81 郷愁縁起編2 商談
俺は今、帝都のとある高級飲食店に訪れている。宿屋に併設されているような食堂兼酒場の店ではなく、飲食専門の店、所謂、高級レストランといった趣の店だ。店に入ると店員に奥の個室のような場所へ案内された。
同行しているのはシルビアとエリー、そして何故かユキがついてきた。メイは当然のように一緒だ。あまり大勢で押しかけるのもどうかということで、このメンバーに落ち着いた。他の面々はそれぞれ何かしら行動しているようなのだが、何をしているのかはよく知らない。ハルとトアはゴブリンの村に行っている様で、ミラやミシア、他の人たちも色々と忙しいらしい。というか、メンバーの中で一番何もしていないのが俺だったりする。
先日の話し合いの後、ラステイン家の使用人にお願いして適当な酒場に行ってもらい、酒場の店主にニサに言われた合言葉を言うと、この場所と日時を指定されたというわけだ。
高級そうな装飾が施された個室で出されたお茶を飲みながら待っていると、数人の人物が部屋に入ってきた。その中の一人の女性が俺たちの前に進み出る。
「お久しぶりです。ロウ様。こちらで時間と場所を指定しておきながら、遅れてしまってすみません」
女性はそう言うと頭を下げる。〈山猫の主〉と呼ばれる女性。魔人族のニサだ。
「いえ、俺たちも今来たところです。こちらこそすみません。連絡が遅くなってしまって。ちょっと色々ありまして」
俺は椅子から立ち上がり頭を下げる。俺の言葉を聞いたニサはクスクスと笑ったあとまた軽く頭を下げた。
「……はい。それは良く存じております。確かに色々と大変だったようですね。それよりもご無事で何よりでした。またお会いできて嬉しく思います」
俺はニサの微笑んだ表情に少しだけ見とれてしまう。以前に会った時も感じたことだが、なんというかこの人には独特の魅力がある。見た目が良い美人であることはもちろんだが、それ以上に、人を引き付ける魅力というか安心させるような雰囲気というか、そういうものを感じる。これがカリスマというやつだろうか。持って生まれたものなのか、長い年月で培われたものなのかはわからないが、彼女の周りに人が集まっているのもなんとなく理解できる。
それぞれの名前だけの軽い紹介の後、俺たちは席に着いた。ニサと一緒に部屋に入ってきた人物のうち一人はニサの横に座り、もう一人は後ろに立つ。そしてもう一人はドアの所に立っている。ニサの隣に座ったアイリという若い猫耳の女性に見覚えは無いが、後の二人には見覚えがある。ニサの後ろに立っているのは、あの日、ニサとの別れ際にあの建物に駆けこんできた中年の男で、名前はエバンだそうだ。ドアのところに立っているのはメイにのされたあのオークのおじさんだ。名前はゴグ。おじさんかどうかはわからないが。
「なんだか、色々と気をまわして頂いたようで、すみません。ありがとうございます」
「いえ、やはりおわかりになりましたか? もしかして少々露骨過ぎたでしょうか?」
席につきながら俺とニサはそんな会話を交わす。傍から見れば何を言っているのかわからないような会話だが、帝都の噂話の件だ。アリオンが言っていた通りやはり噂話の操作を行っていたようだ。その操作にどれほどの労力が必要なのかはわからないが、ニサは世論をある程度自由に操れるという事だ。それは国家にとっては脅威だろう。マスメディアが発達していないこの世界では、帝国を裏から操ることが出来ると言っても決して過言ではない。
「えーと、それで、以前にお願いされた件なんですけど、その時にお答えできなかった事を説明します。と言ってもそれほど複雑な話ではないんですけど」
俺はそう断ってから、エデ病の治療法について説明した。エルフの秘薬という伝説級の薬が必要な事、そして、その原料となるマンドラゴラのこと。シルビアとゴブリンの村について丁寧に話す。ニサは俺の話を黙って聞いていた。シルビアが治療薬の作成者だと話した時、少し驚いた表情を見せたが、特に何も言わなかった。一通り説明を聞いたニサはゆっくりとした口調で話し出した。
「なるほど。そういう事情が御有りなら、確かにおいそれとは話せないでしょう。それと、ロウ様が仰った奇跡のような幸運を得た、という言葉の意味も理解しました。しかし、それでは……」
ニサはそこで言葉を止める。結局、エデ病の治療にはマンドラゴラという伝説級の素材が必要だという事に思い至ったのだろう。俺はシルビアに視線を向ける。シルビアは軽く頷くと懐から小さな布製の巾着を取り出した。
