聖女の復讐~私、本当にいいのか確認しましたよね?こうなったのは全て、王太子殿下の自業自得ですよ?~
聖女と呼ばれた少女は、遠くに見える王太子の無様な様子に薄く笑みを浮かべた。
そして、腕の中にいる愛しい男の髪を撫でながら、ここまでの道のりを思い出していた。
聖女と呼ばれた少女は、魔法使いの一族のたった一人の生き残りだった。
少女の名は、シエルと言った。
さらさらでまっすぐで癖のない髪は汚れのない純白だった。
幼さの残る顔は、表情は少なかったが、紅蓮に燃えるような大きな瞳は、少女の美しさを際立たせていた。
シエルがまだ幼い頃、彼女の両親は死んだ。
理由はなんとなく分かっていた。そんな両親の死をシエルは宿命だと考えて、それを受け入れていた。
数日、一人きりで過ごした時だった。森の奥深くにある家に伯爵家の使いの者だと名乗る男たちがやってきたのだ。
シエルの両親は、この領地を管理している伯爵家から許可をもらってこの場所に住んでいたのだ。
その対価として、珍しい魔法を伯爵のために使っていたのだ。
それを知っていたシエルは、とうとう追い出される時が来たと覚悟を決めたが、何故か使いと名乗る男に、伯爵家に同行するようにと言われて、訳も分からずにそれに従ったのだ。
それは、運命だったのだろう。
伯爵家に着いたシエルは、恋をしたのだ。
伯爵家の次男である、ユーステス・ソルラムを一目見て運命だと感じた。
ユーステスも同じようで、シエルに恋をしたのだ。
伯爵は、そんな二人の恋心に付け込んだのだ。
この世界では、魔法を使える者はとても貴重な存在だった。
だから、そんな貴重な存在を手元における機会に伯爵は喜んだのだ。
伯爵は、シエルを屋敷に住まわせて表面上はとても大切に扱ったのだ。
そして、シエルとユーステスの二人はあっという間に婚約関係となっていた。
何も知らない二人は、いつも寄り添い仲睦まじく過ごしていた。
シエルは、義父になる伯爵にお願いされて無償で魔法を使った。
その魔法は強力で、領地を豊かにしていった。
そのうちシエルは、領民たちから聖女と呼ばれるようになっていった。
シエルが15歳の時だった。
ユーステスは、18歳となり、騎士になっていた。
そして、初めて任される大きな任務に出掛けることとなったのだ。
ユーステスはシエルに言った。
「シエル、この任務が終わったら、正式に婚姻を結ぼう」
シエルは、とうとう愛するユーステスの妻になれると知り、笑顔で頷いていた。
「はい。ユーステス様。お帰りをお持ちしています」
普段は表情に乏しいシエルの、嬉しそうな笑顔にユーステスは、歯を見せて笑ったのだ。
そして、男らしい大きな手で、シエルの頭を優しく撫でた後に、触れるだけのキスを送った。
そして、ユーステスは、任務先の国境沿いの街道で死んだ。
それは、突然のことだった。
ユーステスが、任務先で死んだという知らせが届いたのは。
その知らせを聞いたシエルは、あまりの衝撃に立っていることが出来ずに膝をついていた。
そんなシエルに追い打ちをかけるように、王命が下った。
その内容は、婚約者を失ったばかりのシエルには酷な内容だった。
聖女シエル、王太子の妻となり国母となれ、というものだった。
シエルは、その命令に背こうとしたが、ここで逃げれば愛するユーステスの家族を巻き込んでしまうと思うとそれは出来なかった。
シエルは、すぐに王宮に連れられて行った。
そして、あっという間に婚儀が結ばれたのだ。
婚儀の夜、シエルは王太子のジルトール・バルバロスに懇願した。
「殿下……、私は純潔を失ってしまうと、魔法を使えなくなってしまいます……。どうか、どうか、なにとぞお許しください」
そう言って許しを乞うたのだ。
シエルは、あらゆる手を使って、ユーステスの死について調べたのだ。
魔法を使って、極秘にされていた任務の内容を調べあげたのだ。
その結果、何ということだろうか。
