっちゃいけないんだろうが、いい気味と思ってしまったりします”とかインタビューで答えてたっけ。額に大きな絆創膏を貼ったインタビューアーがひきつってたけど。

「悪いやつらがドンドンいなくなるのはいいけどさ、それですぐに世の中良くなるわけでもないし、貧困に苦しんでる人はまだまだ多いし」

悪徳政治家だの因業社長が減っても、困った人はすぐ減らない。野党とか、市民団体も結構頑張ってくれてるとは、思う。だけど、年の瀬で、寝る場所もなく寒さに震える人は少なくない。

「だいたい、まだまだ世襲議員とか、自分寄付とかする似非野党の政治家とか多いよね。ハシゲンとか、そうそうに一家で消えちゃったらしいけどさ」

欲まみれの政治家は減ったけど、まだ悪あがきする奴は少なくない。額の数字をなんとか消そう、遅らせようとして、大物政治家が拝み屋をやとったという記事もみたっけ。何日かして拝み屋にも数字がでちゃって共倒れになったって、どっかのサイトで取り上げられてた。

「往生際が悪いよねえ、それぐらいなら別のことやったほうがよっぽど効果ありそうだけど」

独り言をいっていると

リーン

スマホの、この着信音。

正直、でたくない。

出たくないけど出ないと、どうせ出るまで鳴り続ける。

“はい”

“ル、ルンカか、ど、どうだ、元気か”

やっぱりクソオヤジか。

“元気だけど”

“そ、そうか、と、父さん、あと30日なんだ”

“そう。ノビテルさんとヨジズミさんは?クリスマス前に数字が0になりそうだって聞いたけど”

“そ、そんな他人行儀な。お祖父ちゃんと大叔父さんといってくれよ。ふ、二人ともダメだった。そうだ、葬式にも呼ばずにすまん、いや、葬式はまだだったんだっけ”

いつもは尊大なオヤジが、だいぶ動揺している。ま、額に数字が出たら当然か。

だけど、それがわかったのは、だいぶ前で、最近はなんとか助かりたいけど、どうしたらいいかとかいう話ばかりだったんだけど

“も、もしかして、お前、数字がでてないか”

一瞬、ギクッとした。

“ううん、出てないけど”

とりあえず、今は大丈夫。きっと、これからも。

“じ、実はノントにも数字が、出て、それでお前にも出たんじゃないかと”

“そう、なの”

思わず、息をのんだ。

力の抜けた手からスマホが滑り落ちそうになる。

やっぱり、家族にも、なのか。

他の例もあったんだから、気づいてて当然だけど、まさか、と思ってた。

ノントはまだ10歳だったはずだ。

明るくて、屈託ないように見えたのに。

そんな子が恐ろしい目に遭わせられる悪事を働いたというのだろうか。

そりゃ、弟はいえ、母親も住む家も違うから、私が知らないところで、父親とか祖父、曽祖父の権威を笠に着て、威張ったり、いじめとかやったのかもしれないけど。

それが頭を潰されて死ぬ羽目になるような罪なんだろうか。

それとも

“な、なあ、どうすればいいんだ、お前は無事だが、ノントは100って数字が額に浮かんできて。ミンコは半狂乱だ、あいつも数字が出てしまって動揺はしてたんだが、そ、それでもノントが出てないならって、言っていたのに。いざという時にはお前にノントをって…”

ミンコさんにもか。クソオヤジの奥さんにしては出来てる人だから大丈夫なのかと思ってたけど。息子のノントに出るんなら母親に出てもおかしくないか。

本人が悪いってわけじゃないけど、業突く張りの政治家四代目の妻ともなると、その悪業の報いを一緒に受けてしまうのか。ひょっとしたら、その子供も。悪いことして作った金で養われると同罪になるのか。飛行機のなかで死んだ似非政治学者ヨツウラ・ハリの子供も、与党より悪いって言われてたメイジの党の創設者ハシゲンの子供たちも、親と同罪とみなされて、罰を受けたのか。

そうだとすると母さんがとっととクソオヤジと別れて、慰謝料も養育費も貰わなかったのは正解かもしれない。そのせいで私はかなり苦労したし、今もしてるけど。

“な、なあ、ルンカ、お、お前はどうして”

“謝れば?”

“へ?”

“全財産、貧困反対ネットワークとかNPOとか困ってる人たちに寄付したら?今までやってきたこと全部、ヒイジーサンさんからの滅茶苦茶な政策とか暴言とか、特にノビテル・ジーサンの金の暴言とか全部謝って、家も何もかも手放して、その金を全部、炊き出しとか子供食堂とか困ってる人のために使うの。そしたら助かるかもよ”

“そ、そんなことできるか!都知事や大臣も務めた政治家のイシバラ家が一文無しなんて、そんなみっともない。第一おじいさまたちの、ぼ、暴言などと、謝る必要なんて!”

