第五話 訓練
ウォルスとの立ち会いから三日が過ぎていた。
樹たちは立ち会いの次の日から訓練を始めている。訓練とは言うが、極端に厳しいというわけでもない。ウォルスによる魔法や魔術の講義なども多く、まるで学校の授業が形を変えた様だった。
今日も全員が揃ってウォルスの講義を聴いていた。今日の講義は昨日の復習から始まった。
「まずは、昨日の復習です。魔術と魔法の違いを覚えていますか? では、マイ様。どうでしょう?」
「は、はいっ」
ウォルスに名指しされた紺野が少し緊張しながら答える。
「魔族にしか使うことのできないのが魔術、誰にでも使える可能性があるのが魔法。ですよね?」
「その通りです。これはこの世界では常識ですのでしっかりと覚えてくださいね」
その回答に満足したらしいウォルスは、一度頷いてから授業を続ける。
「では次に、ハヤト様。魔族にしか魔術が使えない理由と、魔法の特徴を教えてください」
隼人は、隣で船を漕ぐ透を小突いてから答える。
「魔族には、体の中に特殊な器官があり、その器官が魔術の元になる魔力を作り出しているからです。魔法の特徴は、この魔力を、世界中を漂う精霊から借りて代用する所です。あと、それには特殊な儀式が必要なんですよね」
自信満々に答えた隼人に、ウォルスは頷き、新しい範囲へと講義を拡げていく。
「今日話すのは、あなた方の身体についてです。とはいえ、皆様それぞれ種族が違うので一人ずつ話していきます。仲間の特徴を知っておくのも大事なことですよ?」
隼人が透を叩き起こすのを見ながら、ウォルスはまず一番端に座っている蒼真に目を向ける。
「まずはソウマ様からでしょうか。ソウマ様は、魔人という種に分類されます。他にもトオル様、カレン様、アリス様が同じだと思われます。この大陸では最も数の多い種です。この国の国民も七割は魔人種ですから」
「人によって結構見た目が違うのは何故ですか?」
「大きい要素は産まれた場所になります。ですが、召喚されたあなた方に関してはなんともいえません。しかし、ソウマ様の青い髪は北方に多い色。対して、カレン様の赤い髪は南方に多い色とされています。そして、アリス様ですが……金髪は広く分布しているため、特定しづらいのですが、目立つのは目の色。青い目は珍しく、恐らくですが……」
ウォルスが言い澱むのは珍しい。有栖や他の皆も耳を傾ける。
「この大陸唯一の遊牧民族、霧の民でしょう。彼らは、様々な場所を行商をしながら移動し続けています。彼らは特殊な魔術の知識を代々継いでいると噂され、魔道士たちの中では度々語られる有名な存在です」
まあ、私は会ったことがないので、確定は出来ませんが、そう言ってウォルスはありすへと微笑んだ。
そして、次に透の方を向く。透は自身に関することなので、真剣に聞こうとしている……ように見える。
「ウォルス先生。俺も何か特別な民族とかだったりするんですか?」
「いえ? 黒髪に黒目は割とどの地域にもある特徴です。別段珍しくはありません」
「えっ? あ、普通ですか。はい……」
目に見えて落ち込む透。隣で隼人が慰めている。ウォルスは透についての話は早々に切り上げ、隼人を見る。
「ハヤト様はとても珍しい種族ですね。霊体種、魔力を生命の糧とする特殊な種族です」
「霊体種?」
「ええ、彼らは食事、睡眠などの行為が魔力の生成に繋がり、魔力を生命力に変換して命を繋ぐ存在です。つまり、魔力と命が直接繋がっている種なんですよ」
普通の魔人ならば魔力が切れても死ぬ事は無いが、霊体種はそれが命に直結しているらしい。しかし、それは同時に、魔力の生成が容易であることと、ある程度の不死性を持つことを意味する。
隼人は目を輝かせてウォルスを見やる。
「てことは、俺の能力で寿命を代償にしても魔力で補えるって事ですよね」
「そうなりますね。まあ、寿命ですから、計画的に使わないといけませんよ?」
そして、ウォルスは次に樹の方をみる。
「イツキ様とマイ様は同じ種族ですね。人狼と呼ばれる、特殊な種族です」
「人狼? 俺はこの耳があるからわかりますけど、紺野には何も付いてませんよ?」
樹の言う通り、樹の頭には人間の耳の代わりに犬のような耳が飛び出ていた。しかし、紺野の頭にはそんな耳はついておらず、しっかりと人の形をした耳が顔の横に付いていた。
