第八話 先生と師匠
武具店を出た樹たちは城とは正反対の方向へと向かっていた。
「あの、寄っていく場所ってどんな所なんですか?」
樹が尋ねると、ウォルスは足を止めずに答える。
「今から行くのは平民街、この国の商人や、職人、衛兵など様々な人たちの家が建ち並ぶ地区です。そして、目的の場所は……」
と、言い切る前にウォルスは角を曲がって路地に逸れる。その後も何度も何度も角を曲がり、樹が少し不安に思い始めた頃、ウォルスがようやく足を止めた。
「ここが目指していた場所、この国で最高の鍛冶屋です」
「鍛冶屋……ですか?」
そこにあったのは決して大きくはない工房のような所だった。
あの店で武器を見た後に来るのは不自然に感じた樹は、疑問を滲ませた視線をウォルスに向ける。
「ここには私の古い友人がいるのです。今日は頼んでいたものを受け取りに来たんですよ」
と言いながら中に入っていくウォルス。「ディアンの鍛冶屋」という看板のかかったドアを潜ると、そこは外とは別世界だった。
外見とは違い、広々とした室内は、屋根は吹き抜けになっており、傍には井戸があるなど変わった造りではあるが、それ以上に目を引くものがあった。
工具だ。床には金槌や金床、ペンチのお化けのような道具などが無造作に投げ捨てられていた。
工具を踏まないように奥に入ると、部屋の奥の扉から一人の男が姿を現した。
「ウォルスか、待ってたぞ。アァ? ……ンだよそのガキは。遂に子供が出来たか?」
やつれ気味の顔に無精髭を浮かべ、癖の強い黒髪を掻く男は、およそウォルスと関わりがあるとは思えない出で立ちをしている。
「この子は以前話した召喚者の中の一人です。それより、例の物は準備出来ましたか?」
「一通りは揃えておいたが。お前、こんなモンの使い方わかンのか?」
そう言って男が取り出したのは、白く輝く金属の塊だった。薄い板が何枚か重なっているようだが、樹にはそれしか分からない。
ウォルスは満足そうにそれを受け取ると、代わりに懐から何かを取り出して男に手渡した。
「確かに受け取った。またなンかあったら来い。最高の物を揃えてやる」
「ええ、近いうちにお世話になると思います。その時に幾らでも持ってきますよ」
「ワリィな。こんなモンでも鍛冶屋には高級品なんだよ。武具の素材には最高なンだ」
ウォルスが渡したのは赤い水で満たされた瓶だ。今朝アニムス湖で汲んでいた水とあの金属を交換したのだろう。
「あの、この人は……?」
「紹介がまだでしたね。ディアンの鍛冶屋の店主、ディアン・ケヒト=シルバーアームですよ。この大陸最高の鍛冶屋であり、様々な魔道具を生み出した天才です」
大仰な紹介をされたディアンは興味無さげに首を振る。
「そんなに大したモンでもネェよ。ただ趣味でやってるだけだ」
「透明な硝子の製法や、鉄の効率の良い取り出し方、魔術を補助にした鍛冶の確立などを成し遂げた稀代の天才。魔王様からシルバーアームの名を戴いた、ドヴェルグの英雄です」
「凄いんですね。ドヴェルグってディアンさんのことですか?」
その疑問に答えたのはウォルスではなく、ディアンだった。
「ドヴェルグってのは『鍛冶』で有名な種族のことだ。大昔にカミサマと約束して、鍛冶に使う魔法以外は使えなくなっちまったマヌケの子孫だ。こンな風にな」
ディアンは床に置いてあった金槌を握ると、それで地面を軽く叩いた。すると叩いた地面が一瞬波打ち、粘土のようになる。
ディアンはそれを手で掴むと地面からちぎり取り、指で粘土の形を整えている。
数秒後、ディアンの手の中には精緻な彫刻が施された小さな一体の石像があった。曲線の滑らかさや細かい装飾は、小さいながらもかなりの存在感を示している。
「これが、俺達ドヴェルグだけが使える特殊な魔術だ。触れたすべてのものが材料になり、弄くり回したもの全てが作品になる。周りの連中は錬金術だの土の精霊の加護だの言ってるが、そンなことは知らねェ。俺からすれば、こンなのはただの呪いだがな」
ディアンはそう言い切ると石像を適当に放り投げ、ウォルスの方を見た。
「次の依頼が有るなら早めに来いよ、いつでもいいように日程は空けてある」
