82 郷愁縁起編3 たられば
ニサは俺の提案を受け入れ、代価についてはそれでひとまず納得してくれた。特定の情報が持つ価値というのは時に金貨より重い。彼女ならわかってくれると思っていたので、それほど心配はしていなかった。そのあと、治療薬の受け渡し方法やその価格、そして情報を受け取る際の方法や、緊急時の接触の方法など、細かい所を詰めていく。
一通り話し合いは終わり、シルビアとニサがお互いに契約書の様なものにサインをしてこの商談は一応の決着を迎えた。その最後に俺は注意事項というか忠告をする。
「あの、ニサさん。一ついいでしょうか。えーと、うちの竜がですね、何故かはわからないんですが、あのゴブリンの村をとても気に入ってまして、あそこに何かあったらマジで暴れだすかもしれません。そうなると、俺は止められないかも……。なんだか脅しみたいになってしまって申し訳ないような気もするんですけど、これはそんな意図ではなくて、純然たる善意からの忠告と言いますか………とにかく、そこは本当にお願いします」
以前、俺が辺境のガサの町でラステイン家でお世話になっていた頃、竜の姿を衆目に晒しガサの町を歩けなくなったハルは、頻繁にゴブリンの村に遊びに行っていた。ゴブリンの言葉も少し覚えたようで、狩りだけでなく畑仕事や薪割などを手伝ったことを楽しそうに話していた。最近もシルビアの送迎で村に行く機会が増え、シルビアが仕事をしている間に、イモの植え付けを手伝ったとか、薬草の採取について行っただとか、嬉しそうに皆に話していた。きっと、あの村はハルの中で大切な場所になりつつあるのだと思う。そこにもしものことが有れば、……また、自分の事をワレ、とか言い出すかもしれない。ヤバい。
「……わかりました。もとよりその部分には細心の注意を払うつもりではありましたが……。その、そちらのユキ様ことではないのですか? 先ほどアイリが竜だと……」
「あー、ユキは確かに古竜ですが、今言っているのはそれとは別の竜です。最近帝都の空をよく飛んでいる方、といいますか、……紛らわしくてすみません」
「………つまり、ロウ様のお仲間には竜がお二人いらっしゃる、ということですか?」
「はぁ。まぁその、……はい」
俺の歯切れの悪い返事にニサは何とも言えない表情をしていた。いつもなら、どうせ日本に帰るんだし、別になんと思われてもいいや、となるのだが、今は少し事情が違う。先日、ミシアから帰れないかもしれない、とはっきり言われてしまったからだ。その事を思い出してしまい、つい色々と考えてしまう。そんな思いがもしかしたら表情に出ていたのかもしれない。ニサは別れ際にこう言ってくれた。
「ロウ様。私はあなた方が用意したものに対して、先ほどご提案された対価では十分ではないと思っています。もし他に、私どもでなにか出来ることが有るのであれば、その時は遠慮せずに仰ってください」
俺はその言葉に曖昧に返事を返し、別れの挨拶をして屋敷に帰るために歩き出した。先日の大立ち回りで、俺の顔を知っている人がいるかもしれない。フードを深くかぶり俯いて杖を突きながら歩いていると、なんだか気が滅入って来る。悶々としながら、屋敷での話し合いの事を思い出していた。
ミシアは色々と説明してくれた。例によって技術的な事はあまり理解できなかったが、結局は俺があまりにも有名になり過ぎたせいで、存在値、というものがミシアの想定を超えてしまったため、俺が安全に、確実に日本に帰るためには、既存の方法では難しい、ということらしい。
ツツミという連合国の代表も世界的に有名人なので、その辺はどうなのかと聞いたら、どうも俺の中にタマムシがいる、ということが問題だそうだ。つまり、タマムシの存在値プラス、有名になった俺の存在値では完全にキャパオーバーだろうということだった。その辺りは詳しく調べないとわからないので、とりあえず連合国に渡ることになっている。
ミシアはこの件に関して流石に責任を感じているらしく、他にもいくつかの方法を模索中らしい。