「確かに……。と言うか笹原君だって耳だけじゃあんまり狼っぽくないよね」
「そう? 案外気に入っているんだけど、この耳」
樹と紺野が話す間に、ウォルスはどこからか一冊の古い本を取り出して、ページをめくっていく。
「えーっと。ああ、これですね。お二人とも、これを見てください」
ウォルスに言われて、二人が本を覗くと、そこには見たこともない文字と、いくつかの絵が描かれていた。
「この本には人狼の特徴について記述されています。彼らの特徴はなんと言っても変身でしょうね。人の体と狼の体の二つの姿を持ち、自在に変身できる珍しい種です」
「紺野は人の姿ですけど、俺は耳が狼ですよね。何か違いがあったりするんですか?」
「本によると、変身に慣れていない子供に多い現象のようです。変身のコツを掴めば治るそうですよ」
「……不具合みたいなものですかね」
ウォルスが本を閉じて、羽ペンを取った。インクをつけてもいないのにウォルスはさらさらと紙にペンを走らせる。その後にはしっかりと文字が記されている。
「私の知り合いに人狼種の人がいますので、近いうちに来てもらうように手配しましょう」
ウォルスが書き終えた手紙に指先で触れると、手紙はひとりでに形を変え、鳥のような形をとると窓から飛び出していった。
「ウォルスさん、今のは……」
「ええ、魔術の一種です。遠い場所と連絡を取るならこれが一番ですから」
「さっきのペンと紙も特別なものですか?」
「道具も魔術の一部です。使うときにだけ自分の魔力を使って作り上げるものですよ。役目を終えれば消えてしまいます。イツキ様の能力とは似て非なるものですね」
説明しながら手元のペンを手品のように消し去るウォルス。目を見張る樹を見ても、ウォルスはいつものように穏やかに笑っていた。
全員分の説明を終えたウォルスは、樹たちを城の中庭へと連れていく。城の大きさと比例する様に中庭も高大で、ちょっとした林の様な場所もある。
「さて、次は身体的な技術の訓練です。皆様はそれぞれ、能力の訓練にあたってください。何かあったら私の所に来ること。しばらくしたら模擬戦を行いますので、そちらの準備もお願いします」
ウォルスの指示に従い、それぞれの気に入った場所に別れて、練習を始める一行。樹は広い中庭の中央付近、木の生い茂る場所に来ると、地面に座り込んだ。
樹の能力は想像力が直に能力の強さと繋がっている。そのため、樹は体を動かす前にイメージトレーニングを行っていた。
座り込み、手を前に出し、想像していく。特別な物を選ばなくてもいい。手の中に収まる物を、イメージしやすい物を、より正確かつ明確に。
頭の中の物体が質感を持ち始めた頃、樹は手の平へと魔力を注ぎ込んでいく。樹の手が仄かに光を放つ。ぼんやりと光っていた手が一際眩く輝くと、光は樹の手の中へと収束していった。
光が収まると、樹の手の中には一本のナイフが出現していた。
ナイフと言っても、サバイバルナイフのようなしっかりした造りのものではない。光沢も無く、切れるかどうかも怪しいそれは、木を削ったものに塗装を施した玩具のようだ。
樹は辺りの落ち葉を適当に拾うと、そこにナイフを滑らせる。
拾った葉は特別厚い訳でも無く、硬い訳でも無かったが、その葉は切れることなく原型を留めていた。
「駄目か……」
樹は落ち葉を放りながらため息をつく。二日前から毎日色々な物を作り出していたが、切れ味の良い刃物を作ることには未だ成功していない。
成功しない理由を考えた樹は、ある一つの仮説を立てる。
「刃先か……?」
こちらに来てからは、鋭利な刃物を見ていないことに気付く樹。食事の際も、使うのは匙と先が二股のフォークだけでナイフは使っていなかった。今までの訓練では木刀の様なものしか作っていなかった樹は、実際の金属特有の光沢や、鋭利な刃先を明確に思い浮かべることができない。
ウォルスに頼んで実際の武器を見せてもらえることにはなっているが、それも明日のことだった。
樹は立ち上がると次の練習へと移る。目を閉じ、一息の間をおいてから開く。そして、手を一度だけ振る。すると、その手には一本の棒切れが握られていた。
非常に簡素な出来で、棒という単語を聞いて想像する最もシンプルな形とも言えるものだ。