「客が来ないから空いているの、間違いではないですか? もっと分かりやすい所に店を構えればいいものを。弟子が泣きますよ?」
「うるせェ。俺はこのくらいが丁度いいンだよ。弟子を待たせてるから俺は行くぞ。じゃあな」
「ええ、また近いうちに会いましょう」
奥の部屋に戻って行くディアンだが、途中でふと立ち止まると、樹の方を見てこう言った。
「作ってほしい物があったらウチに来い。異世界の知識と引き換えに作ってやる」
そして、彼は奥の工房へと戻って行った。樹はウォルスを見て、首を傾げる。
「不思議な人ですね……。ディアンさんとウォルスさんは、どこで知り合ったんですか?」
「王城ですよ。私は魔王様に仕える近衛魔術師として、彼はこの国の直轄で管理される兵士に配る装備の作成や修繕をする、国営鍛冶団の一員として城の敷地へ入りました。それで、城の敷地を歩いているうちに、何度か会い、色々あって親しくなりました。こんなところでしょうか。詳しく話すと長くなりますし、何より彼が嫌がるでしょうから」
鍛冶屋を出て、曲がりくねった道を歩きながらウォルスは話してくれた。いつか詳しく聞いてみたいと思いながら、樹は空を見上げてウォルスに尋ねる。
「もうそろそろ戻らなきゃですかね」
「はい、もう用事はありませんし、日も高くなっています。このまま城まで帰りましょう。ついてきてください」
そういったウォルスは平民街と貴族街を分ける壁まで来ると、門を通るのではなく、そこから壁に沿って歩き始めた。困惑しながらもついていく樹。そのまま少し歩くと、もう一つの大きな広場に出た。
「ここは……?」
最初に行った広場と変わらない位の活気だが、樹の視線は広場の方ではなく、反対の壁側へと向けられていた。
二つの地区を分ける壁。永遠に続きそうなその壁が、途切れていた。その代わり、途切れた部分には壁ではなく丁寧な装飾の施された白い建物が建ち、壁の代わりを成していた。
その美しい建物は、一目でどんな建物なのか解ってしまうような不思議なオーラを放っていた。
「これ、教会ですか?」
「ええ、この国で唯一の国が管理する教会です。宗教についてはまた今度、必要な時に教えますので、取り敢えず中に入ってしまいましょう」
ウォルスに連れられて正面の扉から中に入っていく。中には数人の修道服らしきゆったりした服を着た人が数人、掃除や教会に来た人と話をしたりしている。
また、中は幾つもの部屋があるらしく、懺悔部屋と書かれた札の下がった部屋がいくつか見られた。
(そういえば、文字も読めるんだよな……)
今更ながらに気づく樹。知らないはずの文字が読めてしまう不気味さはあるが、読めないよりはましだろう。
ウォルスはたくさんの部屋の中の一つ、札の下がっていない一部屋の前で立ち止まると、懐から鍵を出して中へ入っていく。
部屋の中には調度品は一つも無い。越してきたばかりのワンルームのような寂しい空間だ。
ウォルスは部屋の中心まで移動すると、樹を呼び寄せ、近くに来た樹を自分のマントで覆ってしまう。いきなりの行動に驚く樹だが、反応を返す前にウォルスが説明をしてくれる。
「これから城へと魔術を使って移動します。できるだけ近くに居てください」
ゲームでありがちな転移のようなものかと納得して大人しくなる樹。それを見たウォルスは魔術を使うために少しだけ目を閉じる。すると、二人の周囲が筒状に輝き始め、その光で筒の向こう側が見えなくなった瞬間ふわりと浮き上がるような感覚が樹を襲い、光は消えていった。
光が消え去るとそこは教会の一室ではなく、樹たち高校生が最初に目を覚ました例の部屋の中心だった。
「この部屋って、あの時の……」
「元々、この部屋は転移魔術の転移先として作られた部屋なのです。それを、儀式をするにはちょうどいいからと流用したのですよ」
ウォルスが言うには特殊な魔術には特殊な環境が必要で、普段から転移を使用しているこの部屋は召喚の儀式と相性が良かったそうだ。
「それでは行きましょうか。昼食を摂ったら新しい指導役の方を紹介します」
食堂にいたのは数人の召使いだけだった。昼食はウォルスと二人きりのようだ。料理を運んできた召使いの人に話を聞くと、他のみんなは食事を終えて休憩中らしい。午前中は中庭でしっかりと特訓をしていたそうだ。
