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雑学百夜

雑学百夜 「爽やか」の『爽』という漢字の成り立ちは『死体』ってほんと!?

作者: taka

死者の魂を清らかな状態に保てば復活すると信じられていた古代中国では、邪悪な魂が死体に入り込むのを防ぐため死体にバツ印の入れ墨を彫っていた。そのため『爽』の『大』の部分は死体を「×」の部分は入れ墨を表している。



 葉擦れの音が闇夜に響く。

 眼下の村人達は特に気にする素振りも見せない。数にして二、三十程。棺を担いだ六人の男を先頭に列をなし俯いたまま黙って山を登っている。後方で一際深く首を垂れている老婆が見えた。きっとあいつがアヤメの母なのだろう。悲しんでいる。無理もない。アヤメはまだ齢にして十五だったのだから。

 私は木から木へ飛び移りながら一定の距離を保ちつつ奴らを追う。

 別に奴らに正体がバレる事を恐れている訳ではない。むしろ妖の化身である私が本気を出せば死ぬのは奴らだ。

 ふん。いっそ殺してやってもいい。

 牙が疼いたが、アヤメとの約束を思い出し何とか鎮めた。

 感謝しろ、貴様ら。


 奴らはこの地方の中でも特別愚かな人間だ。小賢しい浅知恵をただ盲信する事に関してなら右に出る者などいないような奴らだ。金が儲かると隣村の商人にそそのかされ岩山に只々一生懸命穴をあけ、その岩山から川に漏れ出た毒がアヤメの命を奪った事に奴らは今後千年だって気付かないだろう。

 そんな愚かな奴らはどこか都で聞きかじったのだろうか、まじないとしてアヤメの死体に印を彫った。これで悪霊が近寄ることが出来ず、死者の魂が復活すると本気で信じているようだ。

 馬鹿な奴ら。

 半分は正解だ。確かに死体に印を彫ることで魑魅魍魎は一切手出しが出来ない。

 ただ、その印の形はバツなのだ。奴らは愚かにも目一杯に濃くマルの形の印を彫っている。

 呆れて尾も出ない。マル印は逆に魑魅魍魎の悪霊を呼び寄せるまじないなのだ。村の祈祷師がアヤメの体に四つ目のマル印を彫った瞬間、倭国辺境の隅々にあまねく妖にアヤメの位置が知れてしまった。

 本来であればだからどうしたという話だ。寧ろ我々妖にとっては都合のいい話で終わる。

 だが、アヤメならば特別だ。


 アヤメは優しい娘だった。

 風体が穴熊である私にも臆せず話しかけ、笑いかけてくれた。そんな人間は今まで一人だっていなかった。

 隣国の妖が我々の縄張りを侵し戦となった時、ズダボロになった私を見てアヤメはただひたすらに涙を流してくれたこともあった。

「可笑しい。私はアヤメの笑顔を守りたくて戦ったのだが」

 私がそう言い笑うとアヤメは「分かります。だからこそ涙が零れるのです」と言い、さらに「お願いです。もう戦うのはやめてください」とも続けた。

 そんな約束を交わした人間はやはりアヤメが初めてだった。

 アヤメは生まれながらに神通力を備えながら生涯を通じて村とこの森の妖との共存を図ろうとしてくれていた。

 そんなアヤメは森中の妖に愛された。口数の少ないアヤメには人間よりも妖の友達の方が多かったかもしれない。


 そんな事を思い出していると辺り一面に紫色の霧が漂い始めた。

 眼下の人間は一斉に足を止める。バカなりに勘付きはするらしい。

 齢十五のあどけなさ残る少女。おまけに生前は神通力を手繰ることの出来た人間の死体。妖にとってはこれ以上のない御馳走だ。

 入れ墨のマルのお陰でこの格別の食事の居所が全国の魑魅魍魎にバレている。

 さぁ、そろそろか。

 私は身を隠していた木陰から眼下の葬列の真ん中に飛び降りた。

「貴様ら! 取って食ってやる! そこに居直れ!」

 そう叫ぶや否や私はかつてアヤメが愛してくれた巨大な穴熊の姿に化けた。

「ばっ、化け物だ!!」

「逃げろ!!」

 馬鹿どもがアヤメが入った棺をも放り出し一斉に駆け出す。おあつらえ向きに臆病者揃いで都合が良かった。

「ムジナ。随分、荒っぽいじゃないか」

 上空から鳥と人間の半妖である『山雉』も舞い降りてきた。

「うるさい。それより来るぞ」

 私がそう応えた時、火を手繰る鼠の妖『ベニ』が近くの茂みから現れた。

「数は七十八だった。後からまだまだ増えそうだよ」

 そう言うとベニは全身を赤く燃え滾らせた。

「逃げるなら今だけどねぇ」

 憎まれ口を叩きながらも山雉は西方を眼光鋭く睨み、大きく羽を広げた。

 それを合図に辺り一面からぞろぞろと仲間の妖が現れ隊列を組み始めた。

 私は五尺ほどもない小さな棺を背にし、仲間たちと共に迎え撃つ態勢を整えた。

 アヤメ、すまない。

 戦うのはこれが最後だ。約束を守れなかった事を許してほしい。

 何人たりともアヤメの死体には触れさせない。アヤメがこの森の土に還るまで守り抜く。それがこの森の妖全ての想いだ。

 森の妖が一斉に勝鬨の声を上げた。その時、まるでその声に応えるかのように一迅の風が吹き渡り、辺り一面を覆っていた霧は瞬時に消し飛んだ。

 木々のさざめきが女の泣き声のように響いたその風は爽やかさとはおよそ程遠い、冷たく哀しい肌触りだった。


 不気味なほど静かな夜。紅い月明かりが妖達を照らしあげた。

雑学を種に百篇の話を一日一話投稿します。


3つだけルールがあります。


①質より量。絶対に毎日執筆、毎日投稿(二時間以内に書き上げるのがベスト)


②5分から10分以内で読める程度の短編


③差別を助長するような話は書かない




雑学百話シリーズURL


https://ncode.syosetu.com/s5776f/




なおこのシリーズで扱う雑学の信憑性は一切保証しておりません。ごめんなさい。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  いつもと趣がかなり異なる作品で、読んでいてドキドキワクワクしました。  できる事ならこの妖の戦い、勝利する処まで読みたかったです。  なんだか、これで終わってしまうのが勿体ないと言う想い…
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