第三話 最初の夜
ウォルスに案内され食事をとった樹たちは、先程までいた建物から少し離れた建物へと移動していた。
「この館の中のものは、あなた方の好きにしていただいて結構です。部屋もどこを使っても大丈夫です。明日の朝にお迎えにあがりますので、今日のところはお休みになってください」
ウォルスはそう言うと館を出て行ってしまう。
館に残されたのは、七人の高校生と、彼らの不安が生み出す静寂だけだった。
「とりあえず、集まって話し合わないか?」
暗い雰囲気を明るくするために隼人が声をかける。
それを聞いた樹は、辺りを見て適当な部屋に目星をつけると、中へと皆を誘った。
女子がベッドに腰掛け、男子は床に座って向かい合う。
最初に口を開いたのは、紺野だった。
「いちいち驚く暇もないね。なんなの、これ……」
疲れた様に呟く紺野。それに答えたのは、自己紹介以来全く喋らなかった一人の男子生徒、霧島透だった。
「そりゃ、決まってる。異世界に召喚されたんだろ、俺たち。漫画とかアニメとかでよくあるやつだよ」
「でも、あれはフィクションだろ。今俺たちがいる場所は、どう見ても夢や漫画の中なんかじゃないだろ」
隼人の言葉で、透は俯いてしまう。
現実。
先ほどの宝石のおかげで頭の中に刷り込まれた知識は、この世界が本物であること、日本とは根本的に考えの違う世界であることを明確に樹たちへと伝えていた。
「でもさ。帰る方法もあるんでしょ? だったらさっさと帰っちゃえばいいんじゃない?」
停滞した空気を破ったのは、三人いる女子の中の一人、黒江ありすだった。
その軽い口調に答えたのは成田蒼真——隼人と同じ部活に入っている男子生徒だった。
「無理だろうな。あの人の話を聞く限り、俺たちは用があってここに連れてこられたんだ。それが終わるまでは帰してもらえないと思う」
「そっか……」
再び沈む空気。まずいと思った樹は、慌てて声をあげる。
「そうだっ! みんなさっきの宝石でさ、能力もらっただろ? それをみんなで教えあわないか?」
「いいな、面白そうだ。ついでに変わった見た目のことも話さないとな」
樹の提案に隼人が賛成する。他のみんなも興味があるようで、少し雰囲気が明るくなった。
「みんな、能力の使い方も分かってるよな? ここで見せられる奴は、少しだけ試してみようぜ」
隼人の言葉に全員が頷く。
そして、各自の能力の披露が始まった。
全員が能力の説明を終え、隼人が変わった見た目のことを話し出そうとした時、樹が隼人に言った。
「隼人、ちょっと待って、続きは明日にしないか? 透がもう限界だ」
そう言われて一同が霧島の方を見ると、霧島は座ったまま、意識をどこかへ飛ばしているようだった。
それを見た香蓮は、ため息を吐く。
「しょうがないわね。今日は休んで、私達の外見については明日にしましょう。羽橋?」
それを聞いた隼人が頷くと、香蓮はもう一度ため息を吐いて樹に指示を出す。
「笹原、羽橋。あなたたちは外に出て適当な部屋を見繕ってきて。成田はそこの居眠り馬鹿を抱えてその部屋に移動して」
次々と飛ばされる指示に慌てて従う樹たち。
隣の部屋へと霧島を移動させた後、香蓮は樹たちに言った。
「今日はこれでお休み。明日は早く起きた部屋の方が起こしに行く。それでいいわね?」
気圧された男子が首を縦に降る。
それを見た姉御肌の女子高生は、「おやすみなさい」と一言呟いてから部屋を出て行った。
樹たちはそれを見送った後、示し合わせたかのようにベッドの一つに集まって車座になった。霧島は他のベッドに放ったままだ。
三人はこの状況でさっさと寝られるほど優等生ではなかった。
男子ならば一度は想像し、同時に夢物語だと悟っていた異世界。その夢が今、自分たちを呑み込み、目の前に広がっている。その興奮が不安と混ざり、樹たちの意識を異常なまでに覚醒させていた。
この世界に興味津々らしい隼人が、最初に話し始めた。
