79 郷愁縁起編 プロローグ
「よう、レオン、遅い出勤だな。もういいのは残ってないだろ?」
冒険者組合の依頼が張り出されているボードの前で、どうしたものかと思案していると、横合いからそう声を掛けられた。
「そっちこそ。今日は休養日ですか?」
「ばっか、俺らは割りのいい仕事の契約を決めてきたとこだよ。三日後から商隊の護衛だ」
声をかけてきたのはミハイルという髭面のおっさん冒険者だ。上級に近い中級というか、所謂ベテラン冒険者の一人で僕が駆け出しのころから何かと気にかけてくれている。まぁ、この人は面倒見のいい人で、僕だけでなく、この組合に出入りする駆け出しや新人は大抵この人の世話になっている。実力もあるので組合の信頼も厚い人だ。
「今の時間にボードを見たって、もう薬草取りぐらいしか残ってねぇだろ?」
ミハイルは依頼書が張り付けてあるボードに目をやりながら言った。依頼書は依頼内容が何系かを示す特徴的なスタンプが押してあり、たとえば採取系とか討伐系とか、スタンプの図柄を見れば、字が読めなくてもある程度わかるようになっている。期限と報酬金額くらいはわかるので、その辺りを考慮して良さそうなのが有れば受付に持って行き、詳しい説明を聞くことが出来る、という流れだ。
新しい依頼が有れば、朝一に職員が張り出すのだが、今は昼前だ。割のいい仕事はほとんど残っていない。残っているのは、面倒で時間や手間がかかる割に報酬が安かったり、単純に危険すぎて手が出ないような仕事ばかりだ。
「その薬草取りに行こうかと思いまして……」
「おめぇがか? 今更そんな……って、そうだったな。おめぇんとこのチームは確か……」
「ええ、解散しました」
「………まぁ、よくある話っちゃぁよくある話だが……。おめぇにその気が有るなら、良さそうなチームと間を取り持ってもいいが……」
「いえ、しばらくは一人で活動しようかと……」
「そうか……。まぁ、気が向いたら声かけてくれ。……といっても、俺もしばらくこの町を離れるんだがな」
「はい。ありがとうございます」
僕はお礼を言ってそのあと少し世間話の様な事をする。ミハイルと別れたあと、またボードを眺める。簡単な仕事は一人でも受けられるし、初心に還るのも悪くない。そう思って何枚かの依頼書をボードから剥す。報酬の安い採取系の依頼でも掛け持ちで受ければそこそこの金額にはなる。指定の薬草を採って来るだけの簡単な仕事だが、薬草を見分ける知識や採取技術が必要になるため、ある程度の慣れが必要だ。そして、その仕事に慣れる頃には駆け出しを卒業していたりする。
一日の宿代くらいの報酬の依頼書を剥しながら、つい自分が駆け出しの頃のことを思い出してしまう。
数年前に僕が住んでいた村が猿の魔物の群れに襲われた。
幸いにも死人は出なかったが、ケガ人が数人と畑の作物が荒らされた。僻地の寒村と言っていい貧しい村で、僕はその村の農家の長男だった。領主は事情を鑑みて税をいくらか減免してくれたが、それでも生活は厳しい。僕は口減らしの為に自ら村を出た。幼い弟や妹たちを飢えさせるわけにはいかない。僕はその時十三歳だった。でも体も大きかったし、町に出ても何か仕事にありつけると思っていた。ただ、その時の僕にはやりたいことが有った。
村を襲った魔物を退治したのは冒険者組合から派遣された三人の冒険者だった。魔獣系の所謂害獣は村の大人たちで対応することもあるが、ひどく作物が荒らされたりケガ人が出るような襲撃の場合、状況や規模にもよるが、基本的には領主が衛兵を派兵してくる。しかし衛兵の数は限られているし、僻地の村までは手が回らない場合がある。そんなときは冒険者組合から冒険者が派遣されたりする。基本的な費用は領主が出すが、派遣された冒険者たちの滞在費や防衛に必要な資材は村の共益費から捻出される。まぁ、この辺もケースバイケースなので一概には言えないのだが。
結局何が言いたいかと言うと、その猿の魔物の群れが襲撃してきたときに派遣された冒険者の一団が、とてもカッコよかったのだ。
魔物の数が多かったので、村の大人たちも数人協力したが、冒険者たちは先頭に立ち群れの襲撃を撃退し、そのあと魔物の巣穴も潰してしまった。
