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第四話 能力

「……つき。樹! 起きろ!」


 耳元で誰かが叫んでいる。その声に聞き覚えがあると気づいた瞬間、樹は慌てて目を開け、体を起こした。


「樹! やっと起きたか。寝坊だぞ」


 ベッドの横には隼人と蒼真がいた。二人とも呆れた様子で樹を見ている。

 隼人がため息を吐いてから樹の現状を伝える。


「まだ起きていないのはお前だけだ。他のみんなはもう制服を着て玄関に集まってるよ」


 それを聞いた樹は大急ぎで脱いでいた制服を着込み、玄関へと向かう。

 広間のようになっている玄関に着くと、確かに樹以外のメンバーは全員揃っていた。


「遅いわよ。いつウォルスさんが来てもおかしくないわよ」


 不機嫌な様子の香蓮に謝り、他のみんなにも声をかけていると、不意に玄関の扉が軋み、ウォルスが来たことを知らせた。

 護衛らしき人物を数人連れた老人は、昨日と変わらない調子で告げた。


「みなさん、おはようございます。昨晩はお休みになれましたか? お食事の用意が出来ております。ひとまずこちらへどうぞ」


 ウォルスに促されるままについていく一行は、昨日彼らが出てきた大きな建物へと入っていく。

 昨日は暗くてはっきり見えなかった建物も、今ならその全貌を見上げることができた。

 それを見上げた樹の口から、思わず言葉が漏れる。


「城だったのか……」


 石造りのいかにも堅牢そうな印象を与える城の中へと、樹たちは案内される。食堂へと続く道の途中、樹はある事に気付いて蒼真に声をかける。


「そういえば、あの鏡ってどうしたんだ? 俺の置いておいた場所に無かった気がしたんだけど」

「ああ、あれなら女子たちに渡しておいたから、今はあいつらの部屋の中じゃないか? 部屋の中でキャーキャー言ってたぞ」


 話している間に、昨日食事を摂った場所と同じ食堂に着いた。

 ウォルスは、樹たちが食事の席に着いたことを確認してから自身も対面の席に座った。


「みなさん。どうぞ遠慮なく召し上がってください」


 ウォルスがそう言うと、真っ先に食べ始めたのは透だった。昨日こそ警戒してあまり食べていなかったが、警戒は食欲の二の次らしく勢いよく食べ物を口に放り込んでいく。

 それを見た樹たちも空腹には抗えず、少しずつ料理を口に入れていく。

 やがて全員が食事を終えると、ウォルスは近くに控えていた召使いに片付けをさせながら話し出した。


「では、昨日の続きを。まずはおさらいからです。ここは魔王が治める国、魔王国エニファスの首都、エンフィードです」


 その後、樹たちを召喚した理由を聞き、ついでに全員の能力をウォルスに教えた樹たち。

 ウォルスは聞き出したことを羊皮紙に纏め、懐にしまう。


「ここからが新しく話す事柄になります」


 ウォルスはそう言って召使いが置いていった茶に口をつける。


「私たちの暮らす世界は、五つの大陸から成っています。それぞれの地にはそこを治める種族の大国が存在しています」

「その大陸間の争いが、僕たちが呼ばれた原因ですね」


 ウォルスの言葉に続けるように樹が口を挟むと、ウォルスは驚いた様子もなく頷いた。


「その通りです。どうやら説明はあまり要らないようですね。必要に応じて話していく事にしましょう。……あまりこの手の話題が得意でない方もいるようですし」


 早々に船を漕ぎ出した透を見ながらウォルスが微笑む。隼人が肘で小突いて透を起こすと、ウォルスは再び話を続ける。


「あなた方には、先程教えてもらった力の他に、『神の加護』と呼ばれる特別な力が宿っているはずです。自覚はありますか?」


 頭の中に思い当たる知識がある樹が頷く。


「はい。この身体もそうですし、今なら元の世界では出来ないような運動も出来そうです」

「そういえば、昨日からやけに体が軽く感じてたんだよな」


 同じく自覚していたらしい蒼真が首肯すると、他の五人も同様に頷く。


「それこそが加護の効果でしょう。今のあなた方は鍛えられた兵士よりも力強く、馬よりも速く駆けることのできる肉体を持っているのです!」


 と、そこまで興奮ぎみに話してから、ウォルスは突然冷めた口調で話し始める。


「——ですが、あなた方は戦闘の素人です。いくら加護や能力があっても、熟練の将兵には手も足も出ないでしょう」

「……それは、やってみないとわからないじゃないですか」

「そうでしょうか。自信がおありなら……試してみますか?」


 思わず口を出してしまった樹に、ウォルスはあくまでも笑いながら問う。


「あなた方全員は無理ですが、一人や二人なら試す時間もございます。挑戦してみますか?」

「——っそれは…………」

「いいじゃないか。やってやろうぜ、樹!」


 樹よりも先に返事を返したのは、隼人だった。どんな事にでも挑戦し、体を動かすことが好きな彼は自信満々に参加の意志を宣言した。


「俺は折角ならこの力を試してみたい。樹、付き合ってくれないか?」


 隼人のまっすぐな目に見つめられ、樹は心を決めてスイッチを入れ替える。

 ——どうせなら楽しもう。この世界を、全力で。

 樹はそう考えながらウォルスに告げる。


「ウォルスさん、やらせてください。俺も自分の力を試してみたいです」


 ウォルスはそれを聞いて頷くと、手元のお茶を飲み干し、立ち上がる。


「それでは行きましょうか。他の方々も、見学できるように手配してありますので」


 連れていかれたのは、城を出てすぐの所にある建物だった。城のような華やかさはないが、その広い空間としっかりした作りは、床が土であることを除けば元の世界でいう体育館のようだ。


