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5 彼は彼女を絶対逃がさない(皇帝視点)

皇帝視点です。

「……そうか。死んだか」


 皇帝の執務室で部屋の主である私はイヴァンと共に皇家に仕える影の男からの報告を聞いていた。


 皇帝(わたし)の唯一の子供、廃嫡した皇子ニコライが修道院に向かう途中、山賊に襲われて死んだ。


 愚息に同行した者達は護衛としてではなく彼が逃げ出さないための監視だった。いざという時は愚息ではなく自分の命を優先しろと言ってあった。彼らは、その皇帝(わたし)の言葉に従ったのだ。当然だ。誰も廃嫡された皇子を命懸けで守るはずがないのだから。


 王家の影達はも彼らと同じように愚息を守る事はしなかったが、その死を見届けると皇帝(わたし)皇弟(イヴァン)に報告しにきたのだ。


「ご苦労だった。下がっていい」


 私が言うと、影の男は一礼し執務室から出て行った。


「……お前の仕業か?」


 卒業パーティーでの婚約破棄同様、イヴァンが仕向けたのだとしても責めるつもりは毛頭ないが……私が責めたところで、へこたれるようなかわいい神経など持ち合わせていない事も分かっている。


 私は傍らに立つイヴァンは淡々と答えた。


「いいえ。これは俺が仕組んだ事ではありませんよ。山賊に遭遇したのは運が悪かったとしか言い様がありませんね」


 敬語を遣っていても兄であり皇帝である私への敬意など全く感じられない。当然だ。イヴァンは誰に対しても敬意など持ち合わせてなどいないのだから。


「……そうか」


 イヴァンとしては、愚息がそのまま戒律の厳しい修道院で生涯を送ろうと、山賊によって人としての尊厳を踏みにじられる場所に売り飛ばされようと、山賊に殺されようと、本当にどうでもよかったのだ。


 そして、それは私も同じだ。


「……愚かでも、私の唯一の子供だのに……()()の死を聞いても何とも思わない」


 愚かな息子。


 可哀想な息子。


 なぜ気づかなかった?


 ベス王女と婚約する以前は、自分に全く係わろうとしなかった叔父(イヴァン)が、なぜ自分に構うようになったのか?


 イヴァンは十年かけて何とも思わない甥との信頼関係を築き公衆の面前で婚約破棄させるように誘導したのだ。


 ベス王女と出会った時のイヴァンの瞳を思い出す。


 あれは、一目で恋に堕ちたとか、そんなかわいいものではなかった。


 飢えに飢えた獣がようやく獲物を見つけた。


 とても五歳の幼女に向けるとは思えない物騒な瞳でイヴァンはベス王女を凝視していたのだ。


 それを見て私は悟った。


 彼は絶対彼女を逃がさない、と。


(――ニコライ)


 最期まで愛せなかった我が子の名を心の中で呟いた。


 もし、お前が卒業パーティーでベス王女に婚約破棄宣言などしなくても、お前は彼女を手に入れる事は絶対にできなかっただろう。


 ()()()と同じ、人とは思えない外見と内面を持ちながら唯一の女性への想いゆえに、かろうじて人である事をやめずにいられる者。


 そんなイヴァンが唯一絶対ある女性、ベス王女を手に入れるためならば、最終手段として血の繋がった甥であるお前を殺す事をためらうはずがない。


(だから、ベス王女――)


 イヴァンの最愛の女性であり私が唯一愛する女性に酷似した彼女の娘。


 彼女が愚息は勿論、イヴァンを愛していない事には気づいている。


 彼女が真実誰を想っているのかも――。


 倫理や道徳で「ありえない」と思い込んでも、彼女が()()()に向けているのは、まさに恋うる瞳以外ありえないのだ。


 それでもイヴァンとベス王女の間には誰にも入り込めない独特の空気があった。


 イヴァンにとってベス王女が唯一絶対であるように、ベス王女にとっても恋や愛などでなくてもイヴァンは特別なのだ。


(貴女がイヴァンを愛していなくても構わない。貴女が傍にいれば、イヴァンは人のまま、立派な皇帝でいられるだろうから)


 皇帝(わたし)の唯一の子供が廃嫡になった以上、次期皇帝はイヴァンだ。


 どれだけ有能であっても唯一の人以外価値を見出せない異母弟に、この国を任せるのは不安でしかなかった。


 けれど、今は何の心配もない。


 彼は唯一絶対の女性を手に入れ、彼女は世の平安を願っている。


 その彼女が傍にいれば、イヴァンが人として、皇帝として、道を踏み外す事は絶対にない。


 


 






 


 









 






次話はベス視点です。

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