「ニサといったね。実は今ここにその薬をもってきてるんだよ。そっちの娘、アイリといったかい? その子に【鑑定】させれば本物だとわかるはずさ。そのために同席させているんだろう? それとアンタ、これは忠告だけど、初対面の人様を【鑑定】するのは止めときな。特にこういう場ではね。わかる人はわかるんだよ。それに、見なくていいものを見てしまう事もある」
シルビアは巾着袋をニサに差し出しながら、その隣に座っているアイリという女性にそう声をかけた。シルビアの言葉にアイリの方を見ると、ひどく動揺しているようだ。話の途中から少し落ち着かない様子だったが、俺たちを【鑑定】していたのか。彼女が何系の獣人種かはわからないが、頭のうえについている猫耳のような耳がぺたんとなってしまっている。
「アイリ、そうなのですか?」
アイリはニサにそう問われると、俯いて小さく縮こまってしまった。ニサは一つため息をつくと俺たちに向き直る。
「申し訳ございません。うちの者が失礼を働きました。そちらのシルビア様の言う通り、なにかお薬のような物をお持ちなった時に、スムーズにお話しが出来るようにと【鑑定】スキルを持っているこの子をつれてきたのですが。……なにぶんまだ子供でして、稀代の英雄と名高いあなた方を前に好奇心を抑えきれなかったのでしょう。……いえ、これは言い訳にはなりませんね。本当に申し訳ございませんでした」
アイリは、隣で深々と頭を下げているニサを見て、ますます動揺している。オロオロとするその姿を見ていると可哀そうな気さえしてくる。
「まぁ、気持ちはわかるよ。特にアタシはこんななりだしね。あまりその子を叱らないであげておくれ。それに、その子はなにもわからなかったから動揺していたのさ。そうだろう?」
シルビアは少し優し気な口調でアイリに話しかける。
「……はい。ロウ様以外の方は何も見えませんでした。私、こんなの初めてで……。あの、ごめんなさい」
「ふむ。そうですね。アイリさん、もう一度ユキを【鑑定】してみてください。……ユキ」
「……ん」
シルビアとアイリのやり取りをあまり興味が無さそうに見ていたエリーが横から口を挟む。そして話を振られたユキは短く頷いて、アイリに視線を向ける。アイリは暫く戸惑っていたが、やがてユキの方をじっと見つめる。
「!! ……竜!?」
アイリはそう呟いてガタンと椅子を鳴らしながら立ち上がる。
「それが、シルビアさんの言う、見なくてもいいもの、というものです。世の中には知らなくていいものや知らない方がいい事柄というものがあります。知りたがりのコボルトは長生き出来ない、という言葉もありますので、お気を付けになったほうがいいですよ」
エリーはそう言いながら、涼しい顔でお茶に口を付けている。久々に聞いたコボルト格言シリーズも気になったが、それよりも……。
「……見せるのは自分じゃないのな」
「それはそうです。年齢がバレるじゃないですか。ですよね、シルビアさん」
「……歳のことをアタシに振られても困るんだが……そうだね、世の中には自分が持っているスキルなんかを秘匿している者がいる。荒事の世界で生きている連中なんかは特にそうだね。そんな連中の秘密を下手に知ってしまうと、面倒なことになるってことさ」
シルビアはアイリに向かってそう言い終えると、ニサに向き直る。
「さて、少し話はそれたけど、本題に入るとしよう。アンタの事情はこのフチに聞いてる。あの病に関わったことが有る者として、アンタの気持ちもわかるつもりさ。あれは本人も辛いが周囲の者も辛い思いをする。ゆっくりと死んでいくのをただ黙って見ているしか出来ないんだからね。しかも、子供に多い病気だ」
「……はい」
「だから、アンタに協力するのはやぶさかじゃない。手広く商売をやっているアンタなら、この薬を帝国中に広める事だってできるだろう」
「ですが、この薬は……」
「話は最後まで聞いておくれ……ここから先は本当に口外無用でお願いしたいんだ。知っていて黙っているより、そもそも知らない、という方が望ましいんだけど」
ニサはシルビアの言葉を受け、ドアの所に立っているオークのおじさんを退室させた。アイリも席を立ち部屋を出て行こうとしたが、それをシルビアが呼び止める。【鑑定】を持っているアイリは真贋を確かめるためにどのみち事情を知ることになるだろう、という事らしい。アイリが改めて席につき腰を落ち着けたのを見てエリーが音を遮断する魔法を展開する。
「色々と考えてきたんだが、まずこれを見ておくれ」
シルビアは今度は布の包みを取り出すとアイリに手渡し【鑑定】するように促す。アイリは緊張した面持ちで包みを開き中のモノを確認する。中には乾燥した草の様なものが入っていた。