「さて、ここが練兵場です。兵士の訓練場ですよ」


 樹と隼人は、ウォルスと共に訓練場の中心へと移動した。蒼真や紺野たちは端に寄り、二人を見守っている。中心まで来た樹たちにウォルスは手を差し出す。


「では、よろしくお願いします。遠慮はいりませんよ。全力で来てください」


 差し伸べられた手を取ったのは隼人だった。握手をして、ウォルスへと挑発的な笑みを浮かべる。


「ウォルスさんが相手ですか? てっきりもっとゴツい奴が出て来るかと思ってましたよ」

「それは失敬。精一杯やらせて頂きますので、ご容赦を。勝ち負けについてですが、ハヤト様が私に触れればあなたの勝ち、私があなたを拘束すれば私の勝ち、でいかがでしょう」

「それでお願いします」


 言葉を交わした二人は、一度距離を取って向かい合う。


「イツキ様。すみませんが、開始の号令をお願いできますか?」


 腕を振り下ろす動作を見せながらウォルスが頼む。


「え? あ、はい。わかりました」


 樹は慣れない様子で腕を上げ、号令と共に振り下ろした。


「始め!!」


 最初に動いたのは隼人だ。向上した身体機能に任せてまっすぐに突っ込んでいく。

 触れれば勝ちという条件に従い、ウォルスへ手を伸ばす隼人。

 しかし、高速で伸ばされた手がウォルスに触れることは無かった。

 ウォルスは最低限の動きで隼人の手を避けると、後ろへ跳んで距離を取る。


「流石勇者様、と言ったところでしょうか。予想外に素早いようです……が、それだけでは勝てませんよ?」


 ウォルスはそう言うと、隼人の方へと手を伸ばす。


「光を此処に。数は一つ、役は拘束。我が意に従い敵を縛れ。『フェア・ジーグ』」


 ウォルスが言葉を放つと同時に、伸ばした手の先から光の帯が飛び出した。

 突進の反動で体勢を崩した隼人の右腕へと光が纏わりつく。


「——!? なんだこれ、取れっ……!?」


 狼狽える隼人をウォルスは追撃することなく観察している。その目には明らかな余裕が浮かんでいた。


「これが魔法ですよ。どうでしょう、もう降参されては?」

「まだです。右腕のこれも別になんともないし、俺はまだ能力を試していませんから」

「そうですか。ではどうぞ。来てください。次で決められなければあなたを確実に拘束します」


 隼人はウォルスの言葉に表情を変える。

 そして——隼人が消えた。


 いや、正確には消えてはいない。ただ、初動から圧倒的なスピードで動き出したため、樹たちの目では追えなかったのだ。


 隼人の能力だ。樹はそう確信する。


 隼人は先程のスピードとは比較にならない速さで、ウォルスの背後へと回り込んでいた。

 死角に潜り込む隼人。ウォルスは後ろを向くことすら叶わずに隼人に背中を触られる。


 ——はずだった。


 隼人が伸ばした手がウォルスに触れ、そのまま貫通した。


「なっ!?」


 勝ちを確信していた隼人は困惑の声を上げる。

 隼人は慌ててウォルスの体から手を抜こうとする。しかし、ウォルスの体は隼人の手を咥えたまま、離さない。

 混乱する隼人。そこへ不意に後ろから声がかかる。


「ハヤト様。私の勝ちですね」

「ウォルスさん? 今、どこから……?」

「あなたの後ろからですよ。これも魔法の一種です」


 種明かしをしたウォルスが右手を軽く振ると、隼人の手を咥え込んでいたウォルスが霧のように消える。隼人の右腕の光も消えていった。

 ウォルスは疲れた様子など微塵もなく、隼人に微笑む。


「ハヤト様の能力、確かに拝見いたしました。『代償魔術』、中々に強力な能力のようです。磨けば光る原石ですよ」


 ウォルスの言った、代償魔術。それが隼人の能力だった。

 価値のある物を対価として、強力な恩恵を得る能力。価値のある物は、別に形のある物だけではない。

 例えば、隼人が先程払った代償は時間だ。

 隼人の時間。つまり、寿命を使ってあの速度を叩き出したのだ。

 無論、寿命を使うだけではすぐに尽きてしまうので、減ったぶんを取り戻す方法はある。

 時間以外にもあらゆる「価値がある」と見なされるもので発動出来るのが隼人の能力だった。


「俺の負けです。ありがとうございました」


 隼人はそう言ってウォルスに頭を下げる。

 ウォルスは隼人を見学組に合流させ、樹と向かい合う。


「まだ、試してみないとわからない、そうお思いですかな?」

「いえ。流石に実力はわかりました。ですが、僕はこの力を試してみたいんです。お願いします」

「もちろんです。では、ルールはさっきと同じにしましょう。いつでもどうぞ、()れればあなたの勝ちです」


 ウォルスはあくまでも樹を迎え撃つつもりのようで、一歩も動かない。

 速さだけでは勝てないと悟った樹は、早々に能力をフル回転させて、行動を起こす。

 樹の能力、幻想魔術。その力は、想像した物品を自由に創り出す能力ではない(・・・・)