例えば、俺からタマムシを分離するという案。これが一番手っ取り早い方法なのだが、そのためにはタマムシの新しい器が必要になってくる。まさか、またカプセルの中に戻れと言うわけにもいかず、かといって、その辺の一般人の中に入ってください、と言う訳にもいかない。というわけで、人工的な器、人工生命、所謂ホムンクルスに移動できないか、ということになったのだが、ホムンクルスの作成はほとんどの国で禁止されている失われた技術らしい。その上タマムシ自体が謎な存在すぎるのでその調査もしなければならないそうだ。あとは異世界転移が起きやすい場所や条件を調査して、その場所に転移陣を設置することで成功率を上げることができないか、などなど、色々な案を出してきた。そして、その為の情報収集をニサに依頼し、その上で他の仲間たちもそれぞれで手分けしてそれらの調査にあたってくれている。
とぼとぼと歩きながら、もう帰郷は諦めるべきなんじゃないか、という思いが沸き上がる。以前から感じていたことではあるのだが、ミシアはともかくとしても、他の皆は俺の我がままに付き合わせている様でなんだか申し訳ない。皆は俺の故郷の日本に行きたいと言ってくれているが、それは、俺に合わせてくれてくれているだけで、別にそこまで拘っていないのではないだろうか。
そして、俺の存在はラステイン家にも迷惑をかけている。他の貴族や帝国の上層部にも睨まれているようだし、俺たちの食費だってただではない。このままでいいはずは無い。
ただ、今回の件で俺が一番申し訳なく思っているのは、シルビアに対してだ。治療薬の対価として依頼した調査は俺の為であって、シルビアが得をすることは何一つない。逆にマンドラゴラの存在を明かしたことでリスクが高まってさえいる。たらればの話はしてもしかたがないが、俺がもう少し慎重に行動していれば、こういう事態にはならなかったのではないか、という考えがどうしても捨てられない。
俺は、夕刻が近づきつつある帝都の町を歩きながら、軽快な足取りで前を歩くシルビアにその思いを率直に告げた。言ったからどうなるわけでもない、と頭では理解していたが、言わずにはいれなかったからだ。
「なにやら元気がないと思っていたら、そんなことを考えていたのかい?」
俺の話を聞いたシルビアは呆れ顔だ。足を止め、何言ってんだコイツみたいな顔で俺を見ている。
「ふむ。……もしもの話をしても仕方がないが、……もしアンタがアタシの村に現れなかったら、って想像してごらんよ。まず、ミラとギルバートは間違いなく生きちゃいない。そして、マンドラゴラが手に入っていない可能性が高いから、リジーと貴族の娘も助からない。それから、アンタがいなくても竜は森に現れたはずさ。あれはアンタのせいじゃないからね。アンタがいなかったら、竜を撃退することは難しかっただろう。アタシたちはあんな馬鹿げた大穴を掘ったり、マンドラゴラをあんな風に使うなんて思いつかないからね」
「………それは、……」
それは結果論であって、俺がいなくてもなんとかなったんじゃないかと思わなくもない。
「そして、今回の話でもっとたくさんの命が救えるようになるかもしれない。自分の作った薬でそれが成せるなんて、片田舎で薬師を生業にしてるアタシからしたら夢の様な話さ」
シルビアはそこで一度息をつき、俺をまっすぐに見ながら言った。
「でも、アタシがアンタに一番感謝してるのはトアのことさ。……あの子は村で孤立気味だった。自分は村の皆とは違うという思いがあったんだろう。あの子は〈原種〉だからね。そこにアンタが現れた。見た目も考え方もまるで違うアンタと接することで、逆に村への帰属意識が高まったんだろう。本当の意味で村の一員になれたのさ。口に出しゃしないが村の皆もアンタには感謝してる。皆トアのことは心配してたからね」
確かに、ゴブリンの村でそんな風な話は聞いた。俺と会う以前のトアを知らないので何とも言えないが、それこそ俺でなくても良かったのではないか、と思う。俺はシルビアにその事を告げる。
「さあね、それこそもしもの話さ。ただ、アンタがどう思っていようと、アタシはアンタに感謝していて借りを返したいと思ってる。それは紛れもない事実だよ。そして、アンタの周りにいるやつらは多かれ少なかれそう思ってる。だからアンタと一緒にいるんじゃないのかい?」