ユーステスは、王太子の画策により死に至ったのだ。
聖女として名前が知られていたシエルは、その優れた容姿も評判になっていたのだ。
そんな、シエルを手に入れたいと考えたジルトールが、領民に人気のあったユーステスの存在を邪魔と考えて、任務に託けて暗殺したのだ。
領民に人気の二人の仲を引き裂いたとあれば、反感を買うのは必至だったから。
ジルトールは、手っ取り早くユーステスを殺すことにしたのだ。
それを知ったシエルは、憎悪に支配されたのは言うまでもなかった。
そして、それを調べるときに偶然知ってしまったのだ。
伯爵がシエルとユーステスの婚約に諸手を上げていた本当の理由を。
あんなに優しく接してくれたいた伯爵は、シエルの稀有な力だけが目当てだったのだ。
しかし、そんなことはどうでもよかった。
シエルが許せなかったのは、両親の死に伯爵が関わっていたことを知ってしまったから。
両親は、住まわせてもらう代わりに魔法を使っていたとシエルに説明していたが本当は違ったのだ。
二人は、魔法使いの子供を産むのが目的で、山奥で飼われていたにすぎなかったのだ。
しかし、子供はシエル一人きりしか生まれなかったのだ。
思い通りにならない二人に、無茶な魔法の使用を命令しその命を使い果たさせたのだ。
シエルは、何故両親がそんな無茶なことに従っていたのかを調べて、伯爵の醜悪さを知った。
両親は、麻薬漬けにされていたのだ。
両親は、麻薬欲しさに伯爵に従っていたのだ。
そのことを知ったシエルは、何もかもが憎くて仕方なかった。
愛するユーステスを失った悲しみ、ユーステスを殺した王太子、両親を嵌めた伯爵、何もかもが憎かった。
この世界を壊したいくらいに心の奥底から憎悪が溢れ出したのだ。
だから、ある計画を立てたのだ。
ジルトールは、シエルの魔法の力も欲しかったようで、純潔を失うことはなかったが、その代わり無茶な魔法の使用を日々命令されたのだった。
シエルには、時間が無かった。
だから、少し強引ではあったが、計画を進めることにしたのだ。
シエルの住む、バルバロス王国は豊かな国とはいい難い状況だった。
そんな中、隣国との間にあるどこの国にも属していない山で、珍しい鉱物資源が発見されたのだ。
両国間で協議した結果、資源は平等に分けるということになったが、豊かな隣国に対して、そうとはいいがたかったバルバロス王国の王族や貴族たちは、何とかして資源を我が物にしたかったのだ。
そんな時、シエルは偶然ジルトールの目の前に目を引く羊皮紙を落としてしまったのだ。
ジルトールは、興味を惹かれてその羊皮紙を拾い上げて、目を通したのだ。
目を通した瞬間、ジルトールは、その内容に釘付けになっていた。
その羊皮紙に書かれていた内容は、異世界から英雄を召喚するというものだった。
ジルトールは、シエルに詰め寄っていた。
「シエル、この内容だが……。可能なのか?」
そう言って詰め寄るジルトールに、困惑した表情でシエルは言った。
「出来ます……」
そう答えたシエルの肩を掴んで、ジルトールは命令したのだ。
「なら、すぐにでも英雄たちを召喚しろ」
そう言ったジルトールには、ある閃きがあったのだ。
自国の兵力を失うことなく、隣国を滅ぼし、富を手に入れるという愚かな考えがだ。
シエルは、ジルトールの言った、「英雄たち」と言う言葉を聞いて、その強欲さに吐き気がしたが、それを堪えつつも、か細い声で言った。
「殿下がお望みでしたら、複数の英雄を召喚することは可能です。ですが、召喚する英雄がこの世界で活動できるように、私の持っているあるものを分け与える必要があります。そうすると、私は他の魔法を使えなくなってしまいます……。なので、それを補えるように殿下から分けていただきたいのです」
シエルの言葉に、怪訝そうな表情になったジルトールを安心させるようにシエルは続けて言った。