その姿に憧れた僕は冒険者になろうと思った。まぁ、ありがちな話だ。
一緒に村を出た同い年の少年、ロスと冒険者組合に行った。冒険者になるには身元保証人が必要だとかそんなことも知らなくて、その時にその場にいた周りの人からからかわれたり、大手を振って家を出たのに両親に保証人のサインをもらうためにもう一度すぐに村に帰ったのは流石に恥ずかしかったが。
そんなこんなで晴れて冒険者になることが出来たのだが、駆け出しの冒険者の仕事といったら、薬草や素材の採取とか手紙の配達とかそんなのばっかりだった。報酬もたいしたことない。その日暮らしの毎日だった。町で一番安い木賃宿を借りてそこを拠点にしていたが、本当にお金がない時は橋の下で寝たりもした。
ただ、薬草や素材を集める仕事は僕たちに向いていた。小さいころから野山を駆け回っていたし、薬草や毒草、食べられる野草の知識も少しは持っていたからだ。基本的に僕とロスの二人組で依頼を受けていたが、時には簡単な依頼を別々に受けたりしながら、日々を過ごした。
そんな風に過ごして数年、いつの間にか僕たちは中級冒険者と呼ばれる存在になっていた。
一緒に行動する仲間も一人増えた。ピナという女の子で、前に組んでいたチームが些細な理由で解散してしまい、他所の町から流れてきた子だった。ちょっとしたきっかけで知り合って、いつの間にかチームを組んでいた。その子は少し魔法が使えたので、商人の護衛や討伐系の依頼も受けられるようになり、少しだが実家に仕送りも出来るくらいには稼げるようになった。指名依頼なども来るようになり、まさに順風満帆と言った感じだったのだが、ある日チームは解散した。
ものすごく簡単に言うと、ピナが妊娠した。相手はロスだ。二人が付き合っているのは知っていたし、お似合いだと思ってはいたが、まさかこんなことになるとは。いや、いつかそういう事になるかもしれないと思ってはいたが、もっと先の事だと思っていた。
二人は冒険者組合が斡旋する開拓団に志願し、僻地で農業をすることになった。開拓団は、農地や放牧に適した場所に一から村をつくることを目的とした集団だ。危険も多いし大変な仕事だが、上手くすれば自分の家や畑を持てるし、数年は税も免除されたりと優遇もされている。普通は年齢的に一線で活動することが厳しくなった冒険者の、第二の人生の選択肢の一つという感じなのだが、二人は若いので歓迎されたそうだ。
新しい生活を始める二人には何かと要り用だろうと思い、ご祝儀も奮発したのでお金もあまりない。一緒に行かないかと誘われたが、それもどうかという話だ。
二人が出発するのを見送って数日、なんとなくやる気も起きず宿でゴロゴロしたり、町をブラブラしたりしていたのだが、ずっとそうしているわけにもいかないので、冒険者組合に顔を出したと言う訳だ。
軽くため息をつきながら、剥した依頼書を受付に持っていく。受付の女性は僕の顔を見て少し驚いた顔した。ノーラという獣人種の女性で僕がこの町で冒険者の登録をしたときにはすでに職員だった。見た目は若くて可愛らしい感じだが結構な年齢だという話だ。しかし、この人に歳の話題は禁忌らしい。ベテランのミハイルも知らないという事だったので相当だ。仕事を斡旋してくれる受付係に嫌われるとろくなことは無いのでだれも触れない。
「こんにちは。やっとお仕事再開ですか?」
僕の事情を知っているノーラは微笑みながらそう言った。
「はい。またボチボチやっていこうかと。とりあえず、コレ、お願いします」
「レオンさんには、新人の子たちの現地指導をお願いしようと思ってたんですけど、どうです?」
ノーラは僕が差し出した依頼書を見ながらそんなことを言う。僕はそれもいいかもしれないと考える。昔の僕のように何も知らずに田舎から出てきて冒険者になる若者は結構いる。中級冒険者になると、そんななり立ての冒険者に、需要が有る薬草の種類や採取方法を教えたり、冒険者の心得的な事を指導する、という仕事を組合から依頼されたりするのだ。
「……考えておきます」
