83 郷愁縁起編4 家庭訪問
「今はお爺様とギルがもてなしている。ハルも一緒だ。早く来い」
ミラが俺の手を引き、強引に連れて行こうとする。
「待って待って、そのハルのお母さんは何しに来たの? てか、いきなり来たのか?」
俺は半ば引きずられる様に歩きながらミラに尋ねる。それを聞かないとどう対応すべきなのか判断できないからだ。
「今日はひま……じゃない、忙しい合間をぬって、辺境に遊び……調査に行ったです。ガサの町であそ……調査を終えたあと、お母さんなら色々知っているはずだってハルが言い出して、お母さんに会いに行ったです。その時イチローの事を色々話したみたいです。そしたらこうなったです」
俺の質問にはトアが答えてくれた。
「……トアはハルが話した内容は知らないのか?」
「ハッキリとは知らないです。名前を付けられた話と、ユキの事は話したようですが……」
うあー、なにそれ。ハルの考えはわかる。確かにもの凄い長生きしてるハルの母親なら、物知りに違いない。例えば原初の混沌の事なんかを知っているかもしれない。それはわかるが、……いきなりすぎる。せめて事前に相談してくれ。
俺どんな顔して会えばいいの? ていうかハルはどういう説明したんだ。まさかつがいになりたいとか卵産みたいとか言ってないよな?
「………あ、お腹痛い。会うのは明日じゃダメかな?」
「そういうのいいから早くするです。もう結構待たせてるです」
「そうだぞ、さっきちょっと覗いたが、このままではお爺様の胃に穴が開くのも時間の問題だ。とりあえず行ってくれ」
そう言ってミラは俺を引っ張ってどんどん進んで行く。
しかし、これは……。ハルが俺の事をどういう風に説明したかによるが、なんというか、交際し始めたばかりの彼女の親に会いに行くような心境というか、それとも就活の面接か。圧迫面接じゃないことを祈ろう。まさかいきなり殺されはしないだろうが。……いかん、考えが纏まらない。
こういう時こそ【思考加速】でじっくり考えて覚悟を決めればいいのだろうが、それはタマムシに禁止されている。脳みそのダメージが回復するまで使うな、ということらしい。その上タマムシはほとんど表に出てこない。俺とのチャンネルを繋ぐだけで魔力を消費するので、ある程度の魔力が回復するまではなるべく活動を控えると言っていた。緊急事態、つまり俺が極度の緊張や興奮状態になれば脳内のアドレナリンとかナントカでわかるらしいのだが、そのような事態が起きない限りしばらく呼びかけにも答えないつもりらしい。今、正にその緊急事態だと思うんだけど。
呼びかけてみたが返事がない。どうやら出てくるつもりは無いようだ。
「ここだ。お爺様が相手をしてギルが給仕をしている。気を付けろよ。トアやアンナが言うには、とんでもない相手らしい。お前の対応いかんでは帝都が、いや、帝国がヤバいかも知れん」
対応を検討する間もなく応接室の扉の前に辿り着いてしまった。そこでミラがそんなことを言い出した。
「……アレはヤバいです。魔力の質が違うです。……上手く言えないですが、底が知れないです」
ミラの言葉にトアはそう答え、アンナは真剣な顔で頷いている。
「うそでしょ? 機嫌悪いの? 怒られる流れなの?」
もしそうなら俺はなりふり構わず逃げるぞ。
「私達に対しては礼儀正しいというか、優しそうな感じだったぞ。だが、ハルの名付けの件もある。フチのことをどう思っているかまでは……」
「それは、確かにそうかもしれないけど、アレは名前を受け入れたハルにだって責任が……」
「それを私に言ったって仕方ないだろう。そいうのはハルの母君に言ってくれ。それにハルもフチの事を悪く伝えたりはしないはずだ。大丈夫だ。胸を張ってドンと構えていろ」
そりゃ、ミラに言ってもしょうがないけど、……コイツ、他人事だと思って。
「ミラ、私達はどうしましょうか?」
エリーは特に気負った風もなく落ち着いている。
「そうだな、エリーは私達と一緒に待機していてくれ。母君が使徒に対してどういう心証なのかわからん。刺激したくない。とりあえず行くのはフチとユキだ。メイは酒か何かを持って、給仕のふりをして後から行ってくれ」
ミラの言葉にそれぞれが頷いている。
「しかし、アンタも本当に次から次だね。まぁ、骨は拾ってやるよ」
「イチロー、ヤバくなったら土下座です。土下座をするです」
「最古の竜ですか。今の私ではなかなかに厳しい相手ではありますが、こちらにはハルとユキがいます。殺すのは流石に難しいかも知れませんが、何とかなるでしょう」
シルビアは呆れ顔で、トアは半笑いだ。完全に面白がってるじゃねーか。エリーは何やら物騒な事を言っているし。それにしてもコイツはなんでこんなに好戦的なんだ。脳筋か。
「いやいや、戦わないし。もし怒ってたら土下座でもなんでもするし。それに、万が一の時もハルがこっちの味方に付くとは限らないだろ。親子なんだから」
俺のその言葉にエリーは呆れた表情でため息をついた。
「……いいですか、イチロー様。例え親が敵になろうと、ハルは絶対にイチロー様の味方です。それくらいわかりそうなものですが……まったく、ハルが今の話を聞いたら悲しみますよ」
意味がわからん。なんだかんだで血縁ってのは強いと思うけどな。名付け親よりも実の親だろ。それとも竜は人のそれとは感覚が違うのか。
「いいから行ってこい。絶対に粗相はするなよ」
ミラは俺が返事を返すより先に、ドアをノックした。覚悟も何も出来てないんだが、もう行くしかない。ハルのお母さんが変な人じゃありませんように。
「失礼いたします。お客様の待ち人をお連れしました」
ドアの脇にはギルバートが立っていて迎え入れてくれた。ミラはギルバートに軽く頭を下げると俺とユキに前に行くように促す。
応接室の中央に置かれたテーブルには三人の人物が腰掛けている。アリオンとハル、そしてもう一人の女性がハルの母親なのだろう。
その女性はシンプルな黒のドレスを纏った黒髪の女性だった。顔立ちは整っていてどことなくユキに似ているように感じる。頭にはハルのものとは少し違う巻き角が二本生えているが。あまり大きくなく、金属のような質感で髪飾りのように見えなくもない。
「やっと待ち人が来たようですね。それでは私は暫く席を外します。もしお時間がお許しであれば、このあと夕食をご用意いたしますが、いかがなさいますか?」
アリオンは俺たちの姿を確認した後、その女性に向き直り丁寧な口調で挨拶を始めた。普段のアリオンを知る者なら彼の様子がいつもと違う事にすぐ気が付くだろう。だいぶ緊張しているようだ。
「そうですね。それではせっかくですので頂きましょうか。人里に来たのは久しぶりだから少し楽しみね。それと楽しいお話をありがとうございました。よろしければまた後でお聞かせください」
ハルの母親は立ち上がり挨拶を返している。その口調はゆっくりとしたもので、相手への気遣いも感じられる。俺は彼女のその反応を見て心の中で胸をなでおろす。とりあえず常識的というか、変な人ではないようだ。今のところは。
アリオンが退室する際にチラリと目が合ったのだが、その表情は何とも言えないモノだった。色々な感情が入り混じっているように見えたが、一番わかりやすいのは疲労と安心感だろうか。厄介な仕事をやり遂げた顔、といった感じだ。なんというか、お疲れ様です。
アリオンを見送った後、とりあえず挨拶する。まずは自己紹介からだ。ちなみにミラはアリオンと共に退室し、ギルバートは俺たちの分のお茶を用意すると言って、一緒に部屋を出て行った。
「えーと、初めまして。渕一郎と申します。それで、こっちが……」
俺はユキに視線をやり自分で自己紹介するように促す。
「………ユキ………シルバーメイス………」
ユキはボソボソと呟くように言った。ハルの母親は俺たちの傍まで歩いてくると、俺をじっと見つめながら、その口を開いた。
「あなたがイチローさんですか……私は……そうですね、とりあえずイディナと呼んでください。黒を意味する古い言葉です」
そう言っててじっと俺の目を見つめてくる。しばらくその状態が続き、その沈黙に耐えられず、何か言葉を発しようと思ったときに、彼女はふっと視線をそらした。そして今度はユキの前に進み出る。
「あの子に聞いたわ。辛い目にあったそうね。……自らの記憶を消して、その上使徒などにいいように操られるなんて………。だからあの時私は止めたのに……」
ハルの母親、イディナと名乗ったその女性は少し寂し気な表情でユキを見つめる。
「………ごめんなさい。……私……覚えてない……」
ユキはイディナの言葉に戸惑いを隠せないでいる様だ。申し訳なさそうに目を伏せている。
「……いいえ、いいのよ。……ユキ・シルバーメイス……その名前の意味も聞いたわ。“銀槌山脈に積もる雪”……いい名前ね。そして私の子は、ハル・シルバーメイス。“銀槌山脈に春を告げる者”。……山脈に降り積もる冷たい雪は決して消えることは無く何人も寄せ付けない。でも、やがて必ず訪れる暖かい春の日差しはその雪を優しく溶かしていく。……ふふ、素敵ね。まるで吟遊詩人の詩の様。……それにしても、あなたが私の子と同じ性だなんて、なんだかおかしな気分だわ」
イディナはそう言って少しだけ微笑み、しばらくユキををじっと見つめたあと、くるりと踵を返し、テーブルに向かう。
俺が二人につけた名前は、なかなか好感触の様だ。すごく詩的な表現で褒めてくれたが、正直そこまで考えて付けたわけでもないんだけど。特にハルの名前は元の名前を日本語に言い直しただけだし。日本語というか、日本語と英語が混ざっているという、いかにも中学生が考えそうな名前だ。思い付いたときはカッコイイかも、なんて思ったが、今考えるとちょっと恥ずかしい。でもまぁ、とりあえずよかった。一番気がかりだった名前の件はこれでクリアかな?
「少しお話ししましょう。なにか私に聞きたいこともあるのでしょう?」
俺たちはイディナにテーブルに着くように促され、黙ってそれに従う。
俺はアリオンが座っていた椅子に腰かけ、ユキはその隣の椅子に座ろうと手をかけたときに、イディナから声がかかった。
「あー、あなたはこっちよ。私の隣。こっちにいらっしゃい」
イディナはどうやらユキを自分の隣に座らせたいようだ。俺は戸惑った表情を見せたユキに軽く頷く。ユキは少し迷った様だが結局イディナに言われるままに、彼女の隣の椅子に腰かけた。つまり、イディナの左隣はハル、右隣にユキが座っている状態だ。別に席が決まっているわけではないし、誰がどこに座ろうとかまわないのだが、しかし、これは……。
「さて、それじゃあお話しをしましょう。まず、うちの子のことをどう思っているか聞きましょう。それと、あなたが自身で思っているあなた自身の長所、短所などを伺いましょうか」
イディナは両肘をテーブルに突き、組んだ両手を顎の所に持ってきて、まっすぐ俺を見ながら真剣な表情でそう告げた。
……圧迫面接じゃねーか。