「ご安心ください。誰しもが持っている当たり前のものです。貧民街の孤児でさえ持っている当たり前に誰もが持っているものですから」
それを聞いたジルトールは、気が大きくなったようで大口をたたいたのだ。
「そうか、ならば好きなだけお前に与えよう! 何なら、この国に住まうもの全員から掻き集めてもいい」
「本当にいいのですか?」
「ああ、構わない!!」
それを聞いたシエルは、ジルトールに気が付かれないように下を向いて薄らと笑みを浮かべた後に、元の表情に戻ってから顔を上げて言ったのだ。
「ああ、殿下……。お心遣い、感謝いたします。ですが、全部と言うのは……。なので、ほんの少しだけ……」
シエルが遠慮するようにそう言うと、ジルトールは機嫌よさそうに笑って言ったのだ。
「ははは! お前はなんて奥ゆかしい女なんだ!」
別に奥ゆかしくもない、ただの欲深い女だと心の中で思いつつも、それを表情には出さずに緩く笑みを浮かべるだけのシエルだった。
そして、翌日。
早速、英雄召喚が行われたのだった。
それは、奇跡的な光景だった。
王都の王宮前の広場に広がる黄金に輝く巨大な魔法陣を見て、人々は期待に瞳を輝かせてそれを見守ったのだ。
事前に王宮からの発表で、国を豊かにするための英雄たちを召喚すると説明がされていたのだ。
そして、輝く巨大な魔法陣の上に大勢の人間が現れたのだ。
その数は、666人。
シエルの話では、召喚するときに英雄たちには事前に説明をしているので、改めて説明する必要はないとのことだった。
現れた数多くの英雄たちは、その場にいるだけで常人ではない圧を放っていた。
シエルの召喚した英雄たちは、異世界で死んで間もない、まだ行き先が決まってない魂たちだった。
そんな魂たちに、平等にあるものを分け与えて、この国に召喚したのだ。
シエルは、力を使い果たし地面に膝をついた。
そして、ジルトールに言ったのだ。
「すみません。力を使い果たしました。少し休ませていただきます」
そう言うと、シエルは真っ白な繭に包まれてしまったのだ。
そして、次の瞬間。
王宮前の広場には、悲鳴が鳴り響いていた。
何かと思い、広場に目をけると、呼び出した英雄たちが、その場に居合わせた民たちを手にかけ始めたのだ。
「あはは!! 本当にこれがゲームかよ! マジでリアル!!」
「すげー!! 切った感触が本物っぽい!!」
「これが最新のVRゲーム? 凄すぎなんだけど!!」
英雄たちは、訳が分からないことを喋っては次々にその手を血に染めていったのだ。
ジルトールは、繭を叩いてシエルに説明を求めたが、シエルから答えが返ってくることはなかった。
それから、三日三晩一方的な残虐非道な殺しが続いたのだ。
王族や貴族は王宮の門を堅く閉ざして、英雄たちの侵入を拒んだのだ。
英雄たちは、攻略が難しそうな王宮は早々に諦めて、手近な楽に殺せる民衆を狙ったのだ。
そして四日目には殺すのに飽きたといわんばかりに、女たちを犯し始めたのだ。
それに飽き足らず、子供や見目のいい男も犯されたのだ。
王都はあっという間に英雄たちによって蹂躙されたのだった。
シエルは、異世界から魂を召喚するときに、死の自覚のない魂たちにこう囁いたのだ。
「ねぇ、ゲームをしない? とてもリアルで楽しいゲームを」
笑みを浮かべて、悪魔の如き囁きをして、誘惑したのだ。
「一方的に、弱者を蹂躙する殺戮ゲームよ? 期間は5日間」
それを聞いて、話に食いついたものだけを召喚したのだ。
シエルの話に興味を持った英雄たちはそろって同じことを言ったのだ。
「へぇ、何か新しいVRMMOのクローズドベータテストか何かか? 面白そうだな。いいぞ、そのゲームに参加してやるよ」
こうして、召喚された英雄たちは、思い思いに殺戮を楽しんだのだった。
五日目の朝、ようやく繭の中からシエルが姿を現したのだ。
それを知ったジルトールと国王は、シエルに詰め寄ったのだ。