僕はそう返事してお茶を濁す。実は他にも事情を知っている同業者から、チームを組まないかと誘われていたりするのだが、とりあえずしばらく一人でやってみる、と返事をしている。別にピナやロスに騙されたり裏切られたりしたわけではないのだが、気が抜けてしまったというのか、またチームを組んで活動する事になんとなく抵抗が有る。しかしまぁ、そうも言ってられない訳で、新人指導の仕事はいいリハビリになるかもしれない。
「この、森でのキノコ採取は二人以上が推奨なんですけど、まぁ、レオンさんなら大丈夫でしょう。中には少し期限が短いのも混ざってるみたいなので、そこだけ注意してください。メモにまとめておきましたので」
ノーラはそう言って薬草の種類と数、期限を箇条書きしたメモを用意してくれた。難しい文章は読めないが、薬草の種類の文字ぐらいなら覚えているのでこれは有難い。礼を言ってメモを懐に収める。そのまま立ち去ろうとしたのだが、呼び止められた。ノーラは奥から一枚の依頼書を手に持って戻ってきた。
「実はレオンさんにお願いしようと思っていた依頼があるんですけど」
パーティーを解散した僕に出来る仕事は新人冒険者とあまり変わらない。どうして僕なんだろうか。話の感じでは新人指導の話とは別口のようなので、その他に、となるとちょっと思い当たらない。
「これ、ちょっと特殊な依頼なんですけど……簡単にいうとガイドみたいな仕事です。分類としては荷役ですね」
荷役というのはその名の通り荷物持ちだ。討伐依頼や戦闘を含む危険が伴う調査依頼の際に、戦闘や警戒に携わるものがそれに集中できるよう、荷物持ちを専門で雇うことが有る。もっと大きい町の、例えば帝都のような大都市の組合には荷役専門の冒険者もいるという話だが、この町ではだいたいが駆け出しの冒険者の仕事だ。確かに単独で受けられる仕事だが、何故僕なのだろう。それに、ボードに張り出していないという事は、なにか訳アリの仕事なのだろうか。そう思って詳しい話を聞く。
「この町の北の廃鉱ですが、そこを再調査したい、という話しがありまして。以前の調査でレオンさんは荷役として同行していますね。あの廃鉱の最深部まで行ったことが有り、未だに組合に登録している現役冒険者はレオンさんだけなんです」
「………でも、あそこは……」
北の廃鉱はずいぶん昔に採掘が中止になった鉱山で、誰も寄り付かないような場所だった。数年前、その廃鉱に魔物が住みついたとの噂が流れ、その調査に当時この町で活動していた上級冒険者が派遣された。その時、駆け出し冒険者だった僕は荷役として同行したのだ。
廃鉱や洞窟のような場所にしか生息しない貴重な植物や、素材としての価値が有る魔物もいるので、もしその手の資源が採取できるようなら、冒険者や狩人に開放しようと考えていたらしい。
見たこともない魔物が溢れかえる廃鉱を、それでも冒険者たちは数日かけて調査した。領主の読み通りそこそこ価値のある資源もあったらしい。
荷役は基本的には戦闘に参加しないのだが、それでも危ない目に何度か会った。そしてその最深部には明らかに廃鉱ではない人口の洞窟に繋がっていた。洞窟というより坑道と言った方がいいだろうか。もしかしたら古代の遺跡だったのかもしれない。そしてそこには話でしか聞いたことがないような強力な魔物が生息していた。上位のアンデットやガーゴイル、極めつけは下級の竜種、つまりレッサードラゴンだ。その調査で数名の冒険者が重症を負い、それが原因で冒険者家業を引退した者もいる。あとになって、その上級冒険者チームも解散したと風の噂で聞いた。
報告を受けた領主はその廃鉱を完全に封鎖した。資源の採取は望めそうだが、万が一強力な魔物が溢れて出して来たら大変なことになる。臭いものには蓋をという事だ。そして、その廃鉱に関係するすべての事柄に箝口令が敷かれた。悪戯に人心を惑わすことはない。ということらしい。
この地方には不老不死を得たという錬金術師の伝説が残っている。もしかしてあの廃鉱はその錬金術師の住処に繋がってしまったのではないか、と後になって思ったが、箝口令もあり調査内容に関する事に守秘契約も結んでいたので誰にも話していない。
「はい、当時の調査報告を見る限りでは、けっこうとんでもない所だったようですね。ただ、今回の調査を希望している人たちも、とんでもない人たちでして。それと………」