 その本来の能力は、幻想の名の通り、幻を操る能力だ。創造の能力は、幻に実体を与えているだけに過ぎない。

 つまり、工夫をすれば先程ウォルスが隼人を捕まえた時のような芸当も出来る。

 樹は頭の中に作戦を浮かべながら、ウォルスへと走り出す。

 至近距離から伸ばした手はやはり届かず、ウォルスは滑るように半歩動いただけだった。

 そして、後ろに下がりながらウォルスの口が動く。


「ハヤト様と同じでは、結末も同じですよ? 光を此処に。数は二つ、役は拘束。我が意に従い、敵を縛れ。『フェア・ジーグ』」


 ウォルスの魔法が樹を襲う。隼人の時は何も効果が無いように見えたが、樹は直感に任せて回避しようとする。

 しかし、放たれた光は避けようとする樹に追い縋り、右腕に纏わり付いた。

 先程はこれで終わりだったが、再びウォルスの声が響く。


「光よ。留まれ」


 言葉と共に、反撃しようとしていた樹の動きがガクンと止まる。


「……っ!? 腕が、動かない!?」


 樹の右腕に巻き付く光が動かない。腕が壁に埋め込まれたかのような錯覚を覚える樹に、ウォルスが歩み寄る。


「イツキ様。これで決着、ということになりますかな?」


 樹は、薄い笑みを浮かべながら問うウォルスを正面から見据える。

 そして——ニヤリと笑った。


「ええ。これで、終わりです!!」


 ウォルスの背後から(・・・・)樹が叫ぶ。


 幻想魔術で作ったダミーを囮にし、自身は同じく魔術を使い姿を消していたのだ。

 虚空から滲み出るように現れた樹は、そのままウォルスへと手を伸ばす。

 あと少し、十センチほどの距離。ウォルスは振り向いてすらいない、樹が勝利を確信し、指先が背中な触れる、その直前。

 ウォルスが何かを呟いた。


「光よ。敵を固定せよ」


 その意味を樹が理解するよりも早く、樹の指先が止まる。

 あと数センチ。ウォルスはゆっくりと振り向き、本物の樹と向かい合う。


「惜しかったですね。イツキ様」

「……確かに、魔法は避けたはずなんですけどね」


 悔しそうに樹が呟くと、ウォルスは樹の右腕を自由にして、種明かしをする。


「私が呼び出した魔法は二つです。片方はイツキ様のダミーへ、もう一つは姿を誤魔化して、本物のあなたへ放っていただけです。魔法の数は詠唱を聞けばわかりましたよ?」


 当然のことのように話すウォルスに、樹はいじけたように愚痴を零す。


「……本当は魔法に詠唱なんて必要ないんでしょう? それに、ずっと俺のこと見えてましたよね?」

「そこまで気付ければ上出来です。詳しくは後々教えるとしましょう」


 ウォルスは樹と共に見学組の方へと向かう。走り寄った皆は、口々に心配の言葉をかける。


「お疲れ様。笹原君」

「樹、大丈夫か?」

「笹原? 怪我は無いわよね?」


 紺野や隼人、香蓮の声に応えていると、ウォルスが皆に向かって言った。


「今の力試しであなた方の力量はある程度把握しました。皆様が全員、あの二人のような能力を秘めているとなると相当心強いです。しかし、あなた方はまだその能力を活かしきれない。例えるなら、走り方を知らない馬のようなものですね」


 ウォルスは「そこで」と間を置いて、続きを告げる。


「あなた方には、私たちの国を守る為、しばらくの間、訓練を受けてもらいます。もちろん、一流の講師を手配し、この国で最上の生活環境を提供することを約束します。どうでしょうか、皆様」


 その言葉に、樹たちは顔を見合わせる。

 樹は訓練を受けるつもりでいたが、その考えは先程ウォルスと立ち会い、自身の気持ちを固めたからこそのものだった。

 ――隼人はともかく、他の皆は躊躇うだろうな。

 そう思い、皆の方を振り向いた樹は、即座にその考えを捨てることになる。

 皆の目は、好奇心に溢れていた。

 元々、内気で大人しい性格の人がいなかったのも幸いだろう。皆、この世界で過ごす事に反発する気は無いようだった。


 ――何も心配する必要なんてなかったんだ。


 それを見た樹は、もう一度ウォルスへ向き直ると、真正面から答えを口にする。


「わかりました。これから、よろしくお願いします、ウォルスさん」


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