好きの反対
「日本語って面白いよね」
夕焼けに染まる図書室でおもむろに君が口を開く。図書委員の仕事を二人で終えて、それぞれ好きな本を読んでいたときだった。下校時刻間際で僕らの他には誰もいない。僕は本を閉じて聞き返した。
「なんで?」
「反対から読むと全く違う意味になる言葉ってあるじゃん。ほら、『きつね』と『寝付き』とか」
「確かに」
僕は頷いた。そんな言語他にあまりなさそうだ。彼女は得意げに続ける。
「このように反対言葉が日本語にはいっぱいあるのです」
「果たして反対言葉って言うのかな、これって」
ちょっと違うような。
「いいの。ね、そういう他の言葉言い合いっこしようよ。順番に言っていって先に言えなくなった方が負けね」
僕の疑問をスルーして、彼女は提案してきた。
「急だなあ。いいけどさ。負けないよ」
僕は笑って応じる。変なやつ。
「じゃあ行くね。『君』と『幹』」
「『傘』と『坂』」
「『クラブ』と『部落』」
「んー。『キツツキ』と『キツツキ』」
「あっそれずるい」
そんな風に二人でしばらく言い合っていると、下校時刻10分前の校内放送が聞こえてきた。
「もうこんな時間だ。教室に戻ろうか」
僕が帰る準備を始めると、彼女はこっちに近づいてきた。
「ねえ、あっち見て」
と窓から見えるグラウンドの方を指差す。
どうしたの、とそちらに顔を向けた瞬間、チュッという音とともに右ほっぺたに柔らかい感触を感じた。
「えっ」
慌てて前を見ると至近距離に彼女の顔があった。夕焼けに赤く染まっている。
「またね!」
そう言うと彼女はダッシュで図書室を出ていった。
僕はしばらくぼーっとしていた。
「負けちゃったなあ」
やがて右頬に手を当てながら、ポツリと、そう呟いた。