「どうなっている!! あのケダモノたちを元の場所に戻せ!!」
口々にそう言って、シエルの胸ぐらを掴んだのだ。
それに対してシエルは、面倒くさそうに髪を払いながら言ったのだ。
「無理です。それに、すぐに彼らは大人しくなります」
そう言って外を指さしたのだ。
いつの間にか、あれほど騒がしかった外が静かになっていたのだ。
外を覗くと、あれだけ暴れていた英雄たちが屍となっていたのだ。
そんな光景に驚くジルトールたちに、シエルは言ったのだ。
「私の使う魔法は、命を対価にします。そして、召喚した英雄たちがこの世界で活動するために、私の命を分け与えておりました。なので、5日が限界でした」
その言葉を聞いた、ジルトールは瞬時に理解して顔を蒼くさせたが、それを見たシエルは心底楽しそうな表情で言ったのだ。
「さぁ、英雄召喚という約束は果たしました。そろそろ対価をいただきましょう」
そう言って、手を天に向かって伸ばしたのだ。
すると、シエルの手から光の糸が国中に伸びていったのだ。
「くすくす。殿下、そして、哀れなこの国に住まう者たちよ。お前たち全員の命を頂戴しましょう!!!」
シエルの手から伸びた糸は、この国に生きる全ての人間に伸びていた。
そして、その糸を伝って、命がシエルの流れていったのだ。
それを見たジルトールは、慌てたようにシエルに言ったのだ。
「おい! 少しだけって言ったよな? なぁ?」
そう言って、表情を蒼くさせるジルトールにシエルは心底楽しそうに言ったのだ。
「はい。少しだけ残して、あとは全部いただきますね」
「はぁ?!」
「くすくす。私、ちゃんと言いましたよ。少しだけって」
「なら、貰うのが少しって意味だと思うだろうが!!」
「まぁ。私は、少し残して後は頂戴するという意味で言ったんですよ?」
「そんなバカな!!」
「くすくす。ちゃんと確認しないあなたが悪いんですよ?」
絶望に表情を歪めるジルトールを見たシエルは、思い出したかのように付け加えて言ったのだ。
「そうそう、不公平にならないように、皆さん等しく5日の寿命を残して、あとの寿命を全て頂戴しましたから」
そう言ったシエルは、楽しそうに言い残して、手を振って煙のように消えてしまったのだった。
「殿下、精々苦しんでくださいね」
それから、国が亡びるまでの5日間は、まさに地獄だった。
国民は、自分たちの命を勝手に魔女に売った王太子を恨んだ。そして、そんな愚かな王太子しか世継ぎがいない国王を呪った。
英雄に殺されなかった民衆は、王宮に雪崩れこみ城にいる貴族を殺して回った。
国王も生きたまま四肢を引き裂かれて死に絶えたのだ。
しかし、民衆の怒りは収まらなかった。
こんな事態を引き起こした王太子を簡単に殺すなんて許されないと。
ジルトールは、王宮前の広場に晒されて、民衆から罰をその身に受けることとなったのだ。
最初は、手足の爪を剥がれ、次に指を潰された。
そのあと、ぐちゃぐちゃになるまで手足を粉砕されたのだ。
それだけでは足りずに、皮膚を剥がれ、肉を削がれ、歯を抜かれて、目玉を抉られて、もう死ぬと、もう死にたいとジルトールが思ったところで奇跡が起こったのだ。
あれだけの傷が一瞬で回復したのだ。
民衆は、既におかしくなっていた。
だから、何も感じずに、この豚をまた、思う存分痛めつけられるとしか思わなかったのだ。
ジルトールは、4日間その責め苦を繰り返し味わったのだ。
そして、5日目。
民衆が次々に死んでいった。
ジルトールは、ようやく死ねると安堵していた。
そんな虫の息のジルトールの目の前にシエルが現れたのだ。
シエルは、心底楽しそうに笑って言ったのだ。
「殿下? 楽しんでいただけたかしら?」
そう言った後に、表情を歪めて言ったのだ。
「私の愛するユーステス様を殺したお前だけは許さない。苦しめて苦しめて苦しめてやる。こんなものじゃ足りない!!」
そう言った後、シエルが指を鳴らしたのだ。
パチンッ!