「お前たちから見て、俺の見た目ってどんな感じなんだ?」
そう言われた樹と蒼真は、改めて彼を眺める。
元の世界での隼人の特徴は全く無くなっていた。黒かった髪は鮮やかな金髪になり、目は宝石のような紅い光を湛えていた。
“元の世界”では見ることの出来ない非現実的な見た目の美しさに、二人は改めて感心する。
そんな樹たちを見た隼人は、何も言わない二人に不安そうなで尋ねる。
「な、なあ。俺の見た目どっか変なのか?」
思わず見惚れていた二人は、その声で正気に戻る。気まずさを感じた樹は、隼人と目を合わせずに答える。
「まあ、なんていうか。自分で見た方が分かりやすくないか?」
その言葉に隼人は怪訝な顔をする。
「何言ってんだ樹。自分で見るって言ってもこの部屋には鏡なんてないぞ」
そう言う隼人に、樹は少し得意げな口調で疑問に答える。
「見れるんだよ。俺の『能力』を使えばさ」
幻想魔術。それが、樹が神様らしきモノから受け取った力の名前で、あの宝石に使い方を教えられた力だ。
本来なら幻影魔術と呼ばれる、対象に幻を見せる魔術のはずのそれは、神様のおかげなのか少しだけ追加の能力が発現していた。
樹の答えを聞いた隼人は一瞬納得したように見えたが、すぐに呆れたように笑いながら言った。
「そりゃそうだけどな。お前、その訳のわからない力を抵抗なく使えるのどうなんだ。何か悪い事があるかもしれないだろ」
そう言われて、樹は少し何かを思い出すような素振りを見せた後、再び隼人を見て言った。
「大丈夫。少し体力を使うけど、寝れば治るだろ」
「そうか。なら止めないけどな、得体が知れないことは確かなんだ。明日、詳しく説明を受けるまでは使いすぎないようにしろよ」
隼人から許可を得た樹はすぐに能力を働かせ、先ほど思いついた作戦を実行する。
目を瞑り、元の世界で普段から見ていたある物を思い浮かべる。できるだけ詳細に、鮮明に。頭の中で質感さえ持ち始めたイメージを、次は手の中へと移して行く。
樹がゆっくりと目を開けると、その手には鏡があった。大学ノートくらいの大きさの鏡は覗き込んだ樹の顔をはっきりと映している。
想像の実体化。それが樹に与えられた能力の特徴だった。
頭の中に思い浮かべたものを現実へと昇華させる能力。凄まじい能力のように思えるが、 常識を超えた範囲、例えば数百メートルもある鉛筆や、想像が出来ない精密な機械などは実体化できないなど、意外と自由度は低かった。
とはいえ、鏡を作るくらいなら十分できる。
樹が鏡を隼人に渡すと、隼人は鏡の中を覗き込み、目を輝かせた。
「おお! 目が赤くなってる! 髪の色も変わってる!」
興奮する隼人を見ながら、樹は追加で二つの鏡を作る。一つは蒼真に投げ渡し、もう一つは自分で覗き込む。鏡の向こうに映るのは、茶色い髪に碧眼の少年だった。
容姿はある程度。そして、髪と目の色以外にもう一つ、大きな特徴があった。
耳だ。
樹の耳は元の位置……顔の横から、より頭頂部に近い場所へと移っていた。形は犬の耳のような三角形で、髪と同色の毛で飾られている。
「……そういえば獣人なんだっけ、俺」
今更のように呟く樹。力加減でぴくぴくと動く耳を見つめていると、横合いから蒼真の声がかかった。
「なあ樹。この鏡さ、明日までこのまま出しておけるのか?」
「ん? ああ、壊さなければいつまででもそのままだぞ」
「ならさ、明日女子たちにもこれ渡してやろうぜ。あいつらも自分の姿くらい見たいだろうから」
蒼真の提案に樹が賛成して、三人の鏡を集めた後、隼人が大きな欠伸をした。
それにつられて欠伸をする蒼真と樹。
ウォルスと別れてから随分と時間が経っている。欠伸で自分たちの眠気に気づいた樹たちは、いそいそと硬いベッドに潜り込む。
疲れからくる眠気に微睡みながら、樹は明日からの生活に大きな希望を感じていた。
2018/02/11編集。黒江有栖の名前を黒江ありすに変更。