ノーラはそこで言葉を止めて依頼書の報酬の欄を指差す。その金額は災害級の魔物の討伐依頼でもないかぎり出ないような金額だった。しかし、その手の討伐依頼は危険はもちろんの事、複数で受けることが前提なので高額なのだ。荷役の仕事でこの金額は有りえない。
「……これ、桁が間違ってません?」
「いえ、これで合ってます。お受けになるなら詳しい契約内容を説明しますけど、条件は破格ですよ。調査の日取りはまだ決まっていませんので、ゆっくり考えて頂いて構いません。依頼主と面会して話を聞いてから返事も出来ますが、依頼人の身元も含めて守秘契約を結んでいただくことになっています」
僕は依頼人がどんな人なのかを尋ねたが、答えは得られなかった。口ぶりからすると、領主よりも上が絡んでいるような感じだ。いかにも胡散臭い、裏が有りそうな仕事だが、冒険者組合は真っ当な仕事しか斡旋しない。ということになっている。しかし、調査という名目とは言え、領主の封鎖の決定を覆すほどの理由はなんだろうか。ここ領主は評判はいいが保守的な政策をすることで知られている。地道に手堅くといえば聞こえはいいが、新しい事業に手を出すことは無く、既存の産業を守りながらこつこつとやるタイプだ。その領主を動かすような魅力があの廃鉱にあるとは思えない。奥の坑道に何かあるのか、それともその依頼主という人物が領主を動かすほどの権力を持っているのだろうか。
その日受けた採取の仕事を数日かけて消化しながら、色々と考えてみた。依頼は受ける方向で前向きに考えているのだが、あの廃鉱の危険度の含めて明らかにヤバそうな依頼だ。会って話を聞いた後も断ることが出来るという話だし、返事はその時にしようと思う。話を聞いたら後には引けない状態になりそうではあるが、いざとなったら組合に泣き付けばいい。まさか殺されたりまではしないだろうと思うのだが、どのみち失うものなど何も無い身の上だ。命の危険を感じたら連合国あたりに逃げるとか。それくらいの蓄えはあるし、どこへ行ってもそれなりにやっていける自信はある。
依頼の品を納品するときに、とりあえず依頼人に面会したい旨をノーラに伝える。それから数日、細々した依頼をこなしながら過ごしていたが、ついにその依頼人と会う日がやってきた。
組合の事務所の二階にある応接室に案内されると、そこには若い男性と女性が二人待っていた。案内してくれたノーラは軽く頭を下げるとそそくさと退室してしまった。男性は軽装で旅人風の格好をしているが黒髪でこの辺りではあまり見ない顔つきだ。女性の方は二人とも若くて美人だ。一人は灰色の長衣を纏った灰色の髪の女性。しかし、僕の視線はどうしてももう一人の女性の方へ行ってしまう。格好は旅人風の普通の格好だが、整った顔立ちに蒼い瞳。真っ白の髪に眉やまつ毛も真っ白だ。そしてその額には一本の角が生えている。角の有る獣人種や亜人種は結構いるが一本角というのあまり聞いたことがない。珍しい種族なのだろうか。そんなことを考えながらつい見とれてしまっていることに気が付く。あわてて視線をそらしながら、とりあえず自己紹介と挨拶をする。すると、椅子に座っていた男性が慌てて立ち上がり、挨拶を始めた。
「えっと、初めまして、自分はフチと言います。こっちがエリーで、向こうがユキです。今日はわざわざ来ていただいてすみません」
そう言って頭を下げている。この対応には少し驚いてしまった。荷役の仕事をする者にこんな丁寧な対応をする人はまずいない。皆がそうだとは言わないが、なかには荷役を奴隷かなにかと勘違いしているような輩もいるのだ。フチと名乗った男性は丁寧な口調で僕に椅子に座るよう勧める。
「あ、今お茶を用意してもらってるので、ちょっと待ってください。えーと、レオンさん、でいいですか?」
僕が椅子に腰かけるのを見届けた後、フチさんも椅子に座る。
「いえ、呼び捨てで構いません。見た目通りの年齢ですし、中級冒険者といっても、そんなにキャリアが有るわけでもありませんから」
「あ、そうなの? じゃあレオン君、でいいかな? こっちの人は見た目で年齢がわからない人が多いからさ。初対面だとなおさら気を使うっていうか。じゃあ、結構俺と歳も近いのかな」