樹はそれを地面に放ると、もう一度手を振る。しかし、その手の動きは一度では止まらず、流れるように何度も続く。
棒を作っては足元に捨て、また作る、捨てる、作る、捨てる。
それをひたすらに繰り返す樹だが、作った棒の数が百を超えたあたりで棒が作れなくなる。
魔力切れだ。
貯めれば貯めるほど魔力が増える霊体種と違い、魔人種や人狼種は魔力の最大値に限界がある。最大値は魔力を使えば使うほど増える事はウォルスから教わったが、樹は能力発動のスピードと正確さを鍛えるためにこの修行を行っていた。魔力の最大値はそのついでなのであまり気にしてはいない。
樹が実際に作った棒を見てみると、一つ一つ長さや形状が微妙に異なっている。
この誤差をできるだけ無くすために、樹は魔力の限界まで連続で棒を作り続けていた。そして、この修行をした結果、棒を作ろうが食器を作ろうが魔力の消費量は同じで、消費量は物品の強度や大きさ、重さを工夫するときに増減することがわかっている。
昨日、樹がハンマーを作った時、先端の方へと重さを集めるように意識して作ったそれは、作った本人ですら扱えない重量を持っていた。純粋な魔力のみで作られたハンマーは、ウォルスが研究の資料にすると言って回収してしまった。
「っと。そろそろかな」
棒を拾い集めた樹は、両手に棒を抱えたままで空を見上げる。
すると、先ほど樹が歩いてきた方向、つまりウォルスのいる方角から、白く輝く球体がふわふわと飛んできた。昼間でも目立つその発光体は、各々の自主練習の終わりを伝え、ウォルスの元へと集めるための合図だった。
樹は手にしていた棒の束を地面に置くと、その中の一本に無造作に触れ、一瞬で棒を消し去る。
樹の力で作った物体は、大きく損壊させるか、樹が消えるように命令を出すことで消し去ることができる。その発見に付随する形で、樹が│触れながら(・・・・・)消した物体に使われた魔力は戻ってくることも判明した。
樹は全ての棒を消して魔力を回収すると、ウォルスの元へと急ぐ。樹がついた頃には、樹を除く全員が集合していた。
「ごめん、待たせた?」
「いや、みんな今来たとこだよ」
隼人がそう言うと、周りの皆も頷く。
ウォルスは全員が揃ったのを確認すると、再び城内を移動して城の一角にある訓練場に移動した。勇者用に特別に作られただけあって、樹たちが最初に連れて行かれた城外の訓練場とは造りが違う。広さは然程でもないがより頑強で、勇者の能力の発動に耐えられられる造りになっていた。
「では、実技訓練といきましょうか。今日の組み合わせは……」
ウォルスが取り出した紙片の内容を読み上げる。内容は実技訓練の組み合わせ。これから互いに能力を使って競い合う相手の名前を、樹は少しの昂りを感じながらしっかりと聞き取った。
「……第三戦。イツキ様とハヤト様。そして第四戦が私とマイ様です」
樹は思わず隼人を見る。隼人との対決は、互いに楽しみにしていた組み合わせだった。
二人は互いに笑い合うと、第一戦を見学するために訓練場の端へと移動する。
二日前から始まっていたこの訓練だが、今日の組み合わせはどれも初の試合ばかりで、樹は好きなスポーツの試合でも見るかのような興奮を感じていた。
そして、第一戦を戦う二人が訓練場の中心へと移動する。
「ではソウマ様とトオル様。二人とも手をこちらへ」
ウォルスが二人の手をとると、その手を起点にして光が起こり、蒼真と透を包み込んでいき、消えた。
今のはウォルスの魔術で、衝撃の緩和と、安全のためのストッパーを兼ねていた。つまり、あの魔術があれば、力一杯殴られても無事で済むし、やり過ぎて怪我をしそうなときは、拘束魔術としても働き、事故を未然に防ぐことができる。
二人は一度距離をとると、ウォルスの号令を待つ。
「それでは。第一戦、開始!!」
訓練が始まった。彼らは存分に力を振るいながらぶつかり合う。
――これはまだ訓練。模擬戦を見守るウォルスの目は、今はまだ、優しい光を湛えていた。
五話以降は完成次第投稿します。投稿ペースは隔週か、少なくとも月二回を目標にしていきます。
そのうちSNSでの宣伝も始めようと思いますので、これからもよろしくお願いします。
第六話は今週末か、来週頭に投稿します。