「……マンドラゴラ! ……その葉の部分です! ニサ様」
「それはアタシが栽培したものだよ。治療薬を作るには他にもいくつか必要な材料はあるけど。それがキモさ。そしてこれが薬のレシピだ。治療法も書いてある」
ニサはシルビアから治療薬の調合方法と、治癒術の種類や治療の要領が書かれた紙片を受け取る。その手は少し震えているようだ。
「栽培………そんな事が可能なのですか?」
「アンタにマンドラゴラの栽培方法と治療薬の調合法を教えて丸投げするのも考えたんだけど、アレは魔素の濃い場所でしか育たないようだ。それこそ大辺境の僻地のような場所でしか育たない。それに扱いも難しい。知っているとは思うけど下手に引っこ抜くと人死にが出る。それに、薬や毒として扱うのも危険な代物だよ。おかげでアタシはこんななりになっちまった」
ちなみにマンドラゴラの栽培は例の森の中に小さな畑を作り、そこで行われているらしい。育成の面でも安全の面でもそれが一番だと判断したそうだ。確かに万が一を考えると村の傍の畑で育てる訳にもいかないだろう。
ニサは調合方の書かれた紙片を手に持ったまま固まっている。シルビアは構わず続ける。
「というわけで、治療薬はアタシが作るよ。うちの村に出入りしている行商人を通してアンタに定期的に治療薬を届けてもいい。ただ、それだとアタシや村に何かあった時にそれで終わりになっちまう。そこでアンタにお願いしたいことが有る。……マンドラゴラの代わりになる素材を探してほしい。腕のいい薬師や錬金術師なら見つけられるかもしれない。なんせ薬と、材料とレシピが揃ってるんだからね。帝国中を探せば似たような成分の素材が見つかるかもしれない。そして、エデ病の患者を探して臨床試験を行う事だ。今まではわざわざ患者を探すような真似はしなかっただろうが、これからは違う。この薬があれば確実に治せるんだからね。アンタの人脈ならそれが出来るんじゃないのかい?」
シルビアに事情を話し相談した結果、今話した方法が現実的だろうという結論に達した。シルビアやミシアによると、治療薬そのものとレシピがあれば、時間はかかるかもしれないが似たような効果の物を作ることはおそらく可能だろうということだった。例えて言うなら、今までは何の手がかりもなく、暗闇の中を手探りで歩く状態だったわけだが、今ははっきりとゴールが見えている状態だ。あとはそこに向かって走り出せばいい。
ニサはレシピの紙片をじっと見つめたまましばらく動かなかった。きっと色々な想いが有るのだろう。隣に座っているアイリが心配そうにニサの様子を伺っている。
「………お話しはわかりました。必ずそのようにいたします。あの病の治療法を確立することが今の私の夢でもありますので。……しかし………これほどの物をお預かりするのです。代価はいかほどお支払いすればいいのでしょうか」
ニサはしばしの沈黙のあとそう言った。これに対するシルビアの返事は早い。
「治療薬の買値も売値もアンタにまかせる。まぁ、あんまり法外な値段にはしてほしくないね。誰でもがんばれば手が出るくらいの値にしておくれ」
それからシルビアは以前にミラにしたような説明をはじめた。今現在特に必要な物や欲しいものは無く、お金を貰っても使い道がない。また、村に物資や設備的なものを持って押しかけられ、変に注目を浴びても困る、という話だ。
「こっちはアンタに面倒ごとを押し付けてるみたいで、逆に申し訳ないくらいなんだがね」
当然、マンドラゴラや治療薬の出所がゴブリンの村であることを悟られないように偽装してもらう事や、村に害が及ばないように気を配ってもらう事を伝えはしたが、それは治療薬を提供する条件の様なものだ。代価には成りえない。それはニサもわかっている。
「……先ほども言いましたが、エデ病の治療法を確立することが私の悲願です。シルビア様はその道筋を示して下しました。それに、私達はこれでも一応商人ですので、代価を払わずに何かを頂くわけにはまいりません。……なにかご希望を仰っていただくことは出来ませんか」
ニサのその言葉にシルビアは俺に視線に向ける。俺は軽く頷いてニサに告げた。
「えーと、情報を集めて欲しいんです。ニサさんの手が届く範囲で、帝国と言わず、世界中で。その情報を代価とすることでお願いできませんか?」
「それは……その情報の内容にもよりますが……どのような事をお知りになりたいのですか?」
「……原初の混沌について。それと異人や界渡りにまつわる伝説や言い伝え。それから伝説級の錬金術師の情報を。噂話やおとぎ話のようなものまで、集めてもらえませんか」