その音を聞いたジルトールは、気が付くとベッドの中にいた。
慌てて周囲を確認すると自室のベッドの中だと分かったのだ。
全身を確認してみても、どこにも怪我などしていなかった。
全て悪い夢だったのだ。
そう安堵の息を吐きたかった。
しかし、それは出来なかった。
体中どこにも怪我を負っていなかったのに、どうしてか、全身に痛みが走ったのだ。
あの民衆から受けた仕打ちが、体中に痛みの感覚として残ってるとでもいうかのように。
夢の中で散々味わった痛みに苦しんでいると、侍女がジルトールを起こしにやってきたのだ。
そして、ベッドの上に身を起こしているジルトールに封筒を差し出したのだ。
見覚えのある封筒。
ジルトールは、慌ててその中身を確認していた。
中には、よく知る部下の字で、ある男の始末が終わったと簡潔に書かれていた。
そう、その手紙は、悲劇の始まりともいえるユーステスの死を知らせるものだった。
ジルトールは、これから始まる地獄の苦しみを瞬時に理解して盛大に失禁していたのだ。
侍女は、そんな王太子の粗相に慌てて後始末をしたのだった。
それからだった。ジルトールは事あるごとに失禁するようになったのは。
少し驚いただけで、ズボンを濡らす。歩くだけで、喋るだけで、気が付くとお漏らしをすることを繰り返していたのだ。
そして、いつしかオムツなしでは生活できないようになっていたのだ。
そんなジルトールは、シエルがいつ復讐しに来るのかと日々怯えて過ごしていたが、シエルが現れることはなかった。
そんなある日、隣国との戦争の準備を進めていた国境沿いの要塞にいた兵士が全滅したと王宮に報告があったのだ。
報告を受けた王宮は、即座に原因を探った。
そして知ったのだ。
ある男がたった一人で、化け物のような力を揮って兵士を皆殺しにしたと。
その化け物の正体が、ユーステス・ソルラムだという知らせを聞いたジルトールは、その知らせを受けたその場で盛大にお漏らしをしたのだった。
そして、ユーステスの傍には、白髪の美しい少女がいたとも報告があったのだ。
その後、ユーステスは王国の兵士や騎士たちを皆殺しにしていったのだ。
そのため、兵力を失った王国は、いつ隣国に攻め滅ぼされてもおかしくない状況になっていた。
しかし、隣国が攻め込んでくることはなかった。
そして、ユーステスと魔女と呼ばれる白髪の少女が王宮に攻めて来ることもなかった。
ジルトールは、日々ユーステスと魔女……、いやシエルの影に怯えて生きていた。
そんな中、国王はジルトールの廃嫡を考えていた。
ジルトールは、王太子の果たすべき役割も満足にこなせず、日に何度もお漏らしを繰り返したのだ。
そんな者を次期国王になど出来るはずもなかった。
しかし、ジルトールは国王にとってたった一人の子供だったのだ。
王家の血を継ぐために、何としてでも子を生さなければならなかった国王は、焦って次々と貴族の未婚の令嬢を閨に呼んだのだ。
その結果、数十人の令嬢が同時期に孕んだのだった。
ジルトールは、子が出来たと国王が知った瞬間に廃嫡された。
民衆には心の病のため、王位継承権をはく奪したと知らせを出した。
そんなジルトールは、王宮の地下深くに幽閉されることとなった。
しかし、お漏らし癖のある元王子の世話をしたがる者も居らず、不衛生な地下の一室で最低限の世話をされながら、日々お漏らしで湿って臭う姿でジルトールは過ごしていた。
そして、いつしか人々から忘れ去られたジルトールは、人知れず惨めに死んでいったのだ。
それを、遠くの地からこっそり覗き見していたシエルは、心底楽しそうに笑ったのだ。
「はぁ、本当にしぶとい人だったわ。あんなになっても死ぬのにこんなに時間がかかるだなんて……。でも、十分あいつを苦しめることが出来て私は満足だわ。ねぇ、ユーステス様もそう思うでしょ?」
そう言って、シエルは腕の中で眠る愛しい人に微笑みかけたのだ。
あの日、ユーステスを殺したジルトールを苦しめた上で死に追いやり、内乱の種を蒔いたのだ。
今はまだ生まれていない、王子たちが争い国が乱れる未来を想像してシエルは笑ったのだ。
シエルは、ピクリとも動かないユーステスの冷たい唇に唇を合わせて、一度目の世界で奪った命を流し込んだのだ。
すると、ユーステスは、薄らと目を開けた。
何も映さない虚ろな瞳のユーステスにシエルは、微笑みかけた。
「命ならいくらでもあるからね。ユーステス様。だから、いつまでもこの二人きりの世界で幸せに暮らしましょう?」
シエルの心は、既に壊れていた。
だから、屍となった愛する人に疑似的な命を吹き込み、偽りの生を与えたのだ。
しかし、その体からはユーステスの魂は既に失われていた。
だけど、操り人形のようになってしまった愛しい人であっても、壊れてしまったシエルには十分だった。
ただシエルの傍に居てくれるだけで、十分だったのだのだ。
『聖女の復讐~私、本当にいいのか確認しましたよね?こうなったのは全て、王太子殿下の自業自得ですよ?~』 おわり
最後までお付き合いいただきありがとうございました。