樹は食事を終えると、ウォルスとは一旦別れて紺野を呼びに向かった。午後の訓練が始まる前に新しい講師と顔合わせをしておくためだ。中庭にいるはずの紺野を探していると、広すぎる中庭の外周部、城との境目の段差に並んで座っている人影が見えた。樹はそこに駆け寄っていく。
「みんな、ただいま。少し遅くなったかな?」
「お、来たわね。おかえりなさい、樹」
「もうそろそろ帰ってくるんじゃないかと思って、分かりやすいように集まってたんだ。城の外はどうだった?」
待っていてくれたことを嬉しく思いながらも、ウォルスに呼ばれているからまたすぐに行かなければならないと伝えると、透とありすから抗議の声があがった。
「えーもう行くのかよ。どこに行って来たのか話を聞こうと思ってたのに」
「私も気になるー!」
樹が帰ってきてから、二人がずっと目を光らせていたのを知っていた香蓮は、二人を優しくたしなめる。
「話は夜聞けばいいでしょ。今の樹と真依には時間がないのよ」
「ま、後で聞けるならいいけどな。ありすもいいよな?」
「そうね。その代わり夜は色々聞かせてもらうからね」
自分の睡眠時間の危機を感じた樹は、そそくさと紺野を連れてその場を離れてしまう。食堂へ戻る途中、紺野は午前中のことを少しだけ話してくれた。
「今日はね、香蓮ちゃんが新しいことが出来るようになったって言ってたから、一緒に特訓したんだ。香蓮ちゃん、地面から人形を作って自由に動かせるんだって。すごいよね」
「すごいな。そんなことも出来たのか。ゴーレムみたいな感じかな? 紺野は、今日何をしたんだ?」
「私は、体力が無いのがネックだから、トレーニングがメインだっかな。体力の続く限りゴーレム相手に能力を試してみた」
こちらの世界特有の会話をしながら食堂へ赴くと、中にはウォルス以外に一人、知らない男性が一緒にお茶を飲んでいた。
「来ましたね。こちらへどうぞ、ご紹介します」
ウォルスが樹たちを男の前に座らせる。若く、精悍な雰囲気の男は、樹と紺野を見るとウォルスに確認をとる。
「この子たちが、例の?」
「ええ、人狼として召喚された勇者の二人です」
男は一度、カップに口をつけ唇を湿らせると、二人に自己紹介をした。
「俺が、今日から二人の講師になるフェンリスだ。よろしくな」
「俺は笹原樹です。よろしくお願いします」
「紺野真依です。よろしくお願いします」
「イツキとマイか。よろしくな」
一通り自己紹介を終えると、フェンリスは朗らかに笑いながらウォルスに話しかける。
「いやーてっきり勇者ってゴツいオークみたいな奴らかと思っていたら、まだ子供じゃないですか。無駄に気構えましたよ」
「こう見えて彼らは、高い身体能力に唯一無二の特殊な能力を秘めています。あなたより強いかもしれませんよ?」
その軽いやり取りには互いに気負わない、彼らの関係が長いことを思わせる雰囲気が表れていた。不思議に思った樹は、二人に尋ねる。
「二人は、どういう関係なんですか?」
すると、フェンリスは一瞬ウォルスを見た後、許しを得たかのように明るい顔で答えた。
「俺は昔、ウォルスさんに弟子入りしてた時期があってね。ウォルスさんは俺の魔法の師匠なんだよ」
「遠い昔ですけどね。それより」
ウォルスはそれ以上の昔話を避けるように話題を本題へ戻す。
「早速ですが、フェンリスには一度狼の姿に変化してもらいます。一度見てから教えてもらうほうがわかりやすいですから」
ウォルスの言葉にフェンリスは頷き、少しだけ他の三人から距離を取る。すると、何をするわけでも無くフェンリスの体表に獣の毛が現れ、口は尖り、手足の形状が変化していく。
遠吠えも無ければ呪文の詠唱も無かった。
程なくして、二本足で立つ狼そのものになったフェンリスは、狼の口で流暢に言葉を発した。
「これが、人狼種の特権。狼化だ」
狼となったフェンリスの姿は力強くも美しい。其の姿に樹は憧れにも近い驚きと興奮を感じていた。
新しい人物が登場しました。
個人的にディアンは好きなキャラです。
2018/3.25
副題の頭につける話数が抜けていたのを修正しました。