“だって、ひどいことばっかり言ってたじゃん、特にジーサン。人が金目当てみたいなこといって、一番自分が金だけでしょ。ホントはもらっちゃいけないような金ももらって、落選したくせに要職つこうとして。あんな目にあって当然だって、言われてるわよ”

“そ、それは、その”

“まあ、オヤジだって、その金目のノビテル・ジーサンのおかげでいい思いしてるから同罪だと思われてんじゃない、神様とかに。ヨジズミ叔父さんだって、テレビで身内批判めいたことか言ってたけど、実際にジーサンとかに注意したことなんかないんでしょ。あれはマスコミ対策、ガス抜き要員で、同じ穴のムジナなんでしょ”

“お、お前の母親みたいに生意気言うな”

“母さんはもういないわよ。そのせいで、オヤジに連絡取らなきゃならなくなったんじゃない。こっちだって大学卒業したら、縁切ってもいいつもりなんだからね”

やっぱり、連絡しなきゃよかったかもしれない。母さんが死んで、大学入学とかで後見人が必要になったとき、仕方なくオヤジを訪ねた。義母にあたるミンコさんは表面上でも歓迎してくれたし、ノントはお姉ちゃんと懐いてくれたけど、オヤジは複雑な顔で書類に判を押してたっけ。

“そ、そんな、お前が卒業する前に、わ、わたしは”

“そうだね。なら、こんな電話してないで、助かる方法を探してみればいいよ”

“お、おい、ル…”

オヤジが言い終わる前に通話終了ボタンを押した。

本当は薄々わかっている。

どうすれば、助かるか。

反省して、善行をつめばいい。

悪銭を寄付して、人助けすればいい。

昔話でもあることだ、悪人が悲惨な末路を目にして改心して良いことをする話。

良いことをして地獄から救われると子供向けの仏教説話とか、よく書いてあるじゃないか。

そんな簡単なことが、どうしてわからないのだろう。

気づいていてもやりたくないのか、半信半疑なのか。

死ぬか生きるかなら、やってみればいいのに。

私はやった。

バイトが少なくなり、ついオヤジに、オヤジの金に頼った。

オヤジが出した額は私が必要な額より、数十万円余分だった。

その余った金をどうしようか、そのまま貯金しようか、それとも何かに使っちゃおうか、

と考えた時

額にうっすらと数字が見えたような気がした。

急いで、その金を返そうとしたがオヤジは受け取ってくれなかった。

どうすべきか、考えているうちにふと、思い出したのが、母さんが話していたことだ。

“悪いことをした人でも、あとで良いことをすれば許されるんだよ”

“悪いと思ったら、謝りなさい。償えば、きっと大丈夫”

良いこと、良いこと、悪銭を良いことに変えるには?

オヤジたちの儲けた悪銭をもらった分の償いをするには?

そうだ、必要な人にあげればいい。

オヤジやジーサン、ああいう連中のせいで困ってる人たちにわければいい。

急いで、寄付先を探し、金を振り込みまくった。

ちょうどそのころ、ケンコから連絡がきたので、帰省の金にと、その金の一部を渡した。

いろいろな手続きを終えて、ほっとして鏡をみると、数字は消えていた。

助かった、と思った。

もう、オヤジの金はあてにしない、と頑張った。

幸い、なんとかなったけど、これから困ったとしてもオヤジを頼る気にはならない。

数字も怖いけど、あいつらの仲間と思われるのは嫌だった。

できればオヤジたちにはもう二度と関わりたくない。

だけど、ノントが、弟が…。

「仕方ない、やっぱやるか」

急いで、出かける支度をした。

年末年始でも困ってる人がいて、それを助けるボランティアもいる。

それに参加しよう、できる限り。

「一番、近くでやってる、炊き出しは、っと」

スマホで検索すると、電車で一つ先の駅の近くでやっている炊き出し先を見つけた。頑張れば歩いて行ける距離だ。

「どれだけ、効果があるかな」

私があの子のために善行をつめば、ノントは助かるのだろうか。

「オヤジやジジイどもが反省して、謝るとか寄付するとかいろいろやってくれるのが、一番いいんだろうけど」

やってる人もいるのかもしれないけど、改心した人は昔のお仲間には連絡なんてしないんだろう。

「教えてやるのも良いことだと思うんだけど」

教えても聞かないのかもしれない。

それに…

少しぐらい良いことをやっても無駄かもしれない。

私が何かをしたとしても、ノントが助かるという保証はない。

それでも…

「動機が不純かな。でも、やってることは悪いことじゃないよね、たぶん」

とにかく、やってみよう。

あの子のために、何か、できること。

また、スマホが鳴り出した。

マナーモードに切り替えた後も震え続けるスマホをポケットに入れて、私は部屋のカギを閉めた。


年末カウントダウンってのは楽しそうですが、残念ながら今年も困ってる人が絶えないようですね。いまのところ筆者も(これを書いていられる程度には)なんとかなっていますが、すこし頑張って人助けできればいいなあ、とか考えております。

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