そんなこと言われても、という感じなのだが、申し訳なく思っていたシルビアからそう言われると、少しだけ気持ちが軽くなったような気がする。かといって、俺の罪悪感のようなものが消える訳じゃないけど。そんなことを考えていると不意に右袖を引かれた。みるとユキが俺の袖を掴んでいる。
「…………手伝う……」
ユキは真剣な顔で俺を見つめている。この子の言葉を聴いたのも久しぶりの様な気がする。以前に比べて表情や立ち振る舞いは随分と明るくなったのだが、もともと無口なタイプの様で、喋っているのをあまり見たことがない。一緒に行動することが多いハルは元気で騒がしいタイプなので、バランスがとれているのかもしれない。
「イチロー様は気にしすぎです。理由はそれぞれあるでしょうが、皆がイチロー様のお役に立ちたいと思っているのです。誰かに強制されているわけではなく、やりたいことをやっているのですから。それと、今のお話し、トアはともかくハルにはしないほうがいいですよ。逆に気を悪くするかもしれません」
それまで黙って話を聞いていたエリーがそんな事を言い出す。エリーの言っていることはわかるが、気にしすぎって言われてもなぁ。実際ほぼ全て他人任せなわけだし。
ただ、どういう理由にしろ皆が俺の為に力を貸してくれているのは確かな訳だし、そこで当事者である俺がこんな後ろ向きの考えではいけない気がする。俺は大きくため息を吐き、気持ちを切り替える。
「そうだな。俺がこんなんじゃダメだな。……ユキもよろしく頼む」
俺がそう声をかけるとユキは薄く微笑んで小さく頷いた。
「それでも、いよいよのときは、なんか商売でも始めるかぁ」
その時の開業費はミシアに出させよう。うーん、なんかそれも有りな気がしてきた。たこ焼き屋さんでもやるかなぁ。粉ものは当たれば儲かるってどっかで聞いたし。
「商売と言えば、トアがイチロー様と大衆風呂をやると……自分は湯だけ沸かして、あとの面倒な事はイチロー様にやらせると言っていました。てっきりそういう話になっていると思っていましたが……」
「何それ聞いてない」
じゃあ、お風呂屋さんやりながらたこ焼き売るか。いやいや、そうじゃない。俺は日本に帰る。発泡酒を飲みながら、レトロゲームのプレイ動画見てボケボケしたい。
「そういえば、大衆風呂で思い出したんだけど湯を沸かす魔道具を買ったんだよ。村に共同風呂を作ろうかと思ってね。ドルフにでも頼もうかと思ってるんだけど、フチ、アンタも知恵を出しな」
「あ、はい」
「給水はともかく排水をどうしようかと思ってね。畑も大きくなったし、いっそ近くの川から新しい用水路を引き込もうかとも思ってるんだが……」
俺たちはそんな話をしながら屋敷に戻った。焦ることは無いのかもしれない。皆の負担にならないくらいでボチボチやっていこう。ツツミという人は帰郷するのに十五年掛かったわけだし。ただ、日本で俺の捜索依頼が出されてたら、色々と面倒そうなので、その辺は要相談だな。
ニサの用事が済んだので、帝都での急ぎの用事は特にないはずだ。これからの予定をみんなと相談しよう。連合国に行く前に細々とした用事を片付けないといけない。皇帝陛下? 俺に会いたきゃそっちが来い。もう知らん。
屋敷に着いたのは日が暮れるころだった。表門を抜けると、玄関の前で数人の人物がたむろしている。トアとミラ、アンナ、そして従士とメイドが数人。こんなところで何してるんだろう。
俺たちの姿に気が付いたのかトアとミラがこちらに駆け寄って来る。
「よかった。お前たちを迎えに行くところだったんだ。ちょっと大変なことになっていてな」
ミラが慌てているようなホッとした様ななんとも表現しにくい表情で言う。
「えっと、まさか皇帝陛下が尋ねてきた、とか?」
口には出していないが、もしかしてフラグを立ててしまったのだろうか。急に来られても困るんですけど。
「そっちの方がまだましです。ハルのお母さんが来ているです。イチローに会わせろ、と言っているです」
……え? ………急に来られても困るんですけど。