フチさんはそんなことを言いながら笑っているが、この人一体どいう人なんだろう。貴族と言う訳でもなさそうだし、歴戦の冒険者という風にも見えない。豪商の跡取り、とかが有りそうといえば有りそうだが。まぁ、人は見かけによらないというし、もしかしたら凄い人なのかも知れない。そんなことを考えていると目の前にお茶が差し出される。見るとお茶を持ってきたのはメイドの格好をした自動人形だった。席についている全員分のお茶を用意すると、フチさんの横に立つ。その動きのスムーズさに感心してしてしまう。
以前に一度だけ自動人形を連れた冒険者と話したことが有る。その自動人形はもっと人形っぽい動きだったし、簡単な命令しか実行できないと聞いた。それでも荷物持ちや夜営のときの警戒など、とても役に立つとその冒険者は言っていた。結構貴重で高価なものらしく、手に入れたときの苦労話も聞かされたことを思い出す。
今フチさんの隣に立っている自動人形は高級そうだし、お茶の用意が出来るという事はそれだけ高性能だという事だ。この人形がいれば僕はいらないんじゃないかと思ったが、考えてみればそんな高級品を危険な調査に連れて行く訳は無い、と納得してしまう。
そういえば、最近になって高性能な自動人形を連れた有名な冒険者がいるという話を聞いたよう気もするが、吟遊詩人の昔話だったか。たしか古竜が出てきたりとかする、荒唐無稽な話だったけど。
「えーと、じゃあ、早速仕事の話をしようか。一応荷物持ちみたいな話になってるけど、ぶっちゃけ荷物はあんまり持たなくていいです。魔物との戦闘などもこちらですべて受け持ちます。絶対とは言えませんが身の安全も保証します。レオン君にお願いしたいのは、廃鉱の最深部までの道案内と、どんな魔物がいるとか、どんな危険が有るとかのアドバイスが欲しいんだ。以前の調査の時に作成されたっていう地図を見たけど結構入り組んだ廃鉱みたいだし」
「はい、仕事の内容は一応、組合の職員に説明を受けています。案内も出来ると思います。そもそも、その地図は僕が作った物ですし……」
正確には僕一人で作ったものではないが、ほぼ僕が作ったと言ってもいい。方向感覚にも自信があるし、荷物を担ぎながら歩測したので距離感覚も結構正しいはずだ。その地図を組合に提出したおかげで、特別手当が出たのでよく覚えている。
「あの、この依頼を受けようとは思っているんですけど、いくつか質問していいですか?」
フチさんが頷くのを見届けてから質問してみる。
「一つは報酬の件なんですけど……その、……この金額の根拠というか……」
お金の話は大事だ。無事に依頼をこなした後で難癖付けられてもたまらないし、先ほどの条件でこの金額は高すぎる。なにかあるのではと勘ぐってしまう。例えば腕を一本貰う、と契約書に書かれていても僕は読み書きがそれほど得意ではないのでわからない危険がある。まぁ、さすがにそんなことは無いと思うが用心が必要だ。そう思わせるだけの報酬金額なのだ。ただ、それをストレートに言うのもはばかられ、つい口ごもってしまう。
「おや、やはり安過ぎましたか? 私が昔受けた調査兼討伐の依頼はその倍くらいの報酬金額でしたし、今回の報酬は倍の金額にしましょう」
フチさんの隣に座っている女性、たしか、エリーという名前だったと思うが、その人は僕が口ごもっている様子を見て何を勘違いしたのか、とんでもないことを言い出した。冗談とかではなく本気で言っているように見える。
「いえ、あの、……僕は戦わなくていいんですよね?」
「はい、今回の件は魔物との戦闘は私達でやりますので、えーと、リオンさんでしたか? 貴方は道案内さえしてくれれば結構ですよ」
エリーさんはそう言ってニッコリと微笑んだ。というか報酬の件は藪蛇かもしれない。報酬を上げるからあれもこれもと言われても無理がある。触れない方がよかったか。僕の名前はレオンですけど、という言葉を飲み込みながら、気になった事を重ねて質問する。
「……報酬は今のままでいいです。……ちなみにその時の討伐対象っていったい……」
「そうですか? 遠慮なさらずともよろしいのですけど。えーと、その時の討伐対象はたしかスライム系の魔物だったと思います。なんとかというけったいな名前のスライムでした。たしか〈デモンプディング〉とかそんな名前だったかと」
僕は言葉を失った。〈デモンプディング〉……名前は可愛らしいが最悪の魔物だ。その魔物が村や町を滅ぼしたという記録がいくつか残っているらしい。天災級の魔物だといってもいい。普通の攻撃も魔法もほとんど効かない上に下手に刺激すると無限に分裂するという。退治するには山をひとつ燃やすような勢いで炎で囲み、蒸発させるしかないといわれている。普通の冒険者が手に負える相手ではない。帝国騎士団を中心とした正規の軍隊が出張って来るレベルだ。嘘や冗談を言ってるようには見えないので、その討伐に参加したことがある、ということだろうか。
「……それともう一ついいですか?」
僕は気を取り直して質問を再開する。
「今回は調査という事になっていますが、その先というか、なにか目的が有るんですか?」
これほどの報酬を用意しているのだ。廃鉱の最深部、その先の坑道に何かあるという事を確信しているのだろうか。
「あー、それは、この依頼を受けてもらったら説明しようかと思ってたんだけど、……まぁ、この面会の会話内容も守秘契約を結んでるわけだし別にいいのか。えーと、件の廃鉱の奥の地下坑道、古代の遺跡部分に有名な錬金術師が住んでる可能性が高いから、その人に会いたいんだ」
確かにこの地方には不老不死の錬金術師の伝説はある。でも、そんなあやふやな伝説を当てにしているのだろうか。可能性が高いという言い方をしたが、なにか根拠が有るのだろうか。そんな考えがもしかしたら表情に出ていたのかもしれない。フチさんは説明を始めた。
「えーと、根拠はちゃんとあってね。金の量が計算より多いらしいんだ。少ないのはまぁわかるけど、多いのはおかしい。どうもその出所というのが帝都を除けば、帝国の東の端、ここ、ライタラーク領なんだってさ」
フチさんは丁寧に説明してくれた。貨幣に使われる銀や銅はともかく、価値の高い金は国に厳格に管理されている。鉱山の産出量やどの領地にどれほどの金貨や金塊があるのかを帝国は正確に把握し経済が破綻しないように金貨の製造量を調整しているらしい。その金の総量が計算より少ないのはまだわかる。なにかの事故で失われたり、誰かがポケットに入れているという事だ。ただ計算より多いとなるとそれは問題だ。国が把握していない隠し金山がある。もしくは国に隠れて他国と取引している、ということになる。フチさんは貨幣価値がどうのとか難しいことを言っていたが、その辺りは理解が追い付かなかった。
「……で、隠し金山や他国からの金の流入の可能性は低いらしいんだ。そうなるとあとは錬金術での金の錬成、というのが可能性が高いんだってさ。それで、この辺りにその錬金術師が潜んでるんじゃないかと辺りをつけて調べたら、錬金術師の伝説と、件の廃鉱の数年前の調査報告、それとレオン君の名前が出てきたってわけで。君がこの依頼を受けるなら、今からでも指名依頼っていう形に変更してもいいよ」
指名依頼は通常の依頼より報酬が若干高い。ただ、それ以上に重要なのは組合からの評価が上がることだ。具体的には昇級が早くなる。級が上がれば受けられる仕事も増えるし、他の領地への移動もしやすくなる。後ろ盾のない初級冒険者の入領を認めていない領地は結構ある。中級以上になれば国内は大抵どこへでも行けるようになるので、季節ごとに割のいい仕事が有りそうな地方に移動して効率的に稼いでいる冒険者もいる。今回、指名依頼ではなかった理由は、僕が乗り気でないときに気兼ねなく断れるようにと配慮したからだそうだ。
「それは、有難い話ですが……。金の錬成なんて本当に出来るんですか? 一応帝国法で禁止されてるって話は知っていますけど、そんなおとぎ話みたいなこと……」
確か特別な許可を得ずに金の錬成をしたら重罪だったはずだ。あまり深く考えたことはなかったが、先ほどのフチさんの説明でなんとなく理解できた。もし無尽蔵に金が作れるとしたら、国の経済が滅茶苦茶になってしまうという事だ。
「……たしか、ミシアさんは出来ると言っていました。アンナさんもやろうと思えば出来ると。ただ、金を錬成する為の素材を集めるのにそれと同程度の金貨が必要になると笑っていました。しかし、もしその辺りの問題をクリアした錬金術師がいれば、今回のような問題になるのです」
「じゃあ、その錬金術師を捕まえに行くってことですか?」
「いや、会って話がしたいだけだよ。今のところはね」
説明を聞いていて、もしかしたら国からの依頼で金の錬成をしている錬金術師を捕まえる為にきたのかと思ったが、フチさんはそうではないと言う。というか、最初に尋ねるべきだった質問をすることにした。
「……あなた達は何者なんですか? その、肩書というか……」
僕の質問にフチさんとエリーさんは顔を見合わせている。
「えーと、肩書で言えば俺も冒険者ってことになるのか。依頼は一回もこなしたことは無いから初級だね。それでいえばエリーは特級冒険者、ユキは……一般人、でいいのか? まぁ、俺たちは貴族とかそんなんじゃないから、気楽にお願いします」
「……私、冒険者などになった覚えはないのですが……」
「ガサの町の組合がエリーに頼みごとをするときに、事務処理上の都合で勝手に身分証を作ったって聞いたけど。………知らなかったのか……」
特級冒険者は領地どころか国を跨いで活躍するような冒険者だ。上級の上が準特級、その上が特級。僕も今まで会ったことは無い。吟遊詩人の詩になるような活躍をする、雲の上の存在だ。その言葉にも驚いたが、本人に自覚はないらしい。よくわからない人たちだ。ただ、他にも仲間がいるようだし、特級の人がチームを組むような人たちだ。戦闘や探索は心配いらないのかもしれない。動きや技術の勉強にもなりそうだ。
その後、依頼の成功条件や怪我をした時の対応など、細かい所の条件をノーラを交えて決めた。ここの領主とはもう話がついているそうで、三日後に調査開始ということになった。女性二人はともかく、フチさんはいい人そうというか、結構喋りやすい人だったので少し安心した。細部まで決めた契約書にノーラの立ち合いの下でサインをして、話し合いは終わった。
フチさん達は他の仲間と合流して食事に行くという事だった。一緒にどうかと誘われたので、同行することにした。事前に他のメンバーに会って話をすれば仕事もやりやすくなるかもしれない。フチさん達は一度宿に戻るという事なので一端別れ、後で合流することになった。
「あの人たちと食事なんて、少し羨ましいですね。今度どんな話をしたか聞かせてください」
フチさん達の後ろ姿を見送ったあと、ノーラがそんなことを言い出した。
「あの、よかったら一緒に行きます? 僕も一人で行くより心強いんですけど。夕食をご一緒するって話だったんで、ノーラさんの仕事も終わった後ですし」
「いいんですか? というか、いきなり私が行っても大丈夫なんでしょうか?」
「仲間がいるなら連れて来てもいいって言ってましたし、大丈夫だと思いますけど」
荷役の仕事ならともかく、知らない人ばかりの食事の場に一人で混ざるのもなかなか厳しいものがある。先ほどまで話し合いの場にいたユキさんという女性は結局最後まで一言も喋らなかったし。
「それで、あの人たちって結局どういう人達なんですか?」
ノーラは僕の言葉に少し驚いた顔をしたあと、教えてくれた。
「あの男性、フチと名乗っていましたが、組合の登録名はロウ・フチーチ。西の大辺境に現れた稀代の英雄ですよ。聞いたことはあるでしょ?」
その名前は確かに覚えがある。大辺境に現れた荒ぶる古竜を鎮め、その古竜と友誼を結び、帝都の大規模破壊テロをギリギリで阻止したとか、そんな話を旅の吟遊詩人から聞いた覚えがある。
「……あれって作り話じゃないんですか!?」
「色々な噂話が飛び交っていますが、少なくともロウ・フチーチの仲間であるエリーゼさんの経歴と、古竜を仲間にしている、とういうのは組合の公式の記録です。最近話題の帝都の騒乱もどうやら本当の事らしいですよ」
ノーラの言葉に、フチさんが立ち去った方向につい目やってしまう。その姿はすでに無かったが、僕は暫くの間呆然とその場に立ち尽